それにしてもホテルの部屋にこんな若い娘を連れ込んじゃって…… いやはや、奥様にはどうご報告すれば良いものやら。
わ! 君は田中探偵じゃないか。今もボクのことを追っていたのか。ずいぶんとしつこいやつだな。まだ女房に雇われていたとは知らなかったよ。 ●ここ ●ここ ●ここ ●ここ ●ここ
そんなことより、なつむぎさん。なんか言い訳とかはないのですかね?
雇われた者として、私には奥様にご報告する義務があるんですから。
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いや、田中くんが信じてくれるかどうかは分からないけど、カトマンズのチベット仏教の中心地の一つ、ボダナートに行った時の話なんだ。
ついあれこれと見て回っている内に、中心にある仏塔から離れた細かい路地に迷い込んでしまった。するとね、
----- キョ、キョ、キョ。探してるんだね? って声がする。
---- キョ、キョ、キョ。次の路地を右だよ。右だよ ってね。
振り向いて見てみると、大きなヤモリがこちらをじっと見つめているんだ。お前、しゃべれるのか? って聞くと、
---- キョ、キョ、キョ。 って鳴いた。
気のせいだとは思ったさ。でも、次の路地を右に曲がって行くと若い青年僧が崩れかけた家屋の前に一人座っていたんだ。話しかけてみると、今月自分はこの家を守る役目だって言う。家の中を覗き込むとたくさんの仏具やら教典やらが、ホコリにまみれて積み上げられていたんだな。
そこでボクは探していた13世紀の古いお経を見つけ、青年僧に頼んで譲ってもらうことができた。
帰り道、またさっきのところで声がする。
----- キョ、キョ、キョ。手に入れられたね。よかったね。
君かい? ヤモリかい? そう尋ねると、
----- そうだよ。ポカラから君の荷物にまぎれて付いてきたのさ。ボクは都会に出たいんだ。ポカラでボクのことを良く書いてくれたでしょ。君の家族もボクには好意的だし。君だったら、きっと連れて行ってくれるって思ったんだ。
都会って、東京まで行きたいの? ボクはいつ東京に戻るかわからないんだよ。
----- それならバンコクまで連れてってくれよ。ボクをポケットの中に入れてよ。
こうして、ボクはボダナートからそのヤモリをポケットに入れて旅することになった。
カトマンズ最後の夜、ボクは一仕事終えた気分でホテルにあるカジノに入った。まぁ、2~30ドル程度スロットマシーンかなにかで遊んで、気晴らしが出来たらおしまいにすればいいやって思ってね。
しばらくスロットマシーンで遊んでそろそろ飽きてきたかな、という頃に、
----- キョ、キョ、キョ。赤の27だよ。赤の27だよ。
ルーレットのこと? ま、それも一興だな。
そう思って、カジノで使おうを思っていた金を全てルーレットのチップに替えて赤の27にかけた。
これが的中した。
おどろいたな。ありがとう。そう言うと、
----- バンコクまで連れてってもらうお礼だよ。
こうしてまた振り出しのバンコクまで戻って来て、バンコクで一番由緒正しいこのオリエンタルに泊まっているってワケだよ。
バンコクには何度も来ているけれど、チャオプラヤ河沿いの眺めのいいホテルに泊まるなんてボクは初めてだからな、テンションがあがったさ。
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なるほど、テンションあがりましたか…… それで、若い娘を連れ込んだってワケですか。
田中くん、違うよ。話を最後まで聞けよ。
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ホテルの部屋に入って荷解きをして、そうだポケットのヤモリを出してあげなくちゃならないって思ったんだ。どこか居心地の良い場所を探して、放してやらなくちゃって思ってね。
そおっとポケットに手を入れて幸運のヤモリを手に取って、ベッドの上に乗せたんだよ。すると……
----- キョ、キョ、キョ。キスして。キスして。
どうしたものかそりゃ躊躇したさ。でも探してた教典も手に入れたし、これからちょっと贅沢な旅ができるだけの金も得た。そのお礼だと思ってキスをした。
一瞬、ヤモリがまばゆい光に包まれたんだ。それに目をくらまされている間に、ヤモリは16歳の美少女に変身して、ボクに微笑みかけていた。
----- ここまで連れて来てくれてどうもありがとう。私は明日であなたとお別れします。でもそれまでは一緒にいさせて下さい。
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まさにその時、君が部屋に入って来たってワケだ。
なつむぎさん。
良い話だ。実にいい話だ。
ただ、奥様もそう思ってくだされば、の話ですがね。

この話の中にいくつホントがあるかなんて、考えちゃダメだよ。