11月29日、ロイヤルオペラハウス(以下ROH)にヴェルディの仮面舞踏会を観にいきました。


仮面舞踏会3 鏡の角度を利用した舞踏会シーン



これ今年の4月に新プロダクションでやったばかりなんですけどね~(私は3回も行きました!)。


その同じ舞台を半年余りで、しかも有名度ではぐんと落ちる歌手陣でやるとどうなるか? 

当然切符の売れ行きがうんと悪いです。私も一回しか行きません。


同じことは2004年に起こりました。グノーの「ファウスト」を6月にRアラーニャ、Aゲオルギュー、BターフェルというROHで数年来のベストと思われる超人気者3人を揃えてやったすぐ後の10月に、Pベッツァーラ、Eケレシディ、Jトムリンソンでやったのです。ジョン・トムリンソンとブリン・ターフェルは人気実力とも互角なので、一人くらいは良い人入れないとまずいよね、ってことだったのでしょうが。


今回は前回ほどは落とさず、主役3人をそこそこの人を揃えました。その中でROHで知名度が高いのは、実力はともかく、又あのディミトリ・ホロストフスキー。又あの、って言う位だからしょっちゅう出演していて、でも正直言って「またお前かよ~、他のバリトンも聴きたいのになあ~」と思ったのは私だけではありますまい。その証拠に切符の売れ行きは、聞くところによると、珍しいくらい悪かったそうです。

7月のリゴレット は、若くて美男子のホロストフスキーが醜いせむし男をやるというので興味深深で切符は売れ切たようですが、今回はいかにも彼にぴったりそうな役なので(それは間違ってましたけど)、逆に観る前から予想できてしまうわけです。


さて、あらすじや新プロダクションのときの感想は4月の仮面舞踏会 を見て頂くとして、今回は主役歌手3人の比較という観点からのみ書きます。



先回のトーマス・ハンプソン vs 今回のディミトリ・ホロスフスキー(嫉妬から暗殺者になる夫レナート)

これは文句なく大差でハンプソンの勝ち

滅私奉公で仕えた上司と自分の妻の仲を疑って怒り心頭、暗殺者から上司を守ろうとしていたのにコロっと寝返って自ら殺してしまう夫レナート役は、いかに上手に歌い怒るかによるのですが、それには凄みのある輪郭のはっきりした声が理想的で、ハイバリトンの二人は両方とも元々ぴったりとは言い難いと思います。

だけど、そう思って聴いた4月のハンプソンは素晴らしくて、何度も聴いたことのある彼ですが、へえこんな大声で力強く、まるでレオ・ヌッチみたいに歌えるんだあ、と感心。すっごく怒ってる~!って感じが歌いぶりに出てました。何度も聞いた中で最高の出来。


一方、声がもっとまろやかで叙情的なホロスフスキーは元々もっと合わない役。おまけに今まで観たうちでこれが最悪のパフォーマンス。銀髪軍服の立ち姿は美しいけど、声は出ないわ、感情が篭ってないわで、いいとこ無し。普段はいくらなんでももうちょっとましなのに、今調子悪いのかも。この数日前に観て、この日も又いらしてたSardanapalusさんが仰るのには、一回目はもっとひどかったそうで、これではROHの花形バリトンの地位はかなり危ういです。来年早々のチャイコフスキーの「ユージン・オネーギン」はおハコだから期待してたけど、なんか不安になってきたわ。


仮面舞踏会2     仮面舞踏会1

「殿、私めは忠誠を誓いまする」       「不貞の妻は死なねばならぬのじゃ」「うっそ~!」


先回のマルセロ・アルバレス vs 今回のリチャード・マージソン(人妻に横恋慕する殿様リカルド)

