昼食休憩が終わる頃、朝方からの怪しい雲行きが雨に変わっていた。そして再開したころには所々、稲光がしておりついには激しい雷雨になってきた。
遠山「さあ、午後の部が再開されましたが、ここ将棋会館の外は雷雨が物凄くなってきました!時折稲光とともに雷鳴が轟いており、雷嫌いの私はびくびくしているのですが、そんなことは全く意に介さず各棋士たちは黙々と対局に戻ったようです」
渡辺「いや~凄い雷ですね。このスタジオにも届いてますよ。」
矢内「本当に凄いですね。私なんかだったら集中力を削がれてミスを連発してしまいそうになります」
渡辺「それはそうとコンピュータ側は大丈夫なんですかね。全てリモートコントロールしていますが。確かGPSは東大のコンピュータを何百台と使ってますからね。落雷でも受けたら相当なダメージが出るんじゃないでしょうか?」
矢内「そうですね。せっかくの大事な対局に水を差されないことを祈ります」
そうこうしているうちに各々の局面は終盤を迎えようとしていた。とくに大将戦のGPSvs糸谷戦は一手指した方がよく見えるという近年まれに見る大熱戦となっていた。糸谷は持ち時間3時間のうち2時間を残している一方、連続長考のGPSは残り1時間となっていた。
渡辺「糸谷さんの角交換型四間飛車から向かい飛車にし、自陣は片美濃囲いのまま一気に相手の伸ばしてきた飛車先からポン桂馬によって攻め立てており糸谷さんのやや有利な局面になってますね」
矢内「GPSが飛車先に跳ねてきた桂馬に飛び付いたのには少し驚きました。昔のコンピュータでは駒得を重視してすぐ取りに来たのですが、今のコンピュータはバランスがよくなり桂馬には飛び付かないと聞いていましたので。何かもっと深い読みがあるのでしょうか」
渡辺「う~ん・・・いや~深い読みは・・・真意は分かりませんね。これは糸谷さんにしてみれば願ったり叶ったりの展開になったと思いますよ。ここからのGPSの指し回しが見物ですね。ところで手元の資料によると、昨年のコンピュータ将棋選手権でGPSが決勝で唯一負けたのが旧名ボンクラーズのpuellaαだったんですが、その将棋を並べてみると物凄い熱戦でした。Puellaαが窮地に追い込まれ一時的にはGPSの全勝優勝かと思われたんですが、持時間の少なくなったGPSが疑問手を連発して最後はPuellaαの玉に入玉されてGPSの時間切れ負けでおわりました。」
矢内「その将棋は私も知ってます。確かGPSは複数のコンピュータを繋いで手を読んでいるのですぐには答えが返ってこないという弱点があるんですよね。確か最低4秒指し手を決めるのにかかるとか。その弱点が現れてしまった格好になった将棋でしたよね」
渡辺「さすが矢内さん!よく知っていますね。その通りです。我々プロ側でもそこが唯一GPSの弱点だと指摘されていましたので、糸谷さんの早指しは実は非常に的を得た良い作戦でもあります。そのことは糸谷さんも充分承知のはずです」
矢内「副将戦のPuellaαと永瀬五段との戦いも終盤戦に突入していますね」
渡辺「こちらは後手の永瀬さんの3二飛車戦法から角交換になり両者銀冠になってじっくりした戦いになっていたのですが、永瀬さんに生まれた一瞬の隙を見逃さずにPuellaαから仕掛ける形になりました。しかし永瀬さんも決め手を与えず、金銀を打ち合う千日手模様にいまなっているところです」
矢内「大将戦のGPS将棋と糸谷六段戦ですが、丁度糸谷六段の手番で手が止まっています」
渡辺「う~ん・・・糸谷さんの早指しがここに来て裏目に出ましたね。普段早指しの糸谷さんが長考するというのはやや不利な局面になっていると考えてるんでしょう。いや、実際この局面は先ほどの糸谷さんの不用意な一手でややGPSがやや有利になったと思います」
朝に始まった対局がもう夕方に差し掛かろうとしていた。外は相変わらずの雷雨が続いており、止む気配はない。
矢内「あ、渡辺竜王!どうやら今の手番は糸谷六段ではなくGPS将棋の方でした。つまり、長考しているのはGPS将棋です。失礼しました」
渡辺「それにしても変ですね。この局面で手が止まるというのは考えられないですね。普通は取る一手でしょう。そこが我々人間とコンピュータの違いと言えるのかもしれませんが」
遠山「スタジオの渡辺竜王!矢内さん!」
矢内「遠山さん、どうしましたか?」
遠山「先ほどから実はコンピュータ全機種でリモートコントロールがうまくいかなくなっているようです!雷の影響ではないかと。今はその復旧に少し手間取っています」
渡辺「なんと!今回は場所を将棋会館で前回と同様に行うか、あるいは他の場所に移してするか検討されて、棋士側から強く将棋会館での対局希望がありましたので、全機種リモートコントロールという形になったのですが、それが返って仇になったのはコンピュータ側にとっては皮肉な形になりましたね」
今は対局中の五対局全てでコンピュータ側の手番で局面は止まっている。非常にも時計の針は刻々と過ぎていっている。
遠山「渡辺竜王!矢内さん!コンピュータ側より今リモートコントロールを諦めて、将棋会館に受信用に設置してあるノートパソコンにも実は非常用としてソフトウェアを入れているということで、今は復旧するまでの間、そのソフトウェアを臨時的に使用するとの見解が発表されました!」
矢内「これは想定外の出来事ではないでしょうか?」
渡辺「大事な終盤戦で高性能のハードを使えなくなったのはコンピュータ側にとって非常に痛いアクシデントですね~。この中で次峰戦のPonanza、副将戦のPuellaα、とりわけ大将戦のGPSに至っては致命的な事態になったと思われます」
矢内「純粋なソフトウェアとの対戦になったということでしょうか?」
渡辺「その通りです。従来より機種の間でハードに差が有り過ぎるとの批判はありましたが、これはその批判を結果的に隠す形になったかもしれません」
その10に続く