Mai
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2010-02-05

アフリカ人と暮らして(2)

テーマ:Sudan

事務所と宿舎が同じ敷地内にあって、職場の同僚たちをひとつ屋根の下での生活。


1件家を数名でシェアしている。だからキッチンを使って自分で調理することもできないことはないのだけれど、

普段は仕事で忙しくて買い物に行く時間も作る時間もないので、希望者のみ食堂組合のようなものを結成し、

お金を出し合ってクックを雇い、共同で食事を済ませている。


はじめは試行錯誤、色々な失敗もレッスンもあったが、今では、お金を管理する人、食堂管理する人

を選んで、メニューまで作って組織的に運営している。(つもり)

それでも、通称Bording School、つまり寮生活状態。

食べる物、食事の時間帯は決まっていて、たまに遅く現れると残り物が少なかったり、

メニューだって決してバラエティー豊かではない。


何せ、組合メンバーはガーナ人1人、日本人1人、スーダン人1人、そして残りの大多数はケニア人。

当然メニューもケニア人中心。



こちらがそのメニュー。


It's a small WORLD!


拡大バージョン。

It's a small WORLD!



インドやパキスタンばかりで食べられていると思いきや、チャパティーはスーダンでも人気メニューの1つ。

ケニアには、インド・パキスタン系が多くいる。彼らは大英帝国時代、モンバサの港からケニアに入った

商人たちの子孫。ブラジルにる日系○世みたいな感じ。

彼らがチャパティを広めたのではないかと考えられる。


これまでパキスタン人にチャパティを習ったことがあるが、作り方はほとんど一緒。

チャパティの作り方は別の機会に紹介しよう。


ウガリ(Ugali)とは、トウモロコシの粉をお湯で練ったもの。

白い塊で食卓に出てきて、それをナイフでケーキのように切って皿に盛る。

ケニア人にとっての白米のようなもので、一口分を手にとって形成しながらおかずと一緒に口に入れる。


さて、月に1度くらいのペースで食堂ミーティングがある。

メニューや食事に関しては、なぜか誰も妥協したり折れようとしないので、気がつくと1時間以上経つことも。

あれが食べたい、あれは好きなじゃない、あれは調理方法が良くない、等々永遠と続く暑い議論。

一度に3~4人が一緒に話すもんだから、よく聞こえない。その上、熱くなり過ぎるとスワヒリ語が混じるので、

余計何言っているんだかわからなくなる。


メニューに関しては、ウガリが少ないとすごい剣幕で苦情が来るし、メニュー通りじゃないと文句を言うし、

とにかく、食に関してとてもうるさい。

私に言わせれば、色々文句言ったところでジュバで手に入る食材が少ない訳だし、私が東アフリカ料理を

文句言わずに食べてることを考えれば、彼らの不満なんて全然たいしたことないと思うんだけど。


とはいえ、唯一「野菜」とが欲しい主張するのだが、ケニア人的野菜料理のイメージは日本人的

野菜料理のイメージと違うのか、なかなか期待通りの野菜料理には出会えない。

こうなったら、私に食堂管理する人の順番がまわってきたら、日本のカレーでも作ろう。


アフリカ人は日本人と比べたら食に関してかなり保守的。

だから、洋食なんて見向きもしないし、新しい料理やテイストにも挑戦しようとは思わないようである。





2010-02-03

いいこと

テーマ:愉快な仲間たち

仕事の相棒に、朝一番に笑わせてもらった。

他愛のない、取るに足らない、笑いでも、ビタミン的役割をしてくれると思う。



さて、どんなビタミンサプリだったのかというと、相棒とSkypeでいくつか確認作業をしていた時のこと…


相棒:全然関係ないんだけど、最近いいことあった?


私:Not at all、むしろ嫌なことの方が多いよ。なんで?


