世界標準の本格的演技クラス【idea actors school】

ハリウッドスターが当たり前に行っている 世界標準の訓練法で「本当の実力をつけよう!」

 【idea actors school】
オフィシャルブログ
 
 
【idea actors school】は、ニューヨーク ザ・アクターズスタジオの本流を汲むメソッドを礎に、俳優修行=人間修行に取り組みます。

【表現芸術】における豊かな人間形成を梃子に『人間のプロ』を目指します。
 

 スタニスラフスキ-、リーストラスバーグ、サンフオード マイズナー、 日本で体得できるのは極々限られているマイケル・チェーホフの心理身体訓練等々

 ハリウッドスターが当たり前に行っている訓練法

世界標準のエクササイズでほかとグンっと差をつけよう!

演技上達の鍵は実はとてもシンプル「正しい訓練を正しく行う」これだけです。

あなたはもう、役作りで迷ったり、ダメ出しの嵐になることはありません。

『魂の奥から、役としての感情が自然に湧き上がってくるように』なります。      



 
古今東西の自己啓発プログラムは、演技訓練方法をその生涯をかけて研究してきたロシアのスタニスラフスキーのシステムが、その大元であるといっても決して過言ではありません。

俳優は自らの「心と体をコントロール」し、監督の、演出家の指示に従い、求められる演技を「今ここに」提供しなければなりません。そういう意味においても俳優は『人間のプロ』である必要があります。

『人間のプロ育成』のために開発された訓練方法は、「なりたい自分」を模索している全ての人に有効であることは当然の事なのです。つまり、一流の俳優を目指して俳優訓練を行うことは、そのまま「なりたい自分になること】と同義なのです。技術を習得しながら「なりたい自分に成れる」のなら、やらない手はありません。

俳優として、人間として、自律・自立できる本当の実力をつけることが私のミッションです。そのためにもレッスンは少人数制度を取っています。また、キャステイングも行っています。学んだことをどんどん現場に生かしていってほしい願いがあります。

レッスンは3か月ターム・その後は・ハーフ受講・チケット受講など、働きながらでもレッスンできる自由度の高い学び方ができます。 

 

『スクールであってスクールに非ず』

『共に学び共に生きる』あなたの主体的な意志を最も大切にしたい!

だから一人一人と真剣に向き合います。

『自信を持って表現できる』『なりたい自分に成る』

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こうちゃん
7/20木曜日演技クラスに参加しました。


リラックス
上半身と下半身バラバラでいうことを聞いてくれなかった。
下半身が重たくてレッスンやりたくない、動きたくないってワードが出てきた。
その気持ちを無視して、五感の記憶に集中しようとするけれど、やっぱりやりたくないが出てきてしまう。
なので全然集中ができなかった。

今後はこの甘えと依存をなんとかしようと思わず、とにかく気づくことからはじめていく。


祝詞
レッスンの前に汝の話をしていたので、自然と汝に向かって祝詞をしていました。
でも全く汝には響かず、いつも通り体に向かっての祝詞に変えました。
やっぱり汝に言うのは難しい。


支配と抵抗
抵抗
相手に強くいわれると反抗したくなる。
でも相手に優しくいわれるとついていきそうになる。
まだ、自分の芯がなくて相手に振り回されていました。

最後の方は怒りが出てきて相手に触られるのが、嫌で何回も手を離してしまった。
最後は抵抗するよりも触れられたくない方にフォーカスしてしまった。
次からはミッションにフォーカスします。


インタビュー
インタビューする側
相手の話を聞いているときに次に何を話そうかを考えてしまって、相手に共感できていないことがわかりました。
まだ思考と共感の割合を半々にできないので、まずは共感することの割合を多くしていきます。

 

 

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ひさです。

7月22日土曜日の演技レッスンを受講しました。

 

この日は終始集中力に欠いていましたが、皆川先生からそれはエングラムの反応だと指摘を頂きました。向き合うことでしかエングラムから解放されないので、今回エングラムの反応が強く出ていることを自覚できたのは、前に進むチャンスが来たということなのだと思います!

