さすがに
決勝前の彼は緊張しているようだった。
絵梨沙は部外者が入れるぎりぎりのところまで行って、時間まで真尋と過ごした。
「んじゃ。 時間。」
真尋は壁に掛けられた時計を見て立ち上がる。
「うん。 ・・・頑張ってね、」
もっと気のきいたことを言いたかったが、やっぱりそんな言葉しか出てこない。
真尋はニッコリ笑って彼女の背中に手をやって、キスをした。
日本なら人がいるところでこんなこと絶対にできない。
でも、昼間の公園や街中などでも普通にキスを交わすようになっていた二人にとってはもう日常のことのようになっていた。
今日は志藤たちやシェーンベルグには会わなかった。
絵梨沙はひとり客席に腰掛ける。
真尋の登場は3人目。
さすがに決勝になると、他の演奏家たちの素晴らしさがヒシヒシと伝わる。
絵梨沙はずっとドキドキしながら彼の順番を待った。
そして真尋が出て来た時。
贔屓目ではなくそれまでの2人よりも拍手は多かったように思う。
昨日までの舞台を見に来てくれている観客が多いようだった。
彼のピアノで静かに始まる・・・・
あの創立祭での感動のラフマニノフとは
明らかに一歩進んだものが感じられた。
志藤は初めて真尋の『ラフマニノフ第2番』を目の前で聴いて、最初から大きな感動に包まれていた。
体の大きな彼が奏でるそのピアノは豪快かと思いきや、ppを本当に繊細に表現し
そして強い所はより強く。
オケに飲み込まれることなく、壮大で荘厳なロシアの情景が目に浮かぶような大きな演奏
絵梨沙は自分の知らぬ間に涙が頬を伝わっていた。
ここに帰ってきて
変わっていないと思ったのはあたしだけだ・・・
真尋はきっとものすごく大変な思いをして
大事な人とも出会い
ピアノのレッスンも
死ぬほどの思いで頑張ったんだろう・・・
舞台の上でスポットライトを浴びる彼は本当に眩しかった。
クライマックスも怒濤のような音の嵐で
人々の興奮をさらい
そして爆発させて。
力強く鍵盤を叩いたところでラストになった。
周囲はみんな立ち上がって拍手と歓声を送ったが、絵梨沙は立ち上がれなかった。
もう笑顔で指揮者やコンマスと握手をする彼が見れなかった。
嗚咽がもれるほどの涙にくれた。
志藤も南もぐったりと力が抜けたように座り込んでいた。
「生で見ると。ほんまめっちゃすごいなあ・・・」
南がボソっと言った。
「ん・・・」
志藤も小さく頷いた。
真尋の『ラフマニノフ』はあのときよりも本当に素晴らしく・・・絵梨沙は涙にくれるばかりです(ノ_・。)
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