「彼、パパのお友達の・・フランツのピアノバーでピアノを弾くバイトをしているの、」
私がそう言うと、
「え? フランツのところで?」
「そしたら。 すっごい人気になっちゃって。 今じゃあ、1ヶ月に1回はあそこで彼のライヴを開くくらいになっちゃって、」
母は驚いた後、その話をかみ締めるように頷いた。
「フランツはマークと同じ音楽院の学生で。 彼も元々ピアニストだったのよ。 腱鞘炎を患って辞めてしまったらしいけど、」
「へー、そうなんだ。」
彼は感心しながらまだ食べた。
「あのラフマニノフは・・どういう解釈で弾いているの?」
母の質問に、彼は箸を手にしながらうーんと宙を見て
「それさあ、NYの公演のあとにも聞かれたんだけどさあ、別になんも考えてねーし、」
そんな答えをした。
呆気に取られる母を横目に
「解釈なんてさあ、今いる人のモンで。 ラフマニノフの解釈じゃねーじゃんって。 それにおれはこう弾くのが一番いいって思う感覚で弾いてるだけだし、」
彼はそう続けた。
「え・・・」
音大の講師をしている母にとっては、こんな生徒がいたらたまらないのだろうが
「・・・そうか。 そうね、」
母はそう言って優しく微笑んだ。
私はそんな母の返事がすごく嬉しかった。
彼という人を理解してくれた気がして。
そこに指揮をしていた講師がやって来て、
「や~~~! もう素晴らしいラフマニノフだったよ!! ウチのオケが一流オケに聴こえた!」
いきなり彼の手を取ってその感動を伝えた。
「あ~~、メシがこぼれる!」
弁当箱を持った彼はそっちに気がいってしまっていた。
「よかった! きみに弾いてもらって! 世界がこーゆーもんだってきっと生徒たちも感じてくれたと思う!」
まだ興奮している先生に
「だからオーバーだって! おれが世界だなんて言ったら、すんげえ小さい世界だよ???」
彼は冷静に答えた。
その温度差がおかしくて私と母は笑ってしまった。
私たちがウイーンに戻る時、母が空港まで送ってくれた。
彼が食べ物を買いに行っている間
「かなり。 衝撃だったわね。 彼は、」
母は静かに私に言った。
私は笑顔で頷いた。
「あなたが彼に惹かれたわけも。 少しだけわかったし。」
そして母は飛行機が発着する外の風景を見ながら
「でも。 大変な人を好きになってしまったわね、」
と言った。
「え・・・」
「彼が。 このまま街の小さなピアノバーのピアニストで終わるとは思えない。 世間がきっと放っておかない。 今は彼が欲がないだけで・・・・。 きっとこれから彼の人生の転機はきっとやってくる。」
私の小さな不安を母はズバリと言い当てた。
絵梨沙の母は真尋を認めてくれましたが、娘の幸せを思うと複雑で・・・
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