「そうか、そうか~~。京子ちゃんにとって、敦賀君は神様なんだ~。」
「はいっ!!崇拝しておりますのでっ!!」
「むんっ」と力いっぱい握り拳をつくってみせたキョーコちゃんを、貴島が楽しそうに見つめている。
「ダークムーンの撮影や打ち上げの時、敦賀君、何かと京子ちゃんにべったりくっついていたからさ。俺、てっきり二人って付き合っているのかな~~とか思っちゃったよ。」
「あはは~~。そんなわけないじゃないですかっ!!打ち上げの時はあのような大きな場に参加したことがない私を、事務所の社長さんが心配してくださっただけなんです!!」
「え?宝田社長が?」
「はいっ!!敦賀さんに私の面倒をみるように言ってくださったんです。私が粗相をしないように。」
はっは~~…なるほどね。あのインタビューの背景にはそういった理由があったのか。
あんなに仲が悪かった蓮とキョーコちゃんのツーショットには、本気で驚いたもんなぁ。まぁ、あの映画撮影から1年たっているから、それまでの間に二人の関係も良好なものにはなったんだろうが…。それが『愛』や『恋』なんてものが含まれていないことはこれで充分に分かった。
蓮とキョーコちゃんは、妹を心配する過保護な兄(若干厳しい教育者)と、兄を尊敬しつつも甘え下手な妹みたいな関係なんだろう。
「粗相をしないように見張るのが敦賀さんだなんて、ちょっと恐れ多いのですが…。」
頬を染め、にっこり笑いながら言ったキョーコちゃん。その様子を見ていた俺も…そして貴島も、思わず「ぐっ」と息を詰まらせる。
「う~~ん…。敦賀君が可愛がる理由が分かるなぁ。」
「へ?可愛がる…ですか??」
少年のような少女の頭上に手を置き、ぐりぐりと撫でまわしながら、貴島は溜息を吐きだす。突然の貴島の接触に、キョーコちゃんは驚きに目を見開きながらもその手を大人しく受け入れている。
「うん。京子ちゃん見ていると、何かこう…猫可愛がりたくなる。」
「??はぁ…。そう、なんですか??」
疑問符を頭上に散らしながらキョーコちゃんが小首を傾げる。
彼女自身は全く気付いていないようだが…。キョーコちゃん、君ね……
メチャクチャ可愛いよっ!!
何、この天然記念物みたいなすれてないオンナノコ!!この業界にいて、これだけ一気に人気が上がれば天狗になるだろうに、全くそんな雰囲気がないっ!!デビューしていなかったあの演技対決の頃の方が飢えた獣みないな目をしていたのに…!!
「でも、頭なでられるのって、好きなんです。…あの…あんまり、そういうこと、してもらったことなかったから……。」
えへへ…と笑うキョーコちゃんが、貴島を見る。穢れた心身には痛すぎる、強烈なスイートスマイルビームだ。その強烈ビームをくらった途端に貴島の身体はグラリ…と傾いだ。
「!?貴島さん、大丈夫ですか!?」
「…うん。大丈夫、大丈夫……。」
キョーコちゃんは、慌てて貴島の身体を支えるかのようにヤツの腕を掴む。…う~~ん、貴島。俺、お前がちょっと羨ましい……。
「キョーコちゃん。」
「はい。」
ヤツの腕を掴んだままのキョーコちゃんに呼びかけると、未だスマイルビームの余韻によろけている貴島を心配そうに見つめながらも返事をしてくれる。
「君は、まだラブミー部員なんだね?」
「……はい。」
俺の問いに、キョーコちゃんは真っ直ぐに俺を見つめて答えてくれた。
「でも、私…。きっと、誰かに焦がれる演技はできると思うんです。」
「それは、君に好きな人がいる、と思っていいってことなのかな?」
「……。私、今でも愛なんてくだらないものだって思っています。まして、誰かを想って、その分の想いを返してもらえると信じるなんて、バカげていると思います。」
キョーコちゃんは、決して俺から視線をそらすことなく語る。向けられる瞳は、正直な彼女の気性がよく現れており、嘘偽りなど微塵も感じない。
「…それが、『愛』を否定しているということなら…。それなら、私はまだラブミー部員です。」
「そうか…。」
「でも、バカだと分かっていても…誰かを想うことをやめられないバカ女でいいのなら。そんな一方的で身勝手な『愛』でいいのなら、演じられます。」
きっぱりといいきったキョーコちゃんは、凛とした美しさがにじみ出ていた。
「…OK。いいよ、今はそれで。最初の『白雪』も『栗林』に対する想いは一方的なものだったんだ。後々関係性は変わっていくから、その役作りもちゃんとしてもらわなきゃならなくなるけれどね。今は構わない。…演技テスト、やってみよう。」
「はいっ!!ありがとうございますっ!!」
深々と頭を下げるキョーコちゃん。…そうか、この子も誰かを想うようになったのか。それを『バカ』と表現してしまうところがいただけないが、宝田社長や蓮達に見守られて、成長しているってことなんだな…。
少女の甘酸っぱいであろう、その淡い『恋する気持ち』に、俺は心の中で「青春だね~」と呑気に呟いていた。
…それが、すぐさま覆されるものになるとも思わずに。