マリーの具合は良くなり、ひと安心なところだったが。
絵梨沙は買い物に出たときに、いつも行くケーキ屋の店員にシェーンベルグの孫のカタリナがいたので驚いた。
「あ・・・」
彼女を見てぽかんとしていると、
「あ、こんにちわ。 あたしここで週に2日バイトしてるんです、」
彼女は屈託なく笑った。
あの時、病院でのことを思い出した。
「あの・・・おととい・・あたし病院であなたと先生を見たんだけど、」
思わず切り出してしまった。
「え、」
彼女の顔色が明らかに変わった。
カタリナはそしてうつむいたあと、
「あたし。 あと30分で仕事が終わるの。 ちょっと時間ある?」
彼女の方からそう言ってきた。
そこのケーキ屋は外にテラスがあって、買ったケーキが食べられるようになっている。
カタリナはケーキをふたつ持ってやってきてくれた。
「これは。 店長のサービスだよって、」
彼女はイタズラっぽく笑った。
「・・どうも、ありがとう。」
カタリナは落ち着くようにコーヒーに口をつけたあと、
「あのね。 あの日・・おじいちゃんの定期健診の結果が出たの、」
と、その話を切り出した。
「定期健診・・・」
「3年前のガンの手術の後、2ヶ月にいっぺん行ってるから。 それで・・・・。 左の肺にカゲが出て。」
「え・・・」
「転移かもしれないって。 先生が、」
心臓がドキンと音を立てた。
「これから詳しい検査をするの。 ひょっとして他にもあるかもしれないし。 それで・・しばらくマサのレッスンを休ませてもらったらって言ったんだけど、」
あのときの二人の様子を思い出す。
シェーンベルグは何度も首を振っていた。
「おじいちゃん、それはできないって言うのよ。 彼がアルデンベルグとの競演が決まって、これからレッスンを本格的にやらないといけないって・・・。 だから、ママにも黙っていてくれとか無茶を言うから、」
カタリナは困ったようにため息をついた。
「・・・もし転移だとしても、もう手術はできないから抗がん剤や放射線照射の治療をしなくちゃいけないし。 もう年だからそんな治療をしながらのレッスンなんてとってもムリだもの。」
指先が冷たくなっていくのがわかった。
「それで。 もう怒られるのを承知でママに話したの。 昨日もこっちに泊まっておじいちゃんを説得したんだけど。もう言うことをきかなくてねー。 ほんと頑固な人だから、」
絵梨沙は何と言っていいかわからなかった。
「明日、その検査があるの。 あたしがついていくけど・・・。 結果は1週間後。 でも、おじいちゃんはどんな結果になってもレッスンは体が続く限りやるって・・・」
「・・そう、」
視線をテーブルに置いた手元に移した。
「ママとも話をしたんだけど。 ・・・もうおじいちゃんの言う通りにしてあげようかって、」
カタリナの言葉に思わずハッとして顔を上げた。
「これだけ・・・彼に拘るのはやっぱりおじいちゃんは賭けてるんだと思うの、」
「賭けてる?」
「この公演が彼にとってのピアニスト人生のターニングポイントになる。 ここで成功をおさめれば、彼はきっとすごいピアニストになるって。 おじいちゃんはあんまり余計なことは言わないんだけど、・・彼のことはけっこうよく話すから、」
カタリナは苦笑いをした。
シェーンベルグにガンの再発が?
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