 

まず、リラックスは悪くはなかったと思いますが、少し浮ついた感じはありました。

 

次のリズムを体で感じながら歩くエクササイズでいろいろ出てきました。

 

まず、初めてのことに緊張があり、

體を動かすこと、リズム感に劣等感があることがわかりました。

 

けれど根本は「手を叩いたら方向を変える」というルールを守ることだけにしか意識が向けられなかったことだと思います。

 

今となっては驚きますが、そのときは、「先生が手を叩くまで方向を変えられない」という錯誤もあり、壁や人が迫ってきてもまっすぐ進まなければ、とプチパニックになっていました(笑)

 

ある受講生が音楽を感じて軽やかに歩いているのも見てわかっていましたが、羨ましい、真似したいという思いがあったのに、「正しく」やらねばという思考の呪縛から、真似できませんでした。

 

表面のルールだけにとらわれて、音楽のリズムを體で感じるというエクササイズの本質をその場ですぐに理解することができなかったと思います。

この理解を妨げたのもエングラムの仕業なのだそうです。エングラムがあるとシナプスの結びつきが阻害され、脳の働きが悪くなるということです。

 

次の「祝詞」も同じで、外側が氣になって、内側に注意を向けられませんでした。

 

どういう言葉で命令するのが「正しい」か、笑われないか、注意されないか、ということを考えて、自分の體がどう言えば動いてくれるのか、というようなことはまったく意識することができていませんでした。

これもエングラムがあるがゆえで、エングラムと向き合うことに対する恐怖から、外側に注意が向き、自意識過剰になってしまうそうです。

ほかの人が自分がやりやすいように自由にやっているのが聞こえていて、同じように自由に自分の體と対話するようにやればよいのだと今は理解できますが、このときは自分の内側に意識を向けることができず、怒られないようにしなければという思いが強くなっていました。

 

幼稚園のころ、バレエのレッスンに行き始めたとき、レッスンはとても楽しかったのですが、毎回後から母に膝が曲がっていたとか、隣のお姉さんの邪魔をしていたとか厳しくダメ出しをされて、それが嫌でやめてしまったことがありました。

40年以上も前のことで、今はもう誰もそんなふうに怒る人はいないと頭では理解していますが、そのようなエングラムの回路ができ上がってしまい、未だ解放されていないのです。

 

この日はどこまでもエングラムの反応が続いて氣が上がってしまっていたので、次の「怒り」でもふわふわしたままで、あまりアクセスできませんでした。

 

次の支配と抵抗はふわふわしているのに加え、相手が強い相手だと思っていたこともあり、きっと敵わないという思いがあったので、まともに勝負したくなくて逃げてしまい、不完全燃焼で終わってしまいました。

 

思い出の場所は、子どもの頃夜逃げした先の家がずっと出てきていたので、これをやらないといけないのだろうと感じていましたが、わたしにとっては最も陰鬱な場所の一つだったので、向き合いたくなかったのですが、皆川先生からやりたくないときこそやりなさいと言われ、恐る恐る思い出してみました。

 

この家では父が暴れていたなどの衝撃的な出来事か友達が来てくれたなどの非日常的な出来事(これは嬉しい記憶ですがボロ家でお粗末なおもてなしに友達が戸惑っていたように思っていたので、切ない記憶でもあります)の記憶がありますが、日常の記憶があまりありません。記憶を封印しているのもエングラムで、向き合うことによって記憶がよみがえってくるということなので、今後もじっくり向き合って家族の楽しい思い出を思い出したいです!

