第百九十一話 三毛猫ゲッタウエイ(中) | ねこバナ。

第百九十一話 三毛猫ゲッタウエイ(中)

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※ 前回 第百九十話 三毛猫ゲッタウエイ(上)

  第九十一話 <童話風>レオのじゅうじか その1
  第九十二話 <童話風>レオのじゅうじか その2
  もどうぞ。


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さあああああああああああああああああああ

ぷるるるるる、ぷるるるるるる、ぷるるるるるる

がちゃ。

「...はい」
「ザイ、あたしよ」
「ああ、なんだタマキか。公衆電話からか? 一体どうしたんだ」
「調べて欲しいことがあるんだけど」
「何だ」
「ええと、R大学生物学科の、猫の研究についてよ」
「猫?」
「そう。三毛猫を使った研究とか」
「なんだそれ。そんなもん調べてどうすんだよ」
「ちょっとヤバいことに足突っ込んじゃってさ。裏を取りたいの」
「猫がそんなにヤバいのか」
「だから、猫じたいの問題じゃないと思うのよ。裏の情報屋なら何か仕入れられるでしょ」
「へえ...なるほどねえ。判ったよ。調べがついたら連絡する」
「なるべく急いでよ」
「へへへ、一晩付き合ってくれるんなら超特急で調べるぜ」
「ふん、生きて戻れたら考えてもいいわ」
「おい...。そんなにヤバいのか」
「とにかく、急いでね。返信はB端末に流して。セキュリティコードはFで」
「あ、ああ」
「じゃ」

がしゃん。

  *   *   *   *   *

さああああああああああああああああああああ

「ふううう」

段々激しくなる雨の中、あたしは急いで、隠れている倉庫の隅に戻った。
ザイが返信をくれるまで、下手に動かないほうが良さそうだ。

「ただいま」

床に置いたメッセンジャーバッグに向かって、あたしは声を掛けた。
コートを振り、服に付いた水滴を払う。濡れた髪をハンカチで無造作に拭く。
ふと、バッグの中からの気配が、途切れそうになっていることに気が付いた。

「...うそでしょ」

慌ててバッグを開く。すると。
小さな小さな三毛猫トリニティは、目を閉じてぐったりとしていた。

「うそ、うそ」

手で包み込んで見る。あたしの冷たい手でも、体温が急激に下がっているのが判った。

「やだ、ちょっとしっかりしてよ」

あたしは急いで服のジッパーを下ろし、腹の上、地肌に直接触れるように、トリニティをそっと入れた。
そうして、この小さな生き物を潰してしまわないよう、ゆっくりとジッパーを上げ、膝を抱えて座った。

とくとくとくとくとく

ひんやりとした感触とともに、小さな心音が伝わって来る。
大丈夫だろうか。
あたしの身体なんかで、こいつを温めてあげられるだろうか。
こんな小さな、何の罪もない生き物を。
あたしは体温が逃げてしまわないように、コートを頭から被って、小さくちぢこまった。

さあああああああああああああああああああああああああああ

雨の音だけが、あたしの感覚をちりちりと刺激する。
外の微かな明かりが、ぼんやりと、あたしの過去を照らした。

  *   *   *   *   *

「この子は、なんていう名前なのですか」
「レオ...そうですか。いい名前ですね」
「今日からあなたは、この学園で私達と暮らすのです」
「やーい、お前は、悪魔の使いだ」
「イエス様がお生まれになった時、猫がその厩にいたのですよ」
「何も怖がることはないんです」
「次はきっとあたしよ」
「園長先生が、亡くなりました」
「お止めなさい、穢らわしい」
「西の小部屋が、か、火事です」
「ごおおおおおおおおおおおお」
「あなたはああああ」
「ごおおおおおおおおおおおお」
「なにをみたのおおおおおおお」
「どおおおおおおおおおおおお」

「レオ」

「にゃーおん」

「レオ」

「ぴきゃっ」

  *   *   *   *   *

「え?」

はっと我に返った。

さあああああああああああああああああああああああ

夢か。

「はああ」

あたしは大きく息をついた。
孤児院にいた時の悪夢が、時々こうやってあたしを苛む。
しかし最後はきまって、猫が出てくるのだ。
額に白い十字架を掲げた、あの猫、レオが。
ぬいぐるみが生まれ変わって、目の前に現れたと信じて疑わなかった、レオが。
レオはどうしているだろう。
まだ、孤児院のシスターのところで、元気にしているのだろうか。

「ぴきゃう」

もぞもぞと腹のあたりで、トリニティが動いた。
そうして、あたしの胸をよじ登って。

ずぼっ

胸元から、無理矢理首を突き出す。

「ぴきゃー」
「あんた、元気ねえ」

あたしは笑った。
さっきまで死んでしまうかと思っていたのに。
子供ってのは、逞しいもんだ。
そうなんだ。

「さ、ミルクにしようか」

あたしはミルクのパックを開け、哺乳瓶に詰め直した。
少し冷たいような気がしたので、哺乳瓶ごと腹に乗せて温めた。
トリニティは、胸元から首を出したまま、あたしの顔をじっと見ている。
まるで、この世に頼れるものはお前だけだと、言っているように。

「ほら、お飲み」

あたしはファスナーを少し下ろして、トリニティを胸元に入れたまま、哺乳瓶を差し出してみた。
ちゅう、ちゅう、と必死に、トリニティはミルクを貪る。
生きようと必死なんだろう。
こんな小さな身体で。

