『鉄の門』
(1945/青木久恵訳、
 ハヤカワ・ミステリ文庫、1977.10.15)

サンズ警部が
単独で登場するシリーズの
第2作です。


かつては松本恵子訳で
ハヤカワ・ミステリの1冊として
出ていたものですが
文庫化にあたって改訳されました。

「ビロード」が
「天鵞絨」と表記されていたりして
やや古風な印象を受ける訳文ですが
『眼の壁』(1943)に比べると
格段に読みやすいですね。

そして『眼の壁』に比べると
プロットの技巧やキャラクター描写が
段違いに優れていると思います。


医師の夫と
先妻の残した子どもたち、
夫の妹(義妹)と共に
平穏に暮らしていた後妻が
ある日、見知らぬ男が届けにきた
箱を開けて驚愕し、失踪してしまう。

この事件をきっかけにして
過去に起きて迷宮入りした
先妻殺しが浮上してきるのですが
このように、過去の事件が
現在に影響を及ぼすというプロットは
『眼の壁』にも見られたものです。


後妻を脅やかすのは誰なのか
また、何故なのか
というのが
物語を読み進めさせる
「謎」に相当すると思いますが
今回は思わせぶりな描写で誤魔化さず
脅かす動機もそのきっかけも
なるほどそうかと腑に落ちる感じで
サンズに説明されてみれば
それがいちばん自然だなあと思わせる
説得力がありました。

ひとつには
伏線の照応が
巧く決まっているからでしょう。

また、『眼の壁』では
重要なキャラクターの心理描写が
弱かったのに対して
『鉄の門』ではそれを逆手にとって
サプライズを仕掛けているのが
ミステリとして
良かったんじゃないかと思います。


あと、エンディングにおける
ある登場人物を襲う孤独感は
なかなか叙情的というか
読者にもひしひしと迫るように
書けていて、よろしいか、と。


ただ一点、気になるのは
謎の男が届けたものが
「あれ」である理由が
よく分からないことでしょうか。


さて、これで
日本で翻訳されている
ミラーの長編は
すべて読了したことになるので
現時点での、ミラーの
マイ・ベストなぞを書いておくと
『殺す風』(1957)
『心憑かれて』(1964)
『明日訪ねてくるがいい』(1976)
といったところです。

次点が、今回の『鉄の門』と
『耳をすます壁』(1959)あたりかな。

世評の高い
『まるで天使のような』(1962)は
初読時の印象が悪いのと
訳文の(特に会話部分の)違和感が
再読しても拭えなかったので
ちょっと……


それにしても
これらの翻訳がすべて
現在、品切れ中とは……( ̄▽ ̄)


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