「……モ~~~…あんた、いい加減その鬱陶しいオーラ撒き散らすの、やめなさい…」
「……だって……。モー子さん……。」
「は~~、それにしても、須永先生も困った人よねぇ……。」
蓮が一人、酒を飲んでいた同時刻。
都内某マンションの一室。そこには、クッションを抱き、鬱々と部屋の隅で縮こまる少女と、その様子を台所から眺めている家主の二人がいた。
「え?尊先生は間違ったことを言ってないわよ?だって、デートの約束はしていたもの。」
「そうね。あの先生は正しいわ。…でも、あんなヘタレ男に紛らわしい言い方したら、絶対勘違いするというか…。へコヘコにしてしまうというか…。まぁそれが狙いなんでしょうけれど……。」
「え?モー子さん、何?聞こえない……。」
「独りごとよ!!聞こえなくてもいいの!!」
奏江は冷蔵庫の中から野菜ジュースを取りだすと、それをグラスに注ぎ、盆に乗せるとリビングルームへと向かう。
「ほら、隅にいないっ!!こっち来なさい!!」
「は~~い……。」
気の抜けた返事をし、クッションを抱きしめたままノソノソと奏江に近づいてくるキョーコ。そちらに鋭い視線を向けつつも、奏江は軽く溜息をついた。
「で?あんた、今日、うちに泊るんでしょ?敦賀さんには言ってきたわけ?」
「……社長さんに、モー子さんのお家に泊るって言ってきた…。私、敦賀さんの連絡先、知らないし……。」
「……一緒に住んでいるくせに、携帯番号の交換もしていないわけね……。」
「先が思いやられる…」と頭を抱えたい気持ちになりながら、奏江は自身が入れてきた野菜ジュースを口にした。
「で?事情は分かったわよ。それであんたは何にそんなに泣きそうになっているわけ?」
「だって……。」
キョーコは、クッションに顔を埋めながらモソモソと小声で何やら呟いている。その様子をしばらく見つめていた奏江だが、1分もたたないうちに堪忍袋の緒がブチリと派手な音をたてて切れてしまった。
「モ~~~ッ!!あんた!!せっかく金持ちのお医者様がご馳走してくれるって言っているの、断って帰ってきたのよ!?さっさと吐いて、さっさと気持ち切り替えなさいっ!!」
「えぇ!?でも、私のことがなくったって、モー子さん、あの場にいたくはなかったでしょう!?だって、尊先生とさくらさん、ラブラブの甘々なんだもん~~!!尊先生、さくらさんにベタベタくっつきにいくし、人前で腰は抱くし、口説きまくるし…!!」
「誰かさん達で見慣れているから私は平気よっ!!」
叫びながら、奏江はキョーコを妹のように可愛がる医師と…その医師に溺愛されている婚約者を脳裏に思い浮かべた。
「……あの人……。本っ当に敦賀さんそっくり……。」
「へ?何か言った?モー子さん……。」
「何でもないっ!!」
今晩、キョーコは確かに尊からデートの誘いを受けていた。ただし、それは尊とその婚約者の看護師であるさくら…そして、キョーコと奏江のダブルデートの誘いだったのだ。
―――大事なさくらに怪我を負わせようとした男だからね。敦賀君は。―――
待ち合わせ場所であるTBMの駐車場に、尊に連れられて来たキョーコは、すでに泣きそうな顔をしていた。その表情に驚いた奏江が尊を見ると、彼は苦笑いをしながら事の次第を告げ、そう言ったのだ。
奏江も、キョーコが怪我をしたその日のことをローリィや松島を通じてある程度のことを聞いていた。恐らく、半狂乱になった蓮が暴れた際に、彼を押し留めようとした看護師の一人がさくらだったのだろう。
―――それに…はっきり言ってね。彼を見ていると、昔の自分を見ているようで腹が立つんだよ。こう、どうしても尻を叩きたくなるというか、苛めたくなるというか…。―――
などとも呟いていた、尊。長身の温厚紳士に見えていた医師の正体は、どうやら『温厚』とはかけ離れた性格の人物らしい。
「……完全なる同族嫌悪……」
「へ?どうぞくけんお??」
脈絡なく呟かれる奏江の言葉に、キョーコが小首を傾げて尋ねてくる。だが、それを無視して奏江は溜息をついた。
「…もういいから。落ちついたんなら、話しなさい。聞いてあげるから。」
「…………。」
「あんたと敦賀さんが言い合っていたところに、先生が介入した。…ここまでは、先生の言う通りね?」
「……うん。」
奏江の落ちついた声音の質問に、キョーコは素直に肯いた。
「尊先生があの場所から連れ出してくれた時には、ほっとしたの。」
キョーコは、今まで抱きしめていたクッションを自身の横に置くと、俯いたままぼそぼそと話し始める。
「でも…。見ちゃったの……。」
「…何を?」
俯くキョーコ。奏江には表情を確認する事はできないが、その声は弱々しく震えていた。
「敦賀さん、泣きそうな顔をしていた……。」
「…………。」