誰よりも大切で、必要としている少女…。その人物に否定され、正論のように近付くことを禁じられた、男。
あの、自信に溢れた余裕たっぷりの男に演技以外の泣き顔なんて、想像もつかないけれど……。
だが、キョーコは確実に見たのだ。『敦賀蓮』の泣きそうな顔を。
「ねぇ、モー子さん、こういう場合はどうしたらいい!?」
「ちょっ、ちょっと……!!」
かける言葉を失くして口ごもる奏江に、キョーコは突然掴みかかった。
「ここは…そうねっ!!土下座で謝るべきかしら!?それとも、切腹の準備でもして、命を捨てる覚悟で…「お、おおぉ落ちつきなさいよっ!!っていうか、冗談でも目の前で切腹の準備された日には、あの人、卒倒するわよ!!やめときなさいっ!!」」
突如起こったキョーコの変化に、奏江もついていくことができない。押し倒す勢いで迫ってくるキョーコを奏江はなんとか両腕で押し留める。
「は~~…あんた、謝罪するにしても、極端すぎよ。なんでそんな方向にいっちゃうのよ?」
可愛らしく「ごめんなさい?」と小首を傾げるくらいでいいものを、何故『土下座』や『切腹』という行動に走るのか…。
もっとも、それが『最上キョーコ』らしいといえば『らしい』のだが。
「でも…。あんな表情をさせちゃうなんて思わなかったんだもの…。」
「別に、あんたが『近付くな』って言ったんじゃないんでしょ?言ったのは先生じゃない。」
きっと温和な笑顔を浮かべながらさぞ正論を唱えるように言ってみせたのだろう、尊を脳裏に浮かべながら、奏江は軽く溜息を吐く。
「違うわ。」
「え?」
「私も、思ったの。これ以上、近付かないで欲しい。話しかけないで欲しいって。」
「…………。」
きっぱりと言ってみせたキョーコの表情に、冗談めいた色は一切なかった。
「尊先生は私の気持ちを察して、言ってくれたのよ。だから先生は悪くないわ。」
「……そう。」
代弁者がいてくれてよかった、とここはホッとすべきところかもしれない。語る内容は違ったかもしれないが、尊が間に入らなければ、もっと最悪な事態となっていた可能性はある。先ほどまでは尊のいきすぎた言動に対して多少の反感を持っていたのだが、それも感謝にすり変わってしまった。
「でも、私がそう思うことで…あんな悲しい顔をされるなんて、思わなかった。」
「そうね。」
きっと、キョーコには思いもよらないのだろう。それほど深い想いを、キョーコに向けてくれる人間の存在…しかも、異性の存在があるだなんて。
キョーコは気付いているのだろうか?彼女の瞳には、今にも零れそうなほどの涙が浮かんでいる。…表情は、悲しそうに…苦しそうに、歪んでいる。
「あんな、一人取り残される…子どもみたいな目で見られるなんて、思わなかったのよ。」
「そう……。」
キョーコ自身こそが、取り残された子どものような目をしていることに、気付いているだろうか?…奏江は、ポロポロと瞳から涙を流し、静かに泣くキョーコをそっと抱きしめた。
「…知りたい…。」
「何を?」
「私と敦賀さんが、どういう関係だったのか…。」
「…そう…。」
奏江の腕の中、零される言葉達。それに、奏江はふわりと微笑んでみせる。
「私…話してみる。敦賀さんと。」
「そうね、それがいいわ。」
ポンポン、とキョーコの頭をあやすかのように叩いてやりながら、奏江はキョーコの決心の後押しをしてやる。
「結局、口げんかになっても…嫌われているって、分かるだけでも、構わないから……。」
「大丈夫よ。喧嘩だって盛大にやったらいいの。あんた達には、そういう関係がお似合いよ。」
―――むき~~~っ!!聞いてよ、モー子さんっ!!あのね、敦賀さんがねっ!!―――
過去、何度あの二人は喧嘩をしていたことだろう。奏江が報告を受ける限りでも、かなりの回数になる。第三者として聞いていたら痴話喧嘩にしかならない些細な争いを積み重ねながら、二人は互いに相手への想いを深めていった。…結局、お互いに相手の想いに気付くことはなかったけれど。
「それにしても、結局はあんたが先行するのねぇ。」
「…へ?何が?」
こうなった以上は、『キョーコから告白させる』などという事態には絶対に陥らなくなると思っていたのに、結局は少女のほうが動こうとするのだ。あの、『業界1イイ男』と呼ばれている、業界1格好悪い男より先に。
「…まぁ、あんたたちらしいか……。」
「へ?…何?どういうこと?」
多数の疑問符を浮かべる親友に、「なんでもないわよ。」と答えながら、心の中で業界1の男に発破をかける。
―――ちょっとはしっかりしてくださいよ?次、ヘマしたら、見限りますからね…―――