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Kierkegaard

その前の話 その1

『褒美』

マヤ13歳の夏-

車のクラクションがいつまでも耳に残っている。

昨日と同じ今日が、今日と同じ明日がずっと続くと思っていた。

お父さんがいて、お母さんがいる日常がずっと続くと思っていた。

あの日のことは覚えていない、家族で日帰りのドライブに出かけた帰りの事故だったらしい。

おまけにマヤと両親が住んでいたアパートは火事になり、思い出も全て無くした。

事故にまつわる全て記憶が私から抜け落ちていて、覚えているのは真澄さんの優しい瞳だった。

「マヤ、君を迎えに来たよ、一緒に家に帰ろう」

少女は何も言わず、ただ差し出された手を握った、自分の体から体温を失ったような状態だったから、暖かいと思った。

車が怖かった、マヤは真澄の車に乗るのを嫌がった、真澄はマヤを抱き上げ、後部座席に優しく下すが、マヤはパニック状態になった、真澄は病院で処方してもらった薬をマヤに飲ませようとした。

「これを飲んで、そうしたら眠っているうちつくから」

マヤが頭を振る、真澄はマヤに口移しで薬を飲ませた、苦味が口に広がり、やがてマヤの意識が薄れていく、真澄は頭を優しくなでてから静かに車のエンジンをかけた。

マヤを乗せた車が屋敷について、まだ眠りの中だったマヤを真澄は抱き上げ屋敷に入った。

「お帰りなさいませ真澄さま、マヤさまのお加減はどうですか」

「聖か、事故や火事のショックで自分を失っている」

「お可哀想に」

マヤは、真澄の寝室で一緒に眠った、目を覚ましたときにパニックになるかもしれないからだ。

マヤが目を覚ました時、目の前に真澄の顔があった。

びっくりしたマヤは、事故後初めて声を発した。

「ここはどこですか?」

「俺の家で、これからは君に家でもある。君は一人ぼっちじゃない、俺たちがいる」

マヤは、声を出さずただ黒い瞳から大粒の涙を流した。

お父さんもお母さんもいないのだ、昨日までの平凡だけど優しい日常を無くしたという事実が、マヤの頭の中を支配していく、一人ぼっちなのだということを事故後ようやく理解したのだ。

真澄は胸に抱いて背中を優しく撫でた、泣いた子供をあやすように。

マヤは泣き疲れ再び瞳を閉じ、いつしか眠りについた。

次に目を覚ましたとき、お日様が中天にある正午だった。

「お腹すかないか」

マヤはコクンと頷いた、顔を洗って一階の食堂に案内された。

食堂には、優しい微笑を浮かべるきれいなお兄さんが、昼食の支度をして待っていた。

「はじめましてマヤちゃん、僕は聖唐人です、よろしくね」

「北島マヤです、よろしくお願いします」

聖は優しくマヤの頭を撫でた、暖かいと思った。

全てを無くしたと思った少女に、足長おじさんとお兄さんができた。

事故のショックはすぐには癒えなかったが、穏やかで優しいぬくもりの時間がマヤの心を癒していった。

そうして夏が過ぎて、秋になり新しい学校へ通った。徒歩で通学できる私立の中高一貫のミッションスクールだった。

マヤは、真澄のことを学校で習ったとおりに、「おじさま」と呼んだら、怒られた。

それで聖さんが呼ぶように、「真澄さま」と呼んだら、また怒られた。

米国の大学をスキップで卒業し、24の若さで博士だといいうので、「先生」と呼ぶことにした。

「それならいいか」ということで、マヤは、真澄を「先生」と呼ぶことにした。

穏やかで優しい時が過ぎていく、マヤは高校二年の三学期を迎えて進路について考えることになる。

「いつまでも先生に甘えちゃだめだよね」

マヤは、公園でブランコに揺られ考える。

マヤは真澄や聖が大好きだ、二人がマヤに向ける愛情はとても優しくて暖かい。

何時の頃かマヤは真澄に親愛と違う感情が芽生えていることに気が付いた。

その感情を持て余す前に家を出なければ、苦しくなる、そう思った。

ギーコ、ギーコ、ブランコは揺れ続けた。

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