「ごちそうさま、」
しばらく他愛もない話をしたあとに、高宮は上着を手にした。
え・・・
もう？
夏希は時計を見た。
いらぬ心配はしたくせに、特に何もなかったらなかったで、ガッカリする気持ちはなんだろう。
「いちおう、人んちだからね。 遅くなると悪いから。」
高宮はにっこり笑った。
「あ・・そうですね。」
慌ててちょっとガッカリした気持ちを打ち消した。
タクシーを拾える道まで送っていった。
「ほんっともう、いちいち足が重くて・・・思ったより足が上がってなかったりして。」
ぎこちなく杖をついて歩く彼を支えるように夏希は歩いた。
「あたしも捻挫した時によく杖が側溝にはまったりして・・」
と言ってるそばから、
「わわっ・・・」
ほんとに側溝にはまってしまった。
「危ない、」
夏希が慌てて支える。
杖がガランと転がった。
「ほんと、ハマるな・・」
夏希が杖を拾って手渡した時、自然に高宮は彼女に近づきそっとキスをした。
もう
何度目のキスなんだろう。
相変わらずぎこちないけど。
なんだか
いい匂いがする。
コロン？
少しタバコの香りも・・・。
ほんの一瞬だったのに夏希にはすごく長い時間に感じた。
『体が離れたくないって思うねん、』
南の言葉を思い出した。
夏希は黙ってまた彼を支えるようにして歩き始めた。
すっごい
恥ずかしいけど
この胸がいっぱいになる気持ちはなんなんだろう。
「あれ？ 帰ってきたの？」
いきなり南に無神経な言葉を投げかけられた。
「普通に帰ってきますよ・・・」
高宮はブスっとして答えた。
「あ、いきなり押し倒して殴られた？」
アハハと笑う彼女に腹が立ち、
「こんな状態でなんもできるわけないでしょうがっ！」
ギブスの足をさした。
「え、そんなもんやる気になればできるよ・・・」
また、そんなこと言って・・・
高宮はまたも腹立たしかったが、
「シャワー・・なんとか浴びたいんで。 貸していただけますか？？」
挑戦的に彼女に言った。
「・・どーぞ、」
そりゃ
おれだって男だし。
彼女を抱きしめたい。
抱きしめたらキスしたい。
キスしたら・・・
全部、自分のものにしたい。
だけど
ああやって彼女の作ったトンチンカンな料理を食べたり、バカな話で盛り上がったり。
それでいいって。
彼女のあの笑顔を見ているだけでいいって。
さっきは本当に
そう思ったんだ。
そして
大晦日。
夏希は昼間、北都邸を訪れた。
「せっかく休みなんやから、どっか行ってくればええやん。 車、貸すよ。」
南は気を利かせてそう言ってくれたが、
「いえ。 もう移動するだけで疲れるので。 明日は長野行かなくちゃだし。」
高宮は庭のテラスに座ってお茶を飲んだ。
「明日、駅まで送りますから。 仕度はできているんですか？」
夏希が言う。
「こっちに来たまんまで。 ちょっと服なんかは買ったけど、荷物はそんなにないからね。 とにかく身軽で行かなくちゃ。 この状態だし。」
「そう、ですね・・・」
南はそーっと二人から遠ざかっていった。
静かな大晦日だった。
「なんか・・・加瀬さんが大阪に来てくれてから今日まで、めちゃくちゃ長かったな。」
高宮がふっと笑った。
「ほんと。 もう2～3ヶ月前のことのような気がします。」
夏希も笑った。
「・・・おれ、もっともっと頑張るから。」
高宮は夏希の顔を見た。
「大阪でやり残すことなんかないように。 仕事してくるから。」
また
明日から
離れ離れだ。
「なんかさあ・・あの二人。 腹立つほど真面目やねん、」
南は家に戻って真太郎にぼやいた。
「南が腹たってどうするの、」
真太郎は笑った。
「また・・・何ヶ月か離れ離れなのに。」
「高宮くんはね。 けっこう真面目だよ。 彼が選んだのがあの子だった、ってのがちょっと意外だったけど。でも、うん、案外お似合いじゃない？」
「まあね。 なんかハラハラするなあ・・」
「だから、南はハラハラしなくていいんだよ。」
真太郎はまた笑ってしまった。
離れ離れ
になるはずの二人。
しかし
この一連の"事態"は
さらに続くことになるのだった・・・・。
落ち着いた大晦日でしたが、年が明けてもまだまだ騒ぎは続きまして・・
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