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Kierkegaard

(あれ、でじゃぶな絵だ)

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誰が彼を殺したの?

彼とマヤの穏やかな時間は、暖かいぬくもりに包まれ過ぎてゆく。

あの頃は、決して向けられることの無かったマヤの信愛のこもった笑顔だけで幸せだった。

元旦には一緒に初詣に行き、二日は、日本橋界隈の七福神詣で、三日は、マヤの好きなケーキバイキングへ出かけた、そして夜、ずいぶん昔に取引相手が突然訪ねてきて、他愛のない話を続けてお暇願おうと思っていた、まさか、背後から殴られるとは、しばらく昏倒していたらしい。

花瓶の水の冷たさを感じ、頭に鈍痛を感じながらゆっくり体を起こした。

「ああ、水浸しだ、通いの・・さんに叱られるな」

俺は、立ち上がると花瓶を片付け濡れた床を雑巾で拭いた、戸締りをして寝室に戻り、鍵をかけた。

窓を見ると夜空に丸い月が浮かんでいた、しばらく月を眺めていたが、いつしか雲に覆われ、白いものが落ちてきた。

「雪か、・・・」

ずいぶん昔に雪の降る東京の街を傘をさして彼女と歩いたことがあったなあ、昔のことだ。

カーテンを閉め、振り向くと、彼女がいた。

あの写真と同じ服装をして。

「おかえりマヤ」

「・・・怒ってないの?」

「ああ」

彼は優しい笑顔を彼女に向け両手を広げる、駆け寄る女を抱き留める。

だが彼女の体は、真澄の腕をすり抜ける。

「・・・」

「・・・」

「あの、その」

「いい、言わなくてもわかるから、これからずっとそばにいてくれるのか?」

「うん」

「そうか、それならいい」

互いの唇が重なる、重なった先からマヤの存在を感じた、あの夏の日、俺の元から彼女はいなくなった。

何があったのか、聞きたくもない、彼女はこれからずっと俺のそばにいると言う、それだけでいい。

唇からからとろっとした何かが伝わる、心の臓が跳ねる、痺れが全身に伝わる、女は柔らかな微笑を浮かべている。

ああ、そうか、終わりの時がくるのか。

君は俺の手を離さない、俺も君の手を離さない、最期に俺は、息子と少女のマヤが出会い、いつしか互いの手を繋いで未来を生きるビジョンを見た。

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