自民党憲法改正推進本部が憲法9条について2案を示すー安保関連法制 | なか2656のブログ

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1.自民党改憲本部の憲法9条改正案
(1)自民党の憲法改正推進本部の全体会合
昨年12月の読売新聞によると、自民党の憲法改正推進本部は、20日の全体会合において、改憲4項目に関する「論点取りまとめ」を示したそうです。そのなかで自衛隊については、憲法9条2項が「戦力不保持」を定めるところ、①9条1項、2項を維持し自衛隊の根拠規定を追加する案と、②2項を削除して自衛隊の目的や性格を明確化する案、の二つの案が示されたとのことです(「自民党改憲本部 自衛隊明記2案併記」読売新聞2017年12月21日付)。②案は、「国防軍」を創設する2012年の自民党改憲草案の案であるそうです。記事によると、自民党内では、①案が優勢であるとのことです。

【現行の憲法9条】

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

(2)①案について
この点、本年1月1日の産経新聞によると、同党の憲法改正推進本部では、①案について、

「わが国の存立をまっとうし、国民を守るため」「必要最小限度の実力組織」

という文言により自衛隊を定義する案や、

2015年に成立した安全保障関連法で、集団的自衛権行使を認める際の要件に定めた「武力行使の新3要件」を援用


(「平和安全法制の概要」内閣官房サイトより)

する案などが出されているとのことです(「自衛隊で「わが国の存立をまっとう」自民党が複数の改憲条文案を作成」産経新聞2018年1月1日付)。

(3)②案について
2012年の自民党憲法改正法案における憲法9条の改正案はつぎのとおりです。

第二章 安全保障
第9条(平和主義)
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

第9条の2(国防軍)
1 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前2項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。

第9条の3(領土等の保全等)
 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。

2.憲法学界の反応
(1)①案について

与党のこのような議論に関して、とくに①案について、早大の長谷部恭男教授は、昨年11月の講演会において、仮に9条に「国を守るために自衛隊を置く」という条文が盛り込まれた場合の当該条文の解釈として、「国連憲章に書かれている自衛権が行使できる。集団的自衛権も部分的でなくフルスペックで行使できることになる」と批判しています(「「自衛隊明記」は情緒論 長谷部・早大教授が自民改憲案を批判 長崎で」毎日新聞2018年11月21日付)。

また、長谷部教授は、インタビューにおいて、安保関連法成立後の自衛隊は「現状では憲法違反」としつつ、「個別的自衛権を行使するのに必要な範囲内での自衛隊は、あっても全然問題ないと思っている。私は、日本国民の生命、財産を守るための実力組織は、現在の憲法の下でも当然認められる考え方だ。日本政府も戦後、ずっとそういう考え方だったと思う」としています。そして①案に対して、「集団的自衛権の行使も容認される現状を書き込むのであれば筋が違うと思っている。もともと認めていなかったはずだから、まずは元に戻してもらわないと。現状に戻した上で、本当に集団的自衛権の行使が必要なのか、議論を改めてしないといけない。」と述べておられます(「集団的自衛権は再考を=長谷部恭男早大教授―インタビュー・憲法改正を問う」時事ドットコム2017年9月12日付)。

長谷部教授の9条に関する考え方は、憲法9条1項にいう「国際紛争を解決する手段として」「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」(の)「放棄」の意味について、「侵略目的」による戦争、武力による威嚇または武力の行使の放棄の意味であり、自衛目的による武力の行使等は放棄されていないとします。

つぎに、9条2項が保持を禁止している「戦力」の意味について、あらゆる戦力とする学説があるとする一方で、長谷部教授は、2項冒頭の「前項の目的」という文言は1項の「侵略戦争の放棄」を指すとし、侵略目的でない戦力の保持、つまり自衛目的のための戦力の保持は禁止されていないとしています(長谷部恭男『憲法 第6版』56頁)。

