
(1964/汀 一弘訳、創元推理文庫、1990.9.21)
『まるで天使のような』に続く長編です。
もちろん(もちろん? w)
読むのは今回が初めてです。
この作品については
ミラー自身がインタビューで
「昔から、子供への猥褻行為という
テーマに関心があった」
と述べていますが
(引用は伊達桃子訳「光と蔭の中で」
『ミステリマガジン』1992年11月号から)
そういうテーマのサイコもの
という印象からは隔たった読後感を
抱かせる作品です。
同じインタビューで
「あんまり陰惨な書き方はしたくなかったの」
とミラー自身が言っている通り
その手の現代ミステリのように
露骨で残酷な描写はありません。
ペドフィリア的な青年を
怪物として描くのではなく
裁いたり断罪したりするのでもなく
むしろ、「本人にもどうしようもない」
一種の病気として描いていて
そういうバランス感覚には
好感が持てました。
最も1964年当時は
現代の作品ような、
あまりにも露骨で残酷な描写は
出版社側も自主規制をかけていて
書かれることがないか
書いてもぼんやりと
曖昧に表現したものと思われますが。
本作品には
ペドフィリア的な青年は出てきますが
その心の闇をテーマにしているというより
普通の人間でもふとした表紙に陥る
狂気の淵を描いた作品という感じです。
「狂気の淵」というと
大袈裟な感じになりますが
夫婦関係のきしみとか
別れた夫への憎悪と執着とか
そういった
ある意味きわめて日常的な場面で
ちょっと逸脱する感覚とでも
いいましょうか。
ペドフィリア的な青年の心理よりも
夫と別れて娘と暮らしている
母親の心理や
夫が仕事で出張がちで
上手く夫婦関係を築けない婦人の心理の方が
強烈な印象を残します。
主役級のキャラクターである少女が
失踪してからの展開(285ページ以降)は
それまでの静かな緊張感とは
打って変わった動的な展開となり
日常生活の中に隠されていた秘密が
次々と明らかになって行き
失踪事件は意外な真相を迎えます。
その日常生活が
ちょうどロイス・ダンカンが
『ホテル・フォー・ドッグズ』(1971)で
描いていたような
郊外に住むアメリカ中流家庭と似ていて
その類似(の印象)がとても興味深かったです。
そして、主要登場人物である
二人の少女の描写が、実に上手い。
その娘たち、特に後半で失踪する
ジェシーに対する
親の対応も描かれていて
これも実に読みごたえがありました。
日常生活の秘密についての伏線は
きちんと張られているとは思えませんが
(ミステリとしての謎解きとは関係ないので
張られているべきだとはいいませんが)
失踪の事件の真相のための伏線は
きちんと張られていて
なるほどという感じでした。
エンディングのタッチも見事です。
事件が解決すると同時に
事件に関わった弁護士が
失踪少女の友人(9歳)から
ある言葉を突きつけられたり
あることへの気づきに到達するのですが
それが実に切なくも哀しい。
この弁護士キャラのスタンスは
よく考えてみると
『狙った獣』(1955)に出てきた
弁護士のそれに
近いかもなあ、と思ったり。
まるで普通小説のような印象の作品ですが
ペドフィリア的な青年を冒頭から出し
その青年がある誤解をすることで
ある種のサスペンスが持続します。
その微妙なサスペンスが続く中
一人の少女が失踪して
物語が加速するあたりは
上にも書いたエンディングの処理も含め
見事なものだと思いました。
アメリカ探偵作家クラブ賞の
最終候補にも残りましたが
受賞は逃しました。
この時の受賞作は
ジョン・ル・カレの
『寒い国から帰ってきたスパイ』(1964)
ですからね。
しょうがないといえば、しょうがない。
ミラーの作品の中では
地味めなので
日本では
あまり話題になることもありません。
だから
というわけではないでしょうけど
残念ながらこちらの作品も
ただ今品切れ中です。
例によって後に
カバーのデザインが改訂されました。
Amazon の方には
そちらが上がっているので
これも例によって
以下にアップしておくことにします。
心憑かれて (創元推理文庫)/東京創元社

¥903
Amazon.co.jp
なお、巻末には
ミラーが1989年に受けた
インタビューが訳されています。
(上の『ミステリマガジン』のとは別)
これは忘れていたので
ちょっと得した気分。
ちなみに原題の The Fiend は
「魔王」という意味ですが
それだけでない仕掛けのある言葉で
「この言葉をなぜつかったか、
わかる瞬間のうまさには、
やられた、と唸った」
と都筑道夫が書いている通り
(『読ホリデイ』上巻、133ページ。
フリースタイル、2009.7.25)
自分も、なるほど、と思った次第です。
ただ、都筑が書いているように
あることについての結末が曖昧な点は
まったく気になりませんでした。
むしろ想像すると怖いです。
それ(想像させるところ)もあって
見事なエンディングだと思うのですが。