アルバレスは一番のお気に入りテノールで私はベタ惚れるだから、比べたら誰だって雲泥の差に決まってるじゃん、と思ったけど、マージソンが意外に健闘して、いい勝負に。

マージソン、数年前までNYメトで大活躍したけど、私がROHで何度か聴いたときはもうピークは過ぎたなあと感じたのですが、今回はよく声が出て、まだ大丈夫じゃんとぐーんと評価が上がりました。元々このテノール役はハラハラするような高音部もなく、難しくないわりには良いアリアがいくつかあってテノールには得な役。それを彼は素直な声でリリカルに流れるように歌ってくれて、安心して聞き惚れることができました。


マージソンは典型的なテノール体型のひとつであるデブ。アルバレスもデブだけど、デブ競争ではマージソンの圧勝。いや、別にデブ度は評価に寄与してるわけではないのですが、どっちの勝ちかと言うと、やっぱりアルバレスに軍配が上がります。華があるし、あの独特の甘い声はやはりなにものにも変え難し。マージソンは清らかで素直だけど個性に欠けるからね。ロマンスのヒーローからは程遠い体型だけど、芝居はマージソンなかなか上手でした。

ということでこれは僅差でアルバレスの勝ち



先回のカリタ・マッティラと今回のニーナ・シュテンメ(夫の上司にふらっとするイケナイ人妻アメリア)

ワグナー歌い手に疎い私は知らなかったけど、今回のウェーデン人シュテンメはバイロイトでイゾルデだったそうな。最近ドミンゴと「トリスタンとイゾルデ」も録音。それは一流のワーグナー歌手であることのお墨付きなわけで、そんな彼女がヴェルディを初めて歌うというのが注目点。
なるほどそれならスタミナは問題ないし、声量があって中音と低音は幅と重みがあって実に素晴らしい。だけど、高音になると急に尻すぼみに薄くなってしまい、ついに死ぬ前に一目子供に会わせてと懇願する一番大事なアリアのクライマックスで声がかすれてしまった。先回のカリタ・マッティラはこの逆で、線が細くてュアな高音が魅力的だけど、低い部分はちょっと金属的で荒っぽい。
ルックスとお芝居は、ほっそりと長身で金髪のフィンランド人マッティラが華やかさと大袈裟な感情表現では圧勝。それとは対照的な小柄でちょっとずんぐりで地味な外見のシュテンメの控えめなおばさん風立ち居振る舞いもそれはそれで魅力的。
だから、このソプラノの勝負、タイプはちがうけど総合点で優劣はつけ難く、引き分け。
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私の席は舞台の袖。オーケストラをほとんど後ろから見るような舞台から至近距離の最前列で、まるで舞台の一部のよう。ときたま歌手が2メートル以内に立ちます。だから細かいところがとてもよく見えて、脇役やコーラスの衣装の細かい部分まできっちりできているのに感心。舞台から2番目の席が37ポンド、3番目が46ポンドでしたが、やっぱりあの臨場感には感激。いつもあそこに座りたいなあ。いつも狙うんだけど、なかなか取れないのです。これは売れ行きが悪かったからこそ取れたのですね、きっと。
指揮者のチャールズ・マッケラスは初日が80歳の誕生日だったそうで、その日はカーテンコールでバースデーケーキが出てきたそうです。80歳で現役バリバリなんて、ごく一部の職業にしか起こり得ないことで、エネルギッシュに3時間指揮するおじいちゃんはなんという幸せ者でしょう。
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以上、前回と比べると全てに少しづつ劣ったのですが、それにしても観客の反応の冷たかったこと。前回の割れるような拍手とは比べ物にならないほどおざなりだったのです。私が行った日はそこそこの入りだったのに、ROHの他のどのオペラと比べても、私が何十回観た中で拍手がもっとも少なかった舞台の一つでしょう。

作品自体は、初めて聴いたカルメンさんが「退屈な部分が一分もない素晴らしいオペラ」と感激なさっていたし、私もヴェルディのもっとも優れた名作の一つだと思うので、あの盛り上がりのなさには驚きました。強いて言えばホロストフスキーのせいだ。

あ、そうだ、開演前に大好きなテノールのトビー・スペンスを見かけました。10月のWigmore HallのリサイタルENOの魔笛 を観たばかりなのですが、素顔の彼、ボーイッシュで可愛い~!