「・・あのう、」
私は失礼を承知でマエストロのところに行った。
「ああ、来ていたの?」
彼はいつも穏やかだった。
「・・・こんなこと私が言うのは・・・ですぎたことだと思いますが。 彼と私のデュオを見ていただいたとおり、本番は彼が私に合わせる形でした。 それまでは逆に私のほうが彼に合わせなくちゃと思って・・全然うまくいかなくて。 だけど、彼に合わせるように言ったら、一発で合ってしまったんです。 すごく不思議なんですけど・・・。 今は彼がそういう形になっていない気がして、」
世界の巨匠にこんなことを言うなんて
とんでもないことだけど
私はもう言わずにはいられなかった。
マエストロは細かいことは言わない。
彼も自分がどうすればいいのか必死に模索しているようで、見ていられなかった。
するとマエストロはふっと笑って
「・・きみと弾いていた時は1対1。 ぶっつけ本番でもうまくいった。 彼が合わせる形にしたほうがぼくもいいと思うし、彼もそう思ってる。 ただ・・・・大勢が相手だからね。 それで戸惑っている。」
父と同じことを言っていた。
「大丈夫。 彼はもがきながらも必死に出口を探してる。 そこに連れて行ってやるんじゃなくて、迷っても自分で歩いていかないと。 彼はそれができる男だって・・・うん、今日のピアノを聴いて思ったよ。」
彼の試練を
私はもう見ているしかなかった。
家に帰ると、彼の部屋のドアが開いていた。
また施錠を忘れている。
入って行っても気配がない。
「・・??」
おそるおそる部屋に入っていったけど、シンとしていて彼の姿はない。
寝室に寝ているわけでもない。
そこでキョロキョロしていると、いきなりバスルームのドアがバンっとスゴイ音を立てて開いた。
「えっ!!!!!」
私はフリーズしてしまった。
頭からズブ濡れで、しかもシャンプーの泡がついたままの彼が
全裸で部屋にズカズカと現れた。
「-!!!!」
心臓が止まりそうなほど驚いた。
見たくもなかったのに
その『状況』はばっちりと脳裏に焼き付けられ。
彼は私に気づかず、濡れた身体のままピアノの前に座っていきなり弾き始めた。
第3楽章の最後の盛り上がりの部分を。
その迫力はもう
『見たくもないもの』を払拭するようなものだった。
この異様な光景に私は恐怖さえ感じて動けなくなってしまった。
一気に弾き終えた後、彼はしばらく魂が抜かれたように座ったまま動かなかった。
我に返った私は
後ろから彼にバスタオルを放った。
彼は驚いて振り返る。
「・・絵梨沙・・・」
そのまま立ち上がろうとしたので、
「ダメっ!!!! 早く! タオルを!!」
私は慌てて背を向けた。
浮世離れした真尋の行動にまたも絵梨沙は仰天し・・・
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