あたしはそうっと、トリニティの頭を撫でた。
ふと頭の中に、イエスさまを抱く聖母マリアさまの顔が浮かんだ。

「父と子と、聖霊の御名によりて」

あたしは、いつのまにか、祈りを呟いていた。

「我等が人を赦す如く」

すっかり忘れたと思っていたのに。

「我等の罪を赦し給え」

「ぴゃ」

トリニティの食事は終わったようだ。
しかし。

「我等を試みに引き給わざれ」

あたしの祈りの言葉は、止まらなかった。

「我等を悪より、救い給え」

「ぴゃう」

「アーメン」

あたしの両手は、トリニティを包み込んで、胸の上でしっかりと組まれた。
暗い倉庫の片隅で。
ひとりと一匹の微かな温もりを感じながら、あたしは祈った。

ぶいー、ぶいー、ぶいー

携帯端末の振動音で、あたしは我に返った。
トリニティは驚いて頭を引っ込めてしまった。
急いで端末を取り出し、セキュリティコードを入力する。

「はい」
「おうタマキ、俺だ」
「早かったわね、ザイ」
「へへへ。借りは後で返して貰うさ。必ずな」
「そうできるように祈っててよ。それで」
「ああ。R大学の運営母体がさる新興宗教だってのは知ってるよな」
「ええ」
「その教団幹部のコンピュータをハックした奴とコンタクトがとれた。話がかなり複雑なんで、要点だけかいつまんで言うぞ」
「判った」
「三毛猫の雄ってのは、いわゆる遺伝子異常の産物だ。人間の手で操作するのは不可能に近かった。だがR大学の研究チームは、体細胞クローンによって、三毛猫の雄を生み出すことに成功したんだ。最近、一匹生まれたんだそうだが」
「えっ、じゃあ」

トリニティは、クローン猫だっていうのか。

「たかがクローンの猫ってんなら、別にどうってこたあねえんだが」
「ただのクローンじゃないの」
「遺伝子異常を抱えた生物の体細胞から、自由に性別を取捨選択出来るってことに、この技術の凄いところがあるのさ。その結果生み出されたクローンは、遺伝子操作が非常にし易い個体になっているそうだ。結局莫大な金をかけても、一匹しか生まれなかったらしいがな」
「それがどうしたのよ」
「だからさ」

ザイはもったいぶって、おほん、と咳払いをした。

「あの宗教団体の理想ってのは、ユートピアだ。戦争も競争もない夢のような世界さ。ただ、夢のような世界になるためには、人間が同じ考え、同じ意識、同じ性格を持つことが必須だと考えている。そこで奴ら、クローンを利用することを思い付いた」
「え」
「まあ要は、教祖のクローンを数限りなく作ろうってのさ。それも性別を均等に振り分けて、整然とした世界を作るんだと」
「なっ」

あたしは同じ顔の人間が、ずらずらと列を成しているさまを想像して、気分が悪くなった。

「滑稽ね。そんなことが」
「実現するかどうかは判らないがね。しかし奴らは大真面目さ。資金は潤沢だし政界にも顔が利く。ロシアやイスラエルの軍需産業とも繋がりがあるしな。それに、中央アジアの紛争地域にある小国の中枢を、どうやら奴らは押さえたらしい。近くロシアとの間に停戦協定が結ばれるが、それも奴らの裏取引によるところが大きいそうだ」
「まさか」
「そうさ。その小さな国を、奴ら、ユートピアに仕立てようって魂胆なんじゃねえの」

背筋が寒くなった。
なんだってそんなことを求めるのだろう。
あたしには馬鹿げた話にしか聞こえないのだが。しかし。

「そ、それじゃあ、その、クローン猫は」
「ああ。お前が盗み出したんだろ? 奴ら必死だな。そりゃそうか。宗教団体の命運が掛かってるんだから」
「どうなるのこの子は」
「そりゃあお前...。体細胞やら生殖細胞やらをひっぺがされて、培養にかけられる、ってとこじゃねえか。何よりも貴重な実験素材なんだから、殺しはしねえだろうが」

激しい嫌悪感が身体を突き抜けた。

「冗談じゃない」
「あのなあ、忠告しとくが、それはヤバいブツだぞ。さっさとボスに渡しちまえよ」
「何ですって」
「ボスがその猫を、どんな理由を付けて盗んで来いと言ったか知らんが、それ以上関わり合いにならん方がいい」
「えっ、猫の愛好家の依頼じゃないの」
「そんな奴がこんな曰く付きのもんに手を出すかよ」

言われてみればその通りだ。
じゃあボスは。いったい何のために。
考えれば考えるほど、頭が痛くなる。

「いいか、深く関わるな。分を弁えろ。俺達末端の人間がどうこう出来ることじゃねえ」

何なんだ。
こんな小さな生き物を、よってたかって。
あたしの頭は、ぐらぐらと揺れた。

「ぴきゃ」

トリニティが顔を出した。
あたしをじっと見ている。
見えているかどうかも判らないような、小さい目で。

「おい、聞いてるのか」

ザイの苛立った声に、あたしはひとつ深呼吸して、応えた。

「ええ。どうもありがとうね」
「さっさと済ませろよ」
「そうするわ」
「じゃあな」
「じゃ」

ぶちん。

「冗談でしょ」

あたしは、身体の底から吹き上げるものを、必死に押さえようとしていた。
しかしどうすればいい。
奴らは必死だ。そしてボスも、何となれば警察だって動かせるコネを持っている。
対抗するのは容易ではない。

「ぴきゃ」

ふとトリニティを見る。
こんな小さな、頼りない、くにゃりとした生き物なのに。
あたしったら、何を考えているんだろう。

「ぴきゃうう」
「よしよし」

あたしはトリニティに頬ずりした。
何かが芽生えた。
この子のおかげで。

それを、潰さない。潰させやしない。

「見てらっしゃい」

あたしは、覚悟を決めた。


つづく




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