 

 

 

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まおこです。

ここ最近の課題

「反発」がとても目立った土曜日でした。


私は昔から、

命令される・強要されるとそのエネルギー以上に逆らいたくなる衝動がありました。


誰だって命令や強要される事は嫌いですよね。


それが相手の意思がそうでなくても、

無理強いさせられてると受け取ってしまうのです。


それは自分の成長過程でできた思考

と頭ではわかっていますが、

まだまだコントロールが難しいです。


そんな時は、それこそ「無理」をしては逆効果と思ったのでそのまま出すように努めました。


そしたらまぁ、なんと全てのエクササイズが取っ散らかる。


身体が拒否する。

意思の力でやろうやろうとすると泣けてくる。

もう幼稚園に行きたくない子ども状態。


だから正直、このブログにも何を書いたら良いかわからない。

そこまで取っ散らかっています。


私は昔から

甘えていいところとそれはサボりだろう

という線引きがとても曖昧です。


そんな風に簡単にジャッジしようという所がそもそもの間違いなのかもしれません。


私は本当に演劇に出会えて幸せだと思っています。

好きな事を通じて、

自分を・他者を・人間を知ることができる。


まだまだ自分のことでさえ知らない部分がある。

再認識する事もある。


今は「再認識」の時期なんだと、

焦らずじっくり向き合おうと思います。






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ぞっほ。7月22日、土曜日、演技レッスン参加。

 

 

写真を撮られることが苦手だった。動画なんか最悪だ。毎回、そこには私の知らない小デブがいる。動画だと、そいつがコロコロ動いている。

 

 

嘘だ。私は奴を知っている。あれは、私だ。

 

 

写真は真(まこと)を写すものだ。自己イメージとは違う、本当の自分の姿を突き付けてくる。それが嫌だった。

 

 

それに初めて気づいたある試合。その試合はビデオに撮られていた。顧問の先生が、選手のレベルアップのために用意してくれたのだ。客観的に、ディソシエートした姿を見ることで、自分の戦い方を見てもらいたかったのだろう。現代のようにスマホで簡単に動画を撮れる時代ではない。古めかしい、大きなビデオカメラ。そこに映っていたのは、ころころとした体形の、どてどてと動く小デブ。私だった。

 

 

あの試合には、置いてきたものがたくさんある。あの場所。「思い出の場所」のレッスンとして、私が選んだのはこの場所だった。私にとって、一度は戻らないといけない場所だ。

 

 

社会人になって復帰した時にはほぼ見かけなくなっていた、金網状のメタルピスト。そこから靴を伝わってくる、靴底が削れるような感覚。メタルピスト上で試合をすると靴の減りが1試合でも大きく、小遣いの少ない自分としては嫌だった。靴を買い替えないといけない期間が早まるからだ。

 

 

フェンシングは電気による判定をする。そのため、フェンサーは背中に電気の通るコードを背負っている。いや、最近は無線のシステムもあるらしいが、あの時にはそんなものはなかった。コードリールを引っ張った時の感触、重量感。懐かしい。ときに、戻りが遅くたわむコードリールもあり、たわんだコードを踏んづけてしまったこともある。こんな物でも、勝敗に影響するのだ。背中の金具にコードをひっかける。途端、コードの重量をわずかながら全身に感じる。前への一歩が少し重くなる。ああ、こんなにもウエイトのあるものだったか。

 

 

2,3度、メタルピストの感触を確かめてから、審判の位置に移動した。すると、そこに奴はいた。あの、小デブだ。

 

 

あの試合、決勝のことしか覚えていない。決勝の4人ピスト。私だけが2年生で、ほかは同じ学校の3年生。いつも練習していただいている先輩たちだ。勝てる気がしなかった。案の定、負けた。

 

 

他の3人に完膚なきまでの負けを喫した。みんなが見ていた。その時の複雑な気持ちを今も忘れない。

 

 

みんなの前で負ける。恥ずかしい。でも、みんなって誰だ?