この点に関する2014年7月の集団的自衛権認容の閣議決定以前の政府見解は、2項の「戦力」とは「近代戦争を有効適切に遂行し得る装備、編成を備えるもの」と定義し、この戦力に至らない「自衛のための必要最小限度の実力の保持」は許容されるとし、自衛隊は自衛のための必要最小限度の実力にとどまっているので、憲法9条で保持を禁止された戦力にはあたらないと説明してきました(1980年12月5日政府答弁など)。

このように長谷部教授の説は従来の政府解釈とかなり重なり合っており、2014年7月以前の自衛隊を違憲とはしていませんでした。(長谷部教授の弟子にあたる首都大の木村草太教授も同様の見解に立つと思われます(木村草太『憲法の創造力』213頁)。)

(2)②案について
現行の憲法9条2項が、陸海空の戦力を保持しないこと、国の交戦権を認めないことを定めていたところを、草案は180度転換して、「自衛権の発動を妨げるものではない」とします。そして、つぎの条文の、草案9条の2では、「国防軍」を保持することを定めています。また、草案9条の2第5項は戦前の軍法裁判所の復活を規定します。さらに、同4条は、「国防軍の機密の保持に関する事項は法律で定める」としており、特定秘密保護法よりさらに強烈な法律が立法化されることも予想されます。

そして、草案9条の3は、「国民に領土保全義務」を課します。わが国が軍事が第一で、民間企業や市民が軍に協力を強いられる戦前のような軍国主義に戻るのは必至でしょうし、また、この領土保全義務は解釈の仕方によっては、「徴兵制」なども導き出すことが可能かもしれません(伊藤真『赤ペンチェック自民党憲法改正草案』24頁)。

3.安保制度
わが国の安保体制は戦後、自衛隊による個別的自衛権と米の集団的自衛権の組み合わせで担われてきました。しかし安保関連法制が集団的自衛権を含む内容であることは、自衛隊が、安倍首相自身が述べるようにホルムズ海峡など地球の裏側まで派遣される可能性があります。わが国の国力や自衛隊のリソースは限られているにもかかわらず、その自衛隊を世界に派遣することは、そのリソースを分散させ、ひいては日本の防衛力を低下させることになりかねません。なにより、戦後、国連憲章51条に盛り込まれた集団的自衛権が、1986年のニカラグア事件にみられるように侵略戦争の口実に使われていることに留意する必要があります。

また、近年、北朝鮮が弾道ミサイルなどの開発を行っていますが、2015年の安保関連法案の国会での審議にあたり、政府与党は集団的自衛権が必要な事例として、朝鮮有事の場合を示しましたが、それは従来の個別的自衛権あるいは警察権により対処可能であることはすでに憲法学界から反論が示されています(小林節『白熱講義!集団的自衛権』56頁、83頁など)。

さらに、従来、政府答弁、裁判例、学説などの間における「対話」によって自衛隊がコントロールされてきたところ、それを憲法改正を行い憲法に自衛隊を明記し、裁判所や学説、そして国民の声を一切シャットダウンし、「軍隊を持てる普通の国」を目指す自民党には非常に前のめりなものを感じます。

例えば、この9条改正の議論に関しても、本来は、自衛隊を9条に書き込むと同時に、実力部隊である自衛隊を国がどうコントロールするかが議論されてしかるべきです。シビリアンコントロールについてはすでに憲法66条2項に規定があるところですが、それ以外にも、73条の内閣の職務のリストに「武力の行使」を加えるか否か、また、59条から61条は法律・予算・条約について国会の審議・承認等について定めているところ、「武力の行使」についても国会の審議・承認の条文の創設が必要なはずですが、これらの点がほとんど議論されていないようなのは、自民党の稚拙さを感じます。

加えて、もしかりに政府与党が国会で平和主義に反するような憲法改正の発議を行い、国民投票でそれが承認されたとしても、それは「憲法改正の限界」の問題に直面し、無効なものとなると思われます。

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