相棒:なんかメールの雰囲気とか変わったなーと。やさしくなった感じ。

    別に前がこわかったという訳じゃないよ。


私は、思わず爆笑ビックリマーク


1月ジュバに戻ってから、慌ただしさとプレッシャーの中で、厳しいメールを書いていたに違いない。

ええ、きっと私のことだから、チクチクした文章を書いていたのではないかしら。

思い当たる節、だいぶアリ。

ごめんねー、決して怒っていた訳ではないんだよ。反省…汗


私は何事も白黒させたいタイプなので、 うまく行かないと、思い通りに行かないことがあると、焦りを感じる。
でも、毎回ひとつひとつに反応していては身が持たない。


ここ最近自分に言い聞かせていることは、忍耐強く、落ち着いて、前向きに。

その場で白黒させようとするのではなく、数日ほど寝かせてみる。

そうすると、はじめは絶対見逃せないと思っていたことが、数日後には取るに足りないことになることもある。

そうすることで、きっとチクチクメールを書かずに、やさしいメールを書くことができるのだろう(笑)。

きっと、ははは~と豪快に笑い飛ばせることすらできるかもしれない。


いいことがあったのか、こちらは思い当たる節がないのだけれど、メールの雰囲気がやさしくなったと

言われるのは嬉しいことだ。

いいことあったような、やさしいメール書いてたのかしら~ラブラブ

いや、実際にはないんだけどね、きっといいことっていうのは、後からついてくるものなのよ。


実は、数週間前にも彼女に同じことを言われた。


「なんか表情すっきりしてるねー。いいこと、あった?」


いや、特になかったんだけどね。表情すっきり?!

その数日前に、大好きな同僚との長い間の誤解が解決したので、そのせいだったのかしら。

確かに誤解は長いこと私を悩ませていたので、すっきりしたと言えるかもしれない。


いずれによせ、誰かに、自分の良い変化を指摘されることは嬉しいことだ。

自分のポジティブな変化に気がついてくれているということ、つまり普段の自分も気にかけてくれている

ということだから。


本当に他愛ないことでもいいと思う。

たとえば、今日の髪型すてきだね、今日のシャツ新しいでしょ、よく眠れたんだね、今朝いい笑顔だね…。

日本でこういった発言がセクハラ扱いされるのかわかりませんが、少なくてもここアフリカでは

こういった会話は珍しくないです。


事実、ケニア人同僚Fredに「あれ?そのシャツ新しいね。麻にシャツは涼しくていいでしょ。」と言ったら、

「そうかい?」と嬉しそうにグッド!とGoodサイン。


皆さんも、明日職場の隣に座る仲間のポジティブな変化に気がついてみてはどうでしょう?



2010-02-01

アフリカ人と暮らして(1)

テーマ:徒然日記

ここ1年半、アフリカ人と衣食住働を共にしています。


人より順応性が高くフレキシブルな私は、苦もなく郷に入っては郷に従うことができる。

なので、アフリカ人との生活も、そんなものかぁ~と、疑問に思うことなく受け入れてしまう。

だけど、よく考えてみれば日本人とは違うし、日本人と同居するのとはだいぶ違う。

突っ込みどころも沢山ある。


そのいくつかを今日は書いてみようかと思う。


①宗教観が強い、敬虔な人が多い


まだキリスト教徒とイスラム教徒のアフリカ人しか出会ったことないけれど、

いずれにせよ敬虔な信者が多い。


キリスト教徒は、聖書についてよく理解し読み込んでいるし、聖歌だって歌集がなくても

歌えるし、安息日には教会へ礼拝に行く。

しかも、教会には綺麗な格好をしていくものなんだよね。

普段はビーサンにチノパンにTシャツの人でも、一張羅を来て行く。

気温が35度を超える日でも、スーツを着る男性も決しては珍しくないくらい。

教会はとてもHollyな(聖なる)場所。


日本で神社に行くときに綺麗な格好をしていくものなのか私はよくわからないけれど、

法事の時などは礼服を着て、派手なジュエリーやマニキュアなどを身につけないものだが、

それと似たような感覚なのではないかなと思う。


②あいさつで始まり、あいさつで終わる?!


アフリカだけではなく、南アジアや中東でも同じことが言えるんだけど、

一日に何度もあいさつをするのは当たり前。


日本だと、朝とか、その日初めて会った時にしかあいさつしたりしないけれど、

こちらでは、会うたびにあいさつなのだ。


「おはよう。(こんにちは/やぁ、などバリエーションあり)


そしてがっしり握手らぶ


「元気?昨夜は眠れた?調子はどうだい?仕事の具合はどう?」

とか

「気分はどう?家族はどうしているの?」

とか

「今朝はどう?(今日の午後はどう?今夜の調子はどう?)

