「だから・・・バイトの、」
少し赤面してしまったことを悟られたくなくてフランツから目をそらした。
「ああ。 マサ? 今日は休みだよ。 このところ週3回だったのを4回にしてもらって。 音楽院の課題も厳しいって言ってたんだけど、練習代わりにしていいからってムリに頼んで。」
彼は笑った。
「ムリに?」
「彼が弾くと。 すごくお客さんが入るようになったんだ。 他のピアニストの時と全然違うよ。 完全に彼のピアノを聴きに来ているって人たちばかりだもの。」
心がちくんと痛んだ。
「お客さんにリクエストされるといけないって、レパートリーも増やしてね。 よくやってくれてる。」
私より
ヘタでも。
彼はもう人にピアノを聴かせて、楽しませることができる。
私は自分のためにしかピアノを弾いてこなかった。
一流ピアニストになりたいのだって
別に誰かに聴かせたいとか、そんなんじゃなくて。
自分がピアノを弾きたいだけだ。
それから3日後の練習室での併せの練習では
彼はこの前と比べ物にならないほど、きちんと仕上げてきた。
「あ~~~、もう寝不足。 すげー頑張っちゃったし、」
褒めたかったのに
先にそう言われると
「まだまだ弾けてるだけで、『併せ』られてないわよ。 後半にさしかかると先走ってる、」
つい厳しいことを言ってしまう。
「なんかさ~~。 テンポが読めないんだよな。」
「もう練習しかないわよ。 もう一度、」
何度も
何度も
繰り返した。
悔しいけれど
たまに、彼のピアノに飲み込まれそうなときがある。
強いわけではないのに
音の深みが圧倒的で。
同じピアノじゃないんじゃないかと錯覚する。
負けたくない。
そう思えば思うほど
彼のその『音』を身体に実感して
意識して。
「もちょっと時間ありそうだな。 おれ、バイト行く前に練習してくから。」
二人の練習が終わった後、彼は一人で練習室に残ると言った。
「・・・あ、そう。」
私は仕方なく一人帰ろうとしたが。
廊下に出た後、そこで立ち止まってしまった。
真尋が影で頑張っていることを知った絵梨沙は・・
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