2010-10-11 22:46:15

チャールズ・キーリング②

テーマ:研究者列伝

このエントリーは、チャールズ・キーリング① の続きです。


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実験中のキーリング。Nature より


・二酸化炭素をはかる

 さて、前回書いたように、二酸化炭素の正確な濃度を分析するのはなかなかに難しいものです。キーリングはどのようにして二酸化炭素濃度を測定したのでしょうか?

 実は、測定法のヒントは、100年近くも前にチンダル が発見した事実に隠れていました。二酸化炭素は赤外線を吸収し、これが温室効果の要因なのですが、これを逆手に取ればいいのです。大気がどの程度赤外線を吸収するのか分析すればいいのです。そこでキーリングは、赤外分光光度計を用いて大気中の二酸化炭素濃度を測定することにしたのです(注1)。




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図1:非分散型赤外分光分析装置の写真(上)および概念図(下)。Sample Cellの中に大気を、Reference Cellに窒素などを導入する。二酸化炭素濃度が高いほどSampleとReferenceの赤外吸収の差が大きくなるが、その差を濃度に置き換える。CDIAC HPNOAA HP より。




 現在、赤外分光法は物質の構造解析に欠かせない機器になっています(注2)。この装置がない化学系の研究室はほとんどんない、というほど普及しています。価格もずいぶん安くなってきました。

 しかし、赤外分光装置が一般に販売され始めたのは1944年。実際にキーリングが用いた赤外分光装置の基礎となる機械が開発されたのが1953年(注3)。まだまだ高価で性能も悪い、ついでに重くて大きい、そんな時代でした。

 次なる問題は測定場所です。前回書いたように、二酸化炭素濃度は人間活動に起因するばらつきが大きいと分かっていたので、人間活動の影響の少ない地点を選定する必要がありました。そこでキーリングは、マウナロアと南極に観測装置を設置することとしたのです。そんな辺鄙な所に、高価で壊れやすい赤外分光装置を設置するのにはどれほどの苦労があったのでしょうか?また、そこで継続的に観測するのにはどれほどの苦労があったのでしょうか?

 多くの困難があったことでしょう。それらを乗り越え、装置を設置し校正も行い、記念すべき第1回観測が行われたのが1958年3月。この時、測定値は313ppm(参考までに2010年3月は390ppm)を示していました。



・最初のデータ

 まずは、キーリングが最初に得た結果を示しましょう。


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図2:キーリングがマウナロアで測定した二酸化炭素濃度の生データ。キーリングのブループラネット賞受賞記念記念誌 より。

 データの切れ目はありますが、ほぼ毎日の観測データがあります。これは、分析に非常に手間がかかる化学分析ではまずできないことです。データもよく揃っており、観測が上手くいっていることを示唆しています。

 そして、二酸化炭素濃度は明確な季節変動をしていることもよく分かります。二酸化炭素濃度は冬から春にかけて濃度が高くなり、夏から秋にかけて濃度が低くなっています。これは、夏になると植物の光合成が活発になり、大気中の二酸化炭素を固定しているためであると考えると非常にすっきりします。キーリングの手法は、植物の光合成すら捉えることができたのです。

 さらに、この図では分かりにくいですが、1958年に比べ1959年の二酸化炭素濃度はわずかに上昇していました(この段階では、この増加が自然な変動なのか人間活動なのかは判別できませんが)。

 これは全くすばらしい成果といえます。キーリングはさらに観測を継続しました。そして、ある程度データが揃ったところで、"The Concentration and Isotopic Abundances of Carbon Dioxide in the Atmosphere(大気中二酸化炭素の濃度および同位体比)"という論文を発表します。1960年のことでした。この論文こそが、人間活動は確かに大気組成にまで影響を与えていることを世に知らしめた最初の物、ということになりました。

 同論文から2つの図を引用します。


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図3:4本の線が描かれているが、この中の●印が、キーリングによるマウナロアでの二酸化炭素観測結果。飛行機による観測(△、×)も行われ、併記されている。





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図4:南極で観測した二酸化炭素濃度。南極での観測は、この段階では観測地点が一定していない。後に南極点(●)で定点観測されることとなる。南極は植物が多い北半球の陸域から遠いため、二酸化炭素濃度の季節変化は弱い。

 マウナロアの二酸化炭素濃度は、1960年も前年より増加しました。南極の観測からも、二酸化炭素濃度は増加していることが示されました。やはり、二酸化炭素濃度は徐々に増加していたのです。そして、南極とハワイの二酸化炭素濃度はよく一致しており、二酸化炭素は十分に混合されていることも明らかになりました。

 この論文は、今でこそ非常に重要なものと認められていますが、発表当時はそれほど重要視されませんでした。それどころか、無駄な研究だと批判すらされたようです(注4)。

 それでもキーリングはこの観測を続けます。予算が尽きて一時的に観測がストップしたりすることもあったようですが、温暖化の疑念が高まるにつれ、キーリングの業績は評価されるようになり、二酸化炭素濃度の変化を示す曲線は、いつしか「キーリング・カーブ 」と呼ばれるようになりました。今では、キーリング・カーブは気候変動問題の象徴と言ってもいい存在です。

