リゴレットを観にロイヤルオペラハウス(以下ROH)に最近また2度も行きました。あらすじや舞台セット等についてはリゴレット-父親失格道化師の悲劇 をご覧頂くとして、今回は、6月とは入れ替えになった歌手についての感想のみ書きます。


なんと言っても今月の目玉はリゴレット役のディミトリ・ホロストフスキー。42,3歳のロシア人で、ROHには出過ぎとすら思えるお馴染みさんですが、今回ばかりは皆が「どれどれ、どんな事になるのかな~?」と興味深深。だって、中年の醜いせむし男をやるには彼は若くて美男子過ぎんだもの。それに芝居が上手きゃまだなんとかなるだろうと思えるけど、彼は声の魅力で人気があるのであって、大根役者とみなされてる人。一体どんな外れたリゴレットになるんだろうと心配にもなりますよね?

先月出たパオロ・ガヴァネッリはずんぐりむっくりの中年のおっさんだったので、顔はそのままでピッタリだったけど、ロシアの銀髪男のこの顔、どうすればいいわけ?

dimitri better dimitri smiles

「ロシアの貴公子」が宣伝文句のディミトリ・ホロストフスキー
「でも、醜いせむし男やりたいんだも~ん、僕」


7月6日に行ったときはいつもの横の上の席だったので、双眼鏡でも顔まではっきりは見えませんでしたが、7月13日の席は舞台の袖だったので、歌いながら近くに来ると5メートル以内の距離なんです。指揮者からより近い。更にその近さから私は双眼鏡を使ったので、もうヒゲのブツブツまではっきり見えるドアップよ。


顔中に黒い線で影を作ったり皺を描いたり目元に傷を付けるくらいでは不足と思ったようで、ハゲのカツラ被ってました。時代劇のチョンマゲさらし首のような白髪のザンバラ髪。まあ特殊メークはそれで充分でしょう。


歌わないときは常に口元をへの字にゆがめて出歯気味にして、ずっと腰を曲げっ放し。その姿勢でリゴレットにしては若々し過ぎるほどキビキビよく動いて大熱演。大根役者だなんて言ってごめんなさ~い。今までとは人が変わったような変身ぶりの大サービスで、おみそれしました!演技賞は差し上げます。


だけどね~・・・・


やっぱり合わないんですよ。

あの声がね。なめらかで叙情的過ぎる。彼なりに一生懸命やって、今までのような棒歌いからは想像もつかないほど頑張ったんだけど、尖がった荒々しさが足りないの。

私にとってリゴレットはなんてったってレオ・ヌッチ。生では一度も聴いたことないけど、リゴレットはあの声でなきゃ駄目なのよ。


というわけで、本来の彼を知っている観客にとっては、おそろしく人工的なものを見たという稀な経験はそれなりに「あ~面白かった」というところでしょうが、彼が別の路線で有名な歌手だからこその興味深さなのであって、誰だか知らずに出てきたら、違和感のあるリゴレットだと思う。


けなしているわけではないですよ。バリトンなら誰でもやりたいリゴレットを歌って彼として新境地を開いたのは確かだし、すごい努力して充分な効果もあったから、ホントに見直した。


それに皮肉なことに、この変装でも笑うと歯並びの良い口元がすごく素敵で、あらためて彼の美貌を認識。ときには今までの中で今回が一番ハンサムに見えたくらい。結構な回数見たことあるんですけどね。これって改醜作戦は失敗だってことかしら?


ところで、私の席からは少し舞台裏が見えたのですが、まともな客席から見えないところまで行くと急にすっくと立ち上がるのが笑えた。それに、ずっと腰曲げてて疲れたんでしょう、後ろに反り返ってましたよ。最後は歌声だけで舞台には出ないコーラスの男性が、暑い日だったのでバミューダパンツはいて歌ってのも見えたし、楽しい席でしょ~? 指揮者もよく見えるし、おまけに安いのでお気に入りです。22ポンド。


お次は娘のジルダ役のエカテリーナ・シウリーナ。聞いたこともない名前なので全然期待してなかったら、これがもう上手なこと。若いロシア人で、濁りのない清らかな声がきれに伸びて、可憐なジルダにはピッタリ。6月に出た有名ソプラノのアンナ・ネトレプコより、この役に限っては、彼女の方がうんと良し。タイプとしてはエディータ・グルベローバで、凛とした高音がとても魅力的で、うっとり聞き惚れました。魔笛のパミーナとかの清純で可憐な娘役には最適の声です。コロラチュールもいける筈。美人ではなくて下膨れのオタフク顔だけど、ジルダの愛らしさと惨めさが伝わってきました。これをステップに世界のトップグループに参入して欲しいものです。その実力は充分あり。


トップグループ参入といえば、それを達成しつつあるのが公爵役のローランド・ビリャゾン。6月24日にラ・ボエームに出たばかりの若いメキシコ人。あのときは病気の恋人を気遣う貧乏な詩人をスリムな体を前屈みにしてそれらしく上手に演じていたけど、傲慢で女たらしの公爵を、今度は腰をしゃんと伸ばして胸をそらし顔を上向きにして、目つきもいやらしそうに意地悪そうに変えて、これまたとてもぴったりだった。テノールには珍しく演技が上手だわ。ぼやけてしまう高音も聞き慣れた気にならなくなったし、これが彼の個性なんだから、バリトンぽいテノールとしてはタイプの似てるウラジミール・ガルージンのようになるね、きっと。ラ・ボエームの成功で気をよくしたか、コベントガーデンの舞台ではすでにスターの輝きと余裕が感じられました。



というわけで3人とも抜群の演技だったので、近くで見られて大満足。

ただ一つ残念だったのは、リゴレットと公爵の声が似過ぎていて、中年おやじと青年の差が顕著に出なかったこと。暗いリゴレットと明るい公爵の対照がポイントの一つだと思うんですけどね。


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最後に日本でのコンサート情報。

ディミトリ・ホロストフスキーが7月26日に東京オペラシティコンサートホールでリサイタルを開くそうです。日本にも女性ファンが多い彼だから、きっと熱い視線を浴びることでしょう。



こんなこと言ったらガッカリする女性ファンもいるかもしれないけど、ちょっと前にROHにお客として来ていた彼を見かけたんだけど、黒髪ですらっとスリムだけど胸だけ大きな美人と同伴でしたよ。




ふ~っ、何度も名前タイプしたらやっと覚えられたわ、ホロストフスキー。