 

 

その試合を見ている人たちは、決勝に上がってこられなかった人たちだった。彼らに勝って私はここにいる。私は当時2年生だったが、見ている人たちには3年生もいた。彼らにも勝ったのだ。

 

 

私は負ける。負けっぷりを見よ。まだ2年の奴らは、来年ここに来るがいい。私は先にここに来た。私の無残に負ける姿を見よ。ここに到達できなかった人たちよ。そう思っていた。恥ずかしさと悔しさと誇らしさが混じった、とても複雑な感情。

 

 

小デブは、必死に戦っていた。でも、彼が勝てないことは、審判の位置にいてよくわかる。上背はないし、スピードはないし、変なタイミングの取り方ばかりしているけれど、それは読まれている。第一、彼のタイミングの取り方は手を取るようにわかる。彼のその時の息遣い、疲労具合、筋肉の感触など、いやというほどわかる。なぜなら、彼は私だからだ。

 

 

審判の位置に立つと、そこにあの複雑な感情は生まれなかった。ただ、自分を客観で気に見るとこができた。あれが私だ、ということもよく分かった。

 

 

高校の時、その試合の後、先生がビデオを見せてくれた。内容はほとんど覚えていない。ほぼ、直視できなかったと記憶している。あの小デブが自分だと認めたくなかったのだ。

 

 

審判の位置に立ってみて、彼が、なぜ勝てなかったのかはよくわかる。でもそれ以上に分かったのは、彼は真剣に戦っていた、勝てないとわかっていても、勝つためにもがいていた、ということはわかる。彼は、勝ちたかったのだ。

 

 

親からずっと、「お前は運動神経が悪い」と言われて育ってきた。自分でもそれを信じていた。その呪縛から逃れるためにも、勝ちたかった。小学校でも、中学校でも、運動の得意な奴が嫌いだった。羨ましかった。自分はあんなふうになれない、と思っていた。高校でクラブに入り、意外とスポーツは苦手でない、と少しづつ気付き始めた。そしてこの試合、「勝ち上がる」ということを本気で知った。この決勝ピストに上がれなかった人たち。私は、勝ち上がったのだ。

 

 

あの小デブは、さらに勝ち上がろうとしてもがいている。彼の中に、すでにあきらめの気持ちはある。それでも何とかもがいている。勝てば、本当に世界は変わると思っている。

 

 

そして、彼が自分だ、ということも分かった。もはや嫌な気はしなかった。あの小デブは私だ。最近ダイエットをして、若干おなかが引っ込んだかもしれないが、今でも大体あんなものだ。背が低くて、ずんぐりむっくりしていて、でも、あれが私だ。

 

 

写真や動画を取られることが平気になったのは、ここ1年くらいだ。それ以降、写真や動画を取られるのを断ったことはないし、SNSなどでのシェアにも全部OKを出している。私は、少しずつ統合されて行っている。

 

 

あの試合でもし優勝したとしたら、世界はどう変わっただろうか?あの決勝で完膚なきまでに敗北した。でもそれから私の世界は変わり始め、まだそれは続いている。あそこで勝っていれば、どうだっただろうか。

 

 

あの小デブが真剣に戦っていたあの場所を私は忘れない。あれから約30年に渡って、そして今も、あの小デブはあがき続けることになるからだ。あの感情は消えない。恥ずかしさと、悔しさと、誇らしさが混じったあの複雑な気持ち。

 

 

小デブ(ぞっほ)

 

 

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大阪府池田市綾羽2丁目7番1号五月山体育館 

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7月22日演劇レッスンに参加したまーです。

 
リラックス
各パーツパーツの筋肉がより鮮明に、伸びたい方向が明確で、伸ばしたい方向に伸び、声も出始め、筋肉のバイブレーションでまた筋肉が緩みました。
わたしは安心していいの?と声が聞こえ、緊張している肩を力を抜こうとすると、リラックスしていいのかと抵抗に再び緊張が入り、その狭間に私がいました。一旦落ち着き、休息をとっているところに、ここに私がいると、暗闇にスポットライトが当たるイメージが見え、落ち着く感じが、ありました。
 
