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Kierkegaard
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198X年 夏 軽井沢・・・

「速水さん、あの白い花は何?」

「南天だ、秋に赤い実をつける、縁起ものの木だな、『禍転じて福となす』で正月に飾られることも多いから、見たこともあるはずだ」

「あ、わかった雪うさぎの目ね」

「うさぎマヤの目だな」

「な、速水さんのいじめっこ、いーだ」

青い空、命に輝く緑の世界、マヤとの世界、輝く白い頬、情熱の瞳に映るは俺だ、影が重なる。

暗転

「誰にだって青春ってあるんだな」

しみじみと真澄くんは思うのである。

「先輩・・・、この写真のマヤちゃんとお父様はたいそう仲良さげなんですけど、どうして別れたんでしょうね?先輩は何か聞いています」

「さあ、俺が義父とこの屋敷で一緒に生活したのは10年くらいで、ここ5年は音信普通だったから、詳しいことは、俺の母親と結婚するまで独身としか聞いていないな」

「先輩のお父様は、あなたのお母様と結婚するまで独身を貫いていたということは、この女性がお母様とか?」

「聖、それはない。俺の母親の写真を見たろう?」

「あ、そうですね、アルバムの空白の時間となると、ぼくらのマヤちゃんに聞いてみるしか」

「ぼくらのマヤちゃん?」

「このマヤちゃんと同居人のマヤちゃんは、同一人物でしょうが?」

果たして写真のマヤと現在に存在するマヤは、同一なのだろうか?

真澄の思考が二重の螺旋を上昇する、同一時代に同一である人間の存在は許されない、だからマヤをこちらに呼び寄せた、この写真のマヤは現在では存在しないことを知っていた。

「うーん、え、」

ずでんころん、革靴の底が何かにふれ、真澄は盛大に転ぶのである。

「先輩、大丈夫ですか?」

「いたいな、何だこれは?」

指で摘まんでみると、それは茶色の色をした粒だった。何かの実を乾燥させたものらしいが、何でこんなものが。

「何かの種ですね、科捜研で調べてみますか?」

「そうだな、何粒かあるからこれも持って帰るか」

厳冬の空が暮れる、澄み切った空を紫に赤に橙に染め上げ、そして一番星が輝き沈んだお日様にかわり月が冴え冴えと輝くのだ。

マヤは窓からその光景を見ていた。

「・・もう時間がない、おじさま、私は懸けに負けちゃうの?」

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