「喉に通っていきませんよ、」
元々飲めない真太郎だったが、注がれたビールグラスを見て落ち込んでそう言った。
「まあまあ。 ちょっとずつでもいいから。 この世に酒があってよかった~~~っておれはもう何べん思ったか。 ヤケ酒だっていっぱい飲んだけど。 酒飲んでると、気持ちが高揚していろいろ変わってくしね。 ドツボにはまってた心が・・軽くなるってゆーか、」
志藤は笑う。
「気にすること、ないです。」
そして真面目な顔になって真太郎に言った。
「え・・・」
「あなたのせいじゃない。 こんなことで気持ちを翻すような会社とは、一緒になんかやっていけへんでしょう。 これからも。 北都社長の顔だけでとりあえずうなずいたのなら・・・それはホンモノやない。」
「志藤さん・・・」
「ほんま。 世間ってシビアですから。 社長の評価がその社の評価になる。 だけど、ほんまにわかってくれはる人は・・・あなたの仕事ぶりも見ていてくれます。 お世辞でもなんでもなく、おれはジュニアが今までずっと頑張ってきたことはわかってますから。」
優しい父親のように
そう言われ、
「・・まだまだだ。 おれは、」
真太郎は目を潤ませた。
「今まで自分にちやほやしてくれたのは・・・おれの後ろにオヤジがいたからで。 北都真太郎として勝負しようって思っても・・・誰も相手にもしてくれない、」
「あの人が偉大すぎるんです。 二世タレントでも二世のスポーツ選手でもみんなそうじゃないですか。 親を超えるってのは・・・できるもんじゃないです。 最初っからハードル高いし。 低いトコから勝負してくれへんし。 あなたが社長の息子だからこの北都グループを継げるってわけじゃなくて、社長は一人の人間としてあなたを認めていると思っています。 前から・・・あと数年後には真太郎に全てを渡したい、と言っていたのは知っていました。 そしてこの大きな大きな荷物をあなたが背負うことに関しても・・・ひとりの親になって心配もしていました、」
志藤は数週間前、車の中で北都と交わした会話を思い出した。
「急にそのときが来て。 慌しいだけです。 大丈夫、」
『大丈夫』
という言葉を、南にも志藤にも何度かけられただろうか。
やっぱり自分は未熟だ。
真太郎はうつむいた。
そうやって安心できる言葉をもらわないと
いつだって不安でどうしようもなくなる。
志藤は二件目に、あゆみが働く『ルシエ』にやって来た。
「あ、志藤さん。」
「どーも。 なんかもう、No.1の風格やな、」
志藤は彼女をからかった。
「そんなわけないでしょう・・・。 ほんとあたしなんかまだまだ、」
あゆみはおかしそうに笑った。
「・・なんか。 いいことあった?」
志藤は何となく彼女の表情が明るくなった気がした。
「え?」
少しドキンとした。
「いっつもキレイやけど、今日はさらにキレイかなって、」
「もー。・・・こうやって、ステキなお客様とお話させていただけるのが嬉しいだけです、」
「うまい切り替えしやな~~~。 もう銀座になってる、銀座に。」
志藤は笑うが相変わらず真太郎のテンションは低いままだった。
自分の未熟さを思い知る真太郎の迷いは深く・・・
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