リズムにあわして歩く
ノリのいい(曲名は知らないのですが)曲に合わせて歩き、合図で方向を変えるというエクササイズを行いました。乗りやすい曲だったので、ブイブイと歩いたのですが。途中あきてきたり、テンションが下がり始めると、やってます振りに落ちかけていると感じたときは、ノリを保てるよう楽しさを維持できるよう自分の中の感覚を探りながら保っていました。大体ノリはキープできていたのではなかろうかと思います。
 
祝詞
今日は各筋肉に無理強いはしたくない気持ちがあったので、動きたい感覚の触りを感じたらその方向に動けるよう意識を向けました。頭に私はとつけたくなったのでつけてみたり。動く様子の文章が浮かんできて、文と動きがピッタリ来るように動きを注意深く観察しそのタイミングで動かしてみたり。これをずっとするとさすがに疲れてきて、動きたくなくなってきました。書かれた文章を動きがぴったんこくる瞬間は、今私がそれをしているんだと実感を感じれました。その時、その時で祝詞の質が変化しています。
 
怒り
怒りたいことがあればだしやすいのですが、怒りは苦手だなと感じたのですが、前回のクラスで、無残に殺されたイメージの怒りが、出てきたので今回それを使ってみました。
 
そのままの流れで支配と抵抗に
支配
支配側の感覚が、はっきりせず、殺された恨みの感情を使ってエクササイズをしてみました。同じ感覚でキープはできたと思います。
抵抗
相手側の出方にもよるのですが、おふざけのちゃらけた感じが、出てきたのでそれを使い、楽しかった〜。いろいろなバージョンがありますね。
 
個人のエクササイズ
来週やる役エクササイズをすることしました。
奪われた幸せの怒り、愛するものに対する苦しみ、恨みたいけど恨めない辛さ、悲しみを役の名前を使って実際にできたので、私なりの役の感覚が、つかめたように思います。
実際に声を出してするのにせいのっと勢いが必要でしたが、わたしはこの役の一部が自分に溶け込んだ感覚です。
 
 
実践クラス
 
今回初参加です。インタビューされるエクササイズで、わたしは今回、演習シーンでする役としてそこに座り、この役をされる女優さんからインタビューをされるという設定です。
さてどんな感覚になるやら。書いていて思い出したのですが、子供の頃に何かになってみる、誰かになってみるそんなことをやっていていたなって薄っすらと思い出しました。
ドンドン質問を受け始め、ストーリーを把握できているのか、情景が浮かんで自分でも嘘っぽくならずに答えらているなと思いました。自分の中でもだんだん不自然にならずに、役の私になっていると感じていました。
終了し、感想を聞いていて、自分がそういうふうに写っているんだと言うことが新鮮で、この小説の優しい柔らかい文体が、このインタビューの空気になっていたのがとても面白い印象でした。
 
先週の焼かれるビジョンからサクサクと私の中で大きな変化がおこっています。
このインタビューのエクササイズを終えたあと、役の性格も絡んでいると思うのですが、もう人に構いたくない、いい人でいたくない、人の世話なんかしたくない、人なんてどうでもいいと感情があがってきました。そういい人でありたくない、人のために何かをするなんてもうまっぴら、人なんて知らないこんな言葉を今まで吐くことはできませんでした。
タイミングも重なるんでしょう、インターネットで丁度、否定でしか息子を育てることができず、物事全てに否定でしかとれない母親が息子、周囲の人から孤独になっていくストーリーのドラマを昨日たまたま見ました。
自分の状況にもかち合い、母は母自身にだけ意識を向けてくれることだけを望んでおり、そう仕向け、全くのネグレストではないですが、自ら心から相手に意識を向けることは、していませんでした。大きなブロックがあるなと思っていましたが、これかって。そうすることがいいか悪いかは、本人の自由ですが、子供の立場では、とても悲しいことでした。
母親からようやく離れられる感じがしますが。
もうのこってないよね?!
 
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