第二十七話 猫絵師(25歳 男 大学院生) | ねこバナ。

第二十七話 猫絵師(25歳 男 大学院生)

※前回 第十一話 猫の絵(25歳 男 大学院生)

久し振りに、マナカの部屋に来た。

ピンポーン

「いらっしゃ~い」
マナカは拍子抜けするほど高い声で、僕を出迎えた。
「ささ、入って入って」

「うへえ」
僕は妙な声を出してしまった。
猫好き、いや猫グッズ好きなマナカは、機会がある度に猫にちなんだ珍しいものを買い集めている。最近は僕の部屋で一緒に過ごす機会が多かったので、ここを訪れるのは一か月ぶりだ。
そのたった一か月の間に、この部屋はますます猫に埋め尽くされている。ぬいぐるみ、絵本、置物、ポスターなどなど...。数えだしたらきりがない。
「どうしたの?」
脳天気なマナカは僕に訊いた。
「いや、また増えたなって。猫が」
「そうなの~。最近衝動買いが多くって!」
何故マナカは嬉しそうに言うのだろうか。もっとも、僕もこういう彼女の不思議な趣味は嫌いではないのだが。
「お茶、淹れるね」
マナカは台所へ向かった。僕は部屋の真ん中に腰を下ろし、猫に占領された部屋を見渡して、息を吐いた。

マナカは僕と同じ大学の修士課程で、文化人類学を専攻している。毎日電子加速器の調整とデータ解析ばかりやっている僕からみれば、マナカの学問は刺激が多そうだ。
とはいえ、演習と称して、教授と一緒に四国の山奥の村に一週間泊まり込んだり、韓国のナントカという祭りを見に行ったりと忙しそうで、僕のような出不精には到底ついていけない。
好奇心旺盛で活発でなければ、出来ない学問もあるのだなあと、彼女の土産話を聞きながら、いつも思う。
そんな彼女とは、大学の旅行サークルで出会った。僕自身出不精ではあったが、田舎の温泉宿でぼんやり過ごす楽しみをこのサークルで知ってからは、ちょくちょく出かけるようになった。その僕たちのグループに彼女がくっついて来て、土地の伝説やら妖怪やらの話を採取するようになったのだ。だったら民俗学研究会か民話サークルにでも入ればいいのに、とも思ったが、狭苦しくて性に合わない、のだそうだ。
そんな旅行を繰り返すうち、いつの間にか、僕たちは付き合い始めた。詳しい経過など、もう覚えていない。

紅茶をカップに注ぎながら、マナカが切り出した。
「こないだの骨董市のとき、店のおじさんに話聞いたじゃない。猫絵の話」
「ああ、国マツだか国トラとかっていう絵師の錦絵か」
「国芳でしょ! あのあと気になってね、いろいろ調べてみたんだけど」
「やっぱりやったのか...。大丈夫? そんなことしてる暇なんか...」
「大丈夫!! まかしといてよ」
「心配だなあ」
「でねでね、日文の友達に相談して少し資料借りたんだけど、江戸時代の随筆に出てくるのよね。猫絵の絵師の話」
マナカはそう言って、棚からクリアファイルに入った本のコピーを取り出した。

「大田南畝の『一話一言』。このコピーは明治時代に刊行された全集から取ったんだけど、原著は安永から文政に至る五十年間に渡って書き続けられてるの」
「オオタナンポ?」
「蜀山人よ」
「ショクサンジン??」
「...まあいいわ。そういう名前の人がいたの。で、寛政年間の後半に書かれたと思われる巻十六に「画猫虎人」っていう記事があるのよ」
「猫虎を描く人ってことか」
「そうね。その説明はこう」

白仙といへるもの年六十にちかく坊主なりき、出羽秋田に猫の宮あり、願の事ありて猫と虎とを画きて社に一枚ヅツ奉納すと云、
自ら猫かきと称して猫と虎とを画く 筆をもちて都下をうかれありき猫画ふ猫画ふといひし也、呼いれて画しむればわづかの価をとりて画く、その猫は鼠を避しといふ、
上野山下の茶屋の壁に虎を画しより人もよくしれり、近頃はみえず。