とか

「元気にしてる?最近どうしてるの?先週末はどうだった?」


会うたびに元気?って聞かれると、毎回どう答えていいものか困ってしまうもの。

でも、それが当たり前なカルチャーでは、とにかく答えるしかない。


握手は日本人にはあまり慣れないアクションだと思う。

同じアフリカでもリベリアでは、握手の際に互いの中指をパチンとはじく。

東アフリカでは普通の握手だ。

最近では、もう元気?と声をかける前から、習慣で左手が出てしまうほど。

とりあえず、出会い頭に握手。

これを日本でやっちゃいそうでコワイわ(笑)。



③アフリカ人的時間の過ごし方


これも私は慣れてしまったんだけど、アフリカ人ってただお茶を飲みながらひたすらおしゃべりをしたり

何をするでもなく、ソファでくつろいで時間を過ごすことが多い。


私が着任当初や、日本から新しいスタッフや出張者が来た時は、その空間というか時間をどう過ごす

べきなのかわからず、何となく居心地の悪い思いをしたりもする。

私の昔の同僚が「こういう時間の過ごし方をするの初めてだから、結構退屈。」とこぼしていた。


特に週末の午後、暑くてどこへ行く気も何もする気も起きない時、同僚たちはお茶(たいていは砂糖

たっぷりの甘いお茶)を飲みながら、のんびりと時間を過ごすのだ。


カフェ行って友達とお茶するっていう場所なんてないし、その代わりにダイニングでお茶をする。

ただそれだけのことなんだけどね。


④炭酸飲料 so called "Soda"


日本にいる時、私は炭酸が苦手だった。

350mlの缶ジュースも、1人で1缶飲み終えることができなかったほど。

だから、氷のたっぷり入ったファーストフード店のドリンクは私には飲みやすくかった。


でも、アフリカに来ると、レストラン行っても外にお茶しに行っても人の家に呼ばれても、

炭酸ジュースがよく出てくるのだ。

こちらでは総称「ソーダ」。


そしてどこへ行っても出会うのは、コカコーラ。

次に、7up、スプライト、ファンタ、ミリンダ。

やはりコカコーラ社恐るべし。ここスーダンにもアラビア語表記のコーラが出回っている。

そうそう、以前アトランタのコカコーラ博物館 の試飲コーナーで出会ったソーダも売っている。

通称Bitter Lemon、またはKREST。

レモンソーダのようなさわやかな甘みとちょっとの苦みが大人のソーダって感じ?!


暑さのせいか、炭酸が苦手な私も1日に2本は飲めるようになってしまった…。



挙げていけばキリがいのだけれど、今日はここまで。


最近読んだ本の影響もあって、別の機会にアフリカ人と食べる編も書きたいなーと思う。

読んだ本というのは、先日紹介した松本仁一の「アフリカを食べる・アフリカで寝る」。


アフリカを食べる/アフリカで寝る (朝日文庫 ま 16-5)/松本 仁一
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2010-01-29

一日一考

テーマ:徒然日記

最近、もっと色々なことを考えたり、教訓やLessons Learnedを見つけなくちゃとよく思う。


毎日目の前の仕事を片付けることばかりで、自分を磨いたり、自分の心に耳を傾けたり、

右脳を使ったり、感性を使ったりすることをしていないからか、何かが物足りない。

寝ても覚めてもスーダン一色だからかなぁ(笑)。


だから、2010年は本を読んだり人の話を聞いたりして、Inspireされたことは書き留めていこうと思う。


聖書の1節のように、一日一回学べる○○集みたいなのがあればいいなぁと思いつつ

ネットを見ていたところ、こんなブログを見つけた。

その名も「1分間実践経営<今日の一言> 」!!