 最後に、現在も継続されているマウナロアおよび南極点の観測データを示します。


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図5:現代のキーリングカーブ。黒がマウナロア、赤が南極点。二酸化炭素濃度は確実に増加を続けている。スクリプス研究所HP より。


 次回は、キーリング以降の温室効果ガス観測の話をしようと思っています。


1)赤外分光法でガス濃度を測定すること自体はキーリング以前にもなされており、キーリングの発明というわけではありません。

2)ただし、私も使っていて、広く普及している赤外分光装置は、キーリングの用いた非分散型ではありません。フーリエ変換型と呼ばれる装置です。非分散型はほぼガス測定専用機と思っていいでしょう。

3)現在、開発から5年もたった機械はすでに陳腐化してしまいますが、当時なら5年前に開発された機械は最新鋭機と言ってよいでしょう。それにしても近年の分析機器の進歩は本当にすさまじい!私が普段使っている赤外分光は10年ほど前の物ですが、最新鋭機と並べてみると・・・。もっとも、原理そのものが変わったわけではなく、解析機能の向上(=コンピューターの進歩)に負うものが大きいですが。

4)気候変動に懐疑的・否定的な人の主張の一つに、「ガリレオも最初は批判された、だから懐疑論もいつか地動説のように認められる」というものがあります。この手の主張は大抵無意味なものですが、「地球温暖化も最初は批判されてて、近年になって認められたのですけど?」と手っ取り早く反論する手はあるかもしれませんね。



参考(前回紹介した物は省略します)

The Concentration and Isotopic Abundances of Carbon Dioxide in the Atmosphere(Keeling, 1960)

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.2153-3490.1960.tb01300.x/pdf

Atmospheric carbon dioxide variations at Mauna Loa Observatory, Hawaii(Keeling et al., 1976)

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.2153-3490.1976.tb00701.x/pdf

NOAA earth system research laboratroy

http://www.esrl.noaa.gov/gmd/infodata/faq_cat-3.html

Carbon Dioxide Information Analysis Center (CDIAC)

http://cdiac.ornl.gov/

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コメント

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4 ■Re:Re:Re:質問です。

>pontaさん
 アメリカと中国なんとかしろ、という意見は私も正直言って同意です。
 が、人口あたりに換算すると、日本のCO2排出量は中国の倍あり、中国が日本に不満を持つのも理解できるのです。ドイツやフランスはすでに一人当たりのCO2排出量は減少に転じているのに(原発の是非はあるでしょうが)日本はまだ微増中。日本も決してほめられたものではないのです。
 「いつまで経済発展という破壊を続けるのか」と言えるのは、私たちがすでに経済発展を享受できているからこそなのかもしれません。
 アメリカと中国なんとかしろと言うと同時に、それ以外の国もなんとかしないといけないだろうとは思います。

3 ■Re:Re:質問です。

>mushiさん
ありがとうございます。解りやすいグラフで興味深かったです。やっぱりほとんど中国とアメリカですね。2002年くらいから中国が増え、2003年位からインドも増えていますね。世界で見るとこの頃から急上昇。確かに60年代よりずっと右肩あがりですが、アメリカも日本も横ばい程度。
どの国の影響か全部チェックつけたらこわれてしまった!(゚ー゚;
とにかく中国がこのまま排出していけばどうなるか解っているアメリカがもっと削減努力を打ち出して、中国を押さえないと大変なことになる訳ですね。地球温暖化による経済損失は計り知れないのに、いつまで経済発展という破壊を続けるのでしょうか?後進国の人たちも、まず平和で安全に暮らせることが第一なのに、経済活動の犠牲者になっている。科学の中に見えてくる真実が
世界を正しい方向に導いてくれる日が来ると信じてます。

2 ■Re:質問です。

>pontaさん
「後進国が排出しだしてから」がいつなのかによると思いますが、国別の推移として
http://www.google.com/publicdata/explore?ds=d5bncppjof8f9_&ctype=l&strail=false&nselm=h&met_y=en_atm_co2e_kt&hl=en&dl=en
はどうでしょう?あと、ちょっと操作がややこしいですが、
http://data.worldbank.org/indicator/EN.ATM.CO2E.KT?display=graph

 歴史的に見れば、中国の二酸化炭素排出量より先進国の排出量が圧倒的に多いのは事実なので、中国の主張は科学的にも一理あると思います。一方、そんなこと言っている場合ではないという主張も科学的に一理あると思います。
 この対立の解決法を、科学は持たないのではないかと思います(解決に導く材料にはなります)。月並みな意見で申し訳ないですが、先進国・発展途上国とも、「落としどころ」を探していくしかないのではないかと個人的には思います・・・。

1 ■質問です。

中国が1年間に排出した二酸化炭素は2007年時点で6.1ギガトン(1ギガトンは10億トン)で、世界1ですが、後進国が排出しだしてからの変化って解るんですか?中国は温室効果ガスの80%が先進国が排出したもの。中国の排出分は、残り20%のさらに一部分だ」と主張してほんとはもっと排出する権利があるけど、押さえてるみたいなことを言ってる。科学的に反論できないのでしょうか?
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=1007&f=national_1007_008.shtml

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