「おお、ネズミ除けじゃないか」
「ね!?」
「こうなると、ますますあの骨董屋のオヤジ説が濃厚だな。でも待てよ、これは国芳が猫絵を描く前の出来事なのか?」
「『天明寛政の頃也』とあるから、この話は一七八一年から一八〇〇年ってことになるわね。国芳が活躍したのはその後ね。初めての作品発表が一八一四年、文化十一年といわれているから」
「ほほう」
「他にもあったのよ、猫絵師の話」
と、マナカは本棚から文庫本を取り出した。
「この『武江年表』に、雲友っていう猫絵描きの話が載っているの。加藤曳尾菴っていう板橋宿のお医者さんからの伝聞だけどね」

曳尾菴云、明和・安永の頃、鼠除猫の絵かかんとて、市中を歩行しは常州の者にて、名を雲友といふ

「へえ」
「明和・安永の頃というと、一七六四年から一七八〇年。白仙よりも先ってことになるかな」
「常州は、常陸の国か。今の茨城県だな」
「そうね。白仙のほうは、出身地ではなくて、願を掛けたお宮の場所が書いてあるの。出羽秋田って」
「猫の宮ねえ。ほんとにそんな処あるのかね」
「あら、猫を祀る神社って全国にあるのよ。もっとも、『猫の宮』の伝説が残るのは秋田じゃなくて、山形だけどね。高畠町ってところ」
「あるんだ、やっぱり」
「そう。三毛猫のタマの伝説があるお宮なの。江戸時代にはここの伝説はわりと有名になっていたのかしらねえ」
「ふうん」
「『嬉遊笑覧』の著者喜多村信節は、『白仙は雲友の二の舞したるものと知るべし』なんて言ってるけど、どうかなあ。他にも猫絵師がいたのかも知れないし」
「それだけニーズがあったってことなのか」
「都市のほうがネズミにとって住みいいんでしょうねえ。今でも、都会の鼠害は田舎よりも酷いっていうじゃない。スーパーラットなんていう、毒にも強いネズミがいるっていうし」
「怖いなネズミ」
「だから、猫が社会的に必要な存在だったのよ。それを巧みに描いて、その絵の良さでネズミ除けなんて、素敵じゃない!」
そこは合点がいかないが。

「うーん」
「ねえ面白いでしょ?」
「まあそれなりに...」
「それからね、幕末から明治にかけて、群馬のある藩のお殿様が描いた猫絵が、有名になったことがあるんですって」
「殿様が、絵を描くのか? 猫の??」
「そう。本がいくつか出てるの」
「それもネズミ除けか?」
「そうね。群馬は養蚕のさかんな地域だったから」
「へえ...」
「これも詳しく調べる必要がありそうね...ふふふ」
「おい、あんまり深入りするなよ」
「こんなの深入りのうちに入らないわよ。ただ本借りてきて読むだけだし」
「そうだけどさあ」
「あっ、そうそう!」
マナカはそう言って、鞄の中をごそごそと探し始めた。

「今日、書店でこの本を見つけたの」
と、マナカは帯のきらきらした派手な本を取り出した。
「なんだマンガじゃないか」
「マンガなんだけどさ、これほら、面白いと思わない?」

タイトルは『猫絵十兵衛 御伽草子』とあった。

「これも猫絵か...」
「そう! さっき読んでみたんだけど、この作者よく調べてるのよ! 昔の伝説とか。たぶん『一話一言』や『武江年表』も参照してるわね。『朧月猫乃草紙』や『江戸著聞集』とかも」
僕には何がなんだか判らない。
「それにね、国芳をモデルにした絵師も登場するの。なんかいいわあ、これ」
「何だか嬉しそうだね」
「もちろん! 同志が増えたって感じで、心強いわあ」
そういうものなのか。
僕は思わず、ふう、と溜息をついた。
「あ、退屈してるでしょ」
「え? あ、いや、そんなことないよ」
「そう? じゃあね、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど....」
「え?」

そう言ってマナカは、僕をとことん引きずり回す、ある計画を打ち明けた。


つづく(?)





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