パパ。お帰りー。
ん? なんだ、この怪しさは。
ボクのことをパパと呼んでいいのは、息子と娘と、あとは女房に内緒の何人かの女だけだけどな。
この街でパパと呼ばれたとなると……
間違いなく、エージェントに間違いない。
間違いないを2度繰り返したのは、確かに間違いないからだ。
*****
パパ。なにおびえた顔してるのよ。
うわっ! 娘の、マリ・アントワーヌ(仮称)じゃないか、いったいどうしてここが分かった。
どうしてって、自分で連絡先を家に置いていったじゃない。空港でタクシーに乗って、ホテルの名前を言っただけよ。パパの帰りをロビーで待ってたの。
そうか。そうだったのか。で、いったいどうしてここに来た。
あのね。田中さんが、お父さんが大変そうだからリラックスするようにちょっと行ってあげなさいって。
パパ、なんかバンコクでテンパってるみたいだって。
田中かぁ。いったいあいつにパパの何を探って来いって言われたんだ?
探って来いだなんて、なんにも。
でも、小遣いとチケットをもらったわよ。ショウでも見て気晴らしをさせてあげないと、お父さんの髪の毛がますます…… あ、なんでもない。
ショウか、なるほど。そういう言葉で小娘をだましたわけだな。確かにそういう気晴らしも必要かもしれないけどな。
でもなマリ・アントワーヌ(以下、「まり」と省略)。パパはエージェントに追われている身なんだ。きっとこの次は、美しい女性がパパをおとしいれようとするはずなんだ。
だから美しい女性が現れたらすぐに合図を送ってくれよ。最近パパは、近くに美しい女性が現れると心臓が高鳴ってたまらん。あ、これは喜んでるんじゃないぞ。身を守るため、危険に備えての緊張のことだ。
ほら、やっぱりテンパってる。
*****

まり! あぶない! この黒髪の女がエージェントだ。実に美しいではないか。
違うわよ、パパ。それに女じゃないし。
なに? 女じゃないのか?

じゃぁ、この5人組の女がエージェントか? いや、そうに違いない。
チャーリーズ・エンジェルより人数が多いな。手ごわいぞ。
いや、まさか…… こいつらも女じゃないのか?
当然じゃない。ここをどこだと思ってるのよ。それより、左の後ろの子がパパの好みじゃないの?
う、うっ。いつの間にこの私の好みを……

うっ! こいつらは、きっぱりとエージェントじゃないな。間違いない。見たくもない。
ははは。きっとこっちよね。
*****
ってか、まり。本当は何でここに来たんだ?
ママが、田中さんに頼んだのよ。パパは放っておくと、いつまでさまよってるかわからないから、なんとかならないかってね。で、田中さんがアタシに、迎えに行って来てねって頼んだってワケ。
そうだったのか。
今回の私のミッションが、いつかはなんらかの形で終わることはわかっていたんだ。
女房が田中に手を回していたとはな。
そして、お前が最後のエージェントだったとは……