経営塾なるものを開いている方が一日一回更新しているようで、経営学的な教訓が

紹介されている。


経営、またはManagementって、組織を動かし回すことだと思うのだけれど、組織を動かすということは

人を動かすことでもある。

日常生活の中で、人との関わりを排除することって難しいし、だから経営と何ら関係のない人にとっても

こういった教訓は身近なものなんじゃないかな。


私は仕事柄、Managementに関わっているので、<今日の一言>は勉強になる。

一見当たり前のように思えるフレーズでも、自分自身に振り返って考えない限り、

ただの言葉にしか過ぎないからね。



その<今日の一言>から2010年1月12日の言葉を紹介したい。


運の良くなる法則


1.まず第一に自分は運が良いと思うこと。

2.物事を前向きに考える。

3.愚痴を言わない。

4.感謝する。

5.毎日20回以上ありがとうと言うこと。


私は5つのうち、3つはチェック印がつくかな。

私も、自分が運が良い人間だと思っている。というか、運が良いのよ、ほんと(笑)。

そして、周りのアフリカ人と比べればありがとうって言っている気がするもの(笑)。ふっふっふっ…。





では、早速実践。






今日も良い一日を過ごすことができました。寝る前に気分が良いというのはとても幸せなこと。

これも色々な人のおかげ。感謝、感謝です。 好

2010-01-18

「苦しいのはあいつらのせい」

テーマ:平和構築・復興

人間って、何か嫌なこと、苦しいことに直面すると、それを人のせいにしたがる傾向にあると思う。

辛いのは自分のせいだと認めなくないし、人のせいにすることで、自分は責任を回避することができる。

だからといって、苦しみが和らぐという訳ではないのだけれど。


実は、ここスーダンでもよく「苦しいのはあいつらのせい」といった発言をよく聞く。


まず、わかりやすいのはスーダン南部の黒人の人たちが、北部のアラブ人に対して


「南部が発展せず、肥沃な南部の土地が荒廃したのはアラブのせいだ」と。


確かに、長い間南部の人々は北部アラブ系住民による支配によって、奴隷的扱いを受けたり、

富の分配にありつけなかったり政府ポストへのアクセスがなかったり、イスラム法が強制されたり

多くの圧力を受けてきたのだろう。そうした支配から南部を解放するために、彼らは解放軍を結成。

そして20年以上に亘る紛争を経験することとなった。


しかし、この紛争は始終北部対南部の構図であった訳ではない。

スーダン南部の人の中でも勢力や部族ごとに分裂し、南部人同士が激しく争った時期もあった。

これもアラブのせいなんだろうか?


2005年に和平合意が結ばれてから、5年目を迎えた。

今、スーダン南部の人々はこう叫ぶ。


「スーダン南部が発展せず、我々スーダン人が職もなく苦しんでいるのは、外国人のせいだ」。


こういう発言は人道援助に従事する外国人のモラルを下げ、モチベーションを下げるものである。

確かに、外国人数は多い。特に、国境を接するケニア人、ウガンダ人。

国連やNGOの上の方のポストは外国人が多くを占めているし、売れるビジネスをしているのも

ケニア人が多い。そのため、スーダン人が自分たちが仕事につけないのは、あらゆる職種を

外国人がとってしまっているからだ、と思うようである。

そのため、スーダン南部における外国人への風当たりは決して良くない。

労働局でさえ、スーダン人被雇用者保護のための条項を多く設けているくらいだ。


外国人の1人として言わせてもらえば、その発言の4割は正しいと思う。

他方、スーダン人には仕事を選ぶ傾向にある。

たとえば、ウェイトレスなどのサービス業はとても嫌うのである。

また、クリーナーやクックにしても、何となくツメが甘いというか、プロフェッショナリズムを感じられない。

あ、この人の仕事振りはいいなと思うと、スーダン人ではないことが多い。

また、紛争によって教育を受けていなかったり、社会常識のようなものが備わっていないと、

組織で働くことは難しい。


そういう訳で、残念ではあるけれど、必ずしも外国人だけのせいではないと思うのだ。


スーダン特有なものなのだと思っていたら、松本仁一の「アフリカ・レポート」にもそういう

記述があった。ジンバブエや南アでの「苦しいのはあいつらのせい」論である。


人のせいにすることは、気持ち的にちょっとだけ楽になるのかもしれない。

でも、だからといって何も解決しないではないか。

いや、人のせいにして、その人を追い出したり、排除したり、壊したりすることで解決するとでも

思っているのだろうか?その結果、再び破壊をもたらし、やっぱり国は発展しないままなのだ。


アフリカよ、まずはそういう発想をしないことから、試みてほしい。


アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々 (岩波新書)/松本 仁一
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