「どうせ、事務所の企画なんでしょ?そうでなきゃこのキャスティングはおかしいじゃない。」
「そうよ。私たちみたいに事務所が違えばこんな扱いないでしょうしね。」
確かに、このキャスティングはおかしいと思う。なぜあの眩いほどの光を放つ、私の指針であるあのお方が、私の下に名前を書かれることになるのか。
さっき、私だってものすごく疑問に思って、幻の敦賀さんに罵られたところだったのだから。
「ま、監督も事務所の力にはかなわない、ってことよね。」
「黒崎監督が自分の思い通りにならなきゃ話を断るっていう噂、あれ、ガセってことよね。」
「っ!?」
クスクスと笑う彼女達の敵は、私のはず。それなのに、その標的が私ではなくあの黒崎監督に向けられようとしている。
監督は、高園寺さんがお金で買収しようとしたって、決してその信念を曲げようとしなかった。「『才能』を安売りしない」って、言ったんだって聞いている。
あんなチンピラみたいな雰囲気だけれど、決してお金で動かされるような人じゃないんだから!!
「あ、それかこういう色気のない女が趣味、とか?」
「!!??」
それこそ、勘違いよ!!あの黒崎監督に私みたいな平凡女が趣味に当てはまるわけないじゃない!!あぁいうチンピラ風の方にはお色気ムンムンの玄人さんみたいな方がお似合いなんだから~~!!
「それに付き合わされる敦賀さんも気の毒よね~。事務所が同じって言うだけで付き合わされることになるなんてね。」
「っ!!」
監督に対する暴言の撤回を求めようとした瞬間。
…次に出てきたのは、敦賀さんへの同情の声。
さすがに言い返す言葉が喉の奥でつかえてしまった。
「それって、事務所の社長がおかしいわよね~。事務所がたてる企画でこのキャスティングなんて。」
このキャスティングが変だと思っているのは私も同じ。
でも、それでも……。
「いい加減にしてください。」
ここまで、私の尊敬し、大切に想っている人達のことをこけにされたら黙っていられるわけがない!!
「私だけのことなら黙って聞き流そうと思いましたが、これ以上監督やうちの社長まで侮辱する気なら私も大人しくしているわけにはいきませんから。」
私の中から地の底から這い出る黒オーラが噴き出してくる。
『おやびん、呼んだ~~~!?』『イイ感じの『怒』だわ~~~!素敵よ~~~☆』などという分身たちの声が聞こえてくるのが分かった。
「それに、黒崎監督が仕事に妥協を許さない、他人の横やりをもっとも嫌う人だ、ということはあなた方もご存じなのではないですか?うちの社長だってたかだか一新人に敦賀さんを付き合わせるような酔狂な真似はしませんよ。新人だけで一体何人のタレントがLMEに所属してると思っていらっしゃるんですか?」
そもそも、私はLMEの正式なタレントではない。普段の言動が突飛過ぎて理解できない事が多いけれど、仕事に関しては一切の妥協も特別視もしない社長さんが、中途半端な存在である私を、わざわざ選んで起用するわけがないのだ。
「っ!だから事務所の名前で」
「あなた方が言ったんですよ。『事務所が立てる企画でこのキャスティングなんて』と」
「・・・・・・・・・・・・・っっ!!」
私自身の誹謗中傷は甘んじて受けよう。ダークムーンの時も最初の頃、陰で色々言われていたのは知っているし、『BOX-R』の時はあからさまないじめを受けた。
ペーペー新人タレントに対するこれくらいの嫌味、当然のことだと思う。
「監督と社長への言葉。訂正、していただけますよね。」
でも、監督と社長が私みたいな人間のために、悪く言われるのだけは許せない!!
「なっ、なによっ!ポッと出の新人のくせに私達に歯向かおうっていうの?」
「!?」
あまりの怒りに言いすぎた、と思ったのは、突然両側から腕を抑えられ、女性達の一人が怒りにまかせてその手を振りかざした時だった。