メタメタの日

パンセ

『受験算数 難問の四千年をたどる』 岩波科学ライブラリー 2012年
『かけ算には順序があるのか』 岩波科学ライブリー 2011年
『和算で数に強くなる!』 ちくま新書 2009年

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 Twitterで次のようなアンケートがあった。

「8分の24を24/8と書く。等式24/8=3の右辺の3は整数です。左辺の24/8も整数だと思いますか? 」

 アンケートを立てたのは某国立大学数学科助教のGさん。回答は,「はい/いいえ」の二択で,504票の投票結果は,はい65%,いいえ35%だったという。

 参加している数学の勉強会でこのアンケートをしたところ,はい5人,いいえ8人だった。(私も,「いいえ」の1人)

 その後でいろいろ議論していただいて,私の中では次のように整理できました。

 

 Gさんは,アンケート後のTwitterの解説で,3人に1人が「いいえ」と答えたことについて,「左辺の24/8は分数なので整数ではないと思った人が結構いたのでしょうか? 等号=をいつものように「等しい」(左辺と右辺は完全に同じものである)の意味だと解釈するなら,等式A=Bが成立するとき,Aが〇〇であることとBが○○であることは同値になります(当たり前)。だから,等号=をいつものように「等しい」の意味だと解釈するなら,3は整数なので,24/8=3の左辺の24/8=3も整数でなければいけません。」と書いていました。

 

 ここで私が思った疑問は,この論法(「等式A=Bが成立するとき,Aが〇〇であるならばBも○○である。Bが〇〇であるならばAも○○である」)が成り立つなら,「等式1/2=0.5 で,右辺0.5は小数だから,左辺1/2も小数である」ということも言えるのではないかということでしたが,昨日の議論では,小数,分数というのは表記であって,0.5という小数で表記される有理数と1/2という分数で表記される有理数が等しいという意味だと教えられました。

 しかし,それなら,24/8=3という等式は,24/8という分数で表記される数値と,3という整数で表記される数値が等しいという意味ではないか,と反論したのですが,小数,分数というのは表記だが,整数は表記ではない,と反論されました。

 

 私が言わんとしたところは,既にGさんがTwitter解説で触れていて,「式を表す文字列Aの計算結果(評価値)をeval(A)と表すとき,等号=を「左辺の計算結果と右辺の計算結果が等しい」と解釈する人はA=Bを「eval(A)と eval(B)は等しい」と解釈していることになります。これはこれで一貫しているので,数学的には誤りではないです。」と書かれています。

 

 私(とアンケートに「いいえ」と答えた人の多く)は 等式24/8=3 を,左辺の分数の表す「値」と右辺の整数の表す「値」が等しいという意味だと理解していた(いる)わけです。つまり,整数も「値」の表記方法の一つだと思っていた(いる)ので,整数は表記法ではないという指摘は青天の霹靂でした。

 

 議論を経て,以下のように整理できると考えました。(私の整理であって,昨日の議論がこのように整理できるということではありません。為念。)

 

 数の体系の発展には,教育(発達)的発展,歴史的発展,論理的発展の3つがあります。

日本の小学校では,整数,小数,分数を,この順で習います。(教育的発展)

歴史的には(東も西も),整数,分数,小数の順で,数は生まれてきました。(歴史的発展)

高校・大学では,数の体系は,「整数,有理数,実数」と説明されます(複素数などは除くと)。(論理的発展)

 

 そして,「数の分類」は次のようになる。

「実体」としての数は,整数,有理数,実数であって,「整数⊂有理数⊂実数」という包含関係にある。(有理数でない実数を無理数という。)

 

「数の実体」      「数の表記」

  整数        整数(-2,6,六,Ⅵ),分数(24/8,4/1),小数(1.0,2.999…)

 

  有理数       分数(2/3,4/8,7/5),小数(有限小数,循環小数)

 

    実数        無限小数,(分数(無限連分数,π/2))

 

 つまり,「実体としての整数」の表記には,整数表記,分数表記,小数表記がある。

上記には示さなかったが,演算記号を使った式表記も数の表記である。(√2,log5,

3+2,3÷8)また,等式 2×3=11-5 において,左辺は,乗法あるいは積の式で表記された数であり,右辺は,減法(または,11+(-5) の加法)あるいは差(または和)の式で表記された数であり,右辺の数の大きさ(右辺の値)と左辺の数の大きさ(左辺の値)が等しいから,等式が成り立つ。

 

 ただ,この方向に議論を突っ込んでいくと定義(言葉使い)の些細な差異に揚げ足を掬われそうなので,最初のアンケートにyesと答えた人とnoと答えた人の数観の違いに目を転じると,「数は,量(大きさ)が数値化されたもの」と見ているか(noと答えた人),「数は量(大きさ)とは関係のないもの」と見ているか(yesと答えた人)の違いがあるように思える。

 つまり,「実体としての数」といっても,それは量の表記でしかないと考える人,つまり,量が実体であって,数は量の表し方と見る人か,「実体としての数」は量と関係なく定義し論議できる,否そうしなくては厳密な数学にならないと考える人(この範疇に入る人の中には,数の存在をプラトニックに直感する人もいるらしい。神の創り給ふたのは自然数だけで,その他は人間の所産と言ったクロネッカーもそういう人だったのだろう)との違いのように思える。

 

 わたし自身は,30代で塾で算数・数学を教えるようになってから,遠山啓の「量の体系」に出会い,子供の頃から漠然と感じていた算数・数学への違和感が解消したということがあります。

 遠山が,その数学教育思想を批判した藤沢利喜太郎(尋常小学算術国定教科書の主導者であり,クロネッカーの弟子)は,明治28年(1895年)の『算術條目及教授法』で,「数は数なり。数の観念は外界を離れて存在するものなり。(略)量と云ふ様なる外物的観念は数学中より放逐すること(方便として存するは勿論別事なり)は数学者,教育家の多年希望せるところなりき。而して此の希望は今日最早満足せられたるものなり」(139~140頁)と宣言しました。その後,数学は(数学教育も含めて),この方向に進んだのでしょうか。

 大勢はそうだったのかもしれないが,その方向と親和性を持っていた,日本を含む全世界で行われた「数学教育の現代化」(1960~70年代)が失敗したことも見ても,それが進むべき唯一の方向だとは思えない。

 加藤文元さんも『数学する精神』(2007年,中公新書)の第1章「計算できる記号」の中で,「数には「量」を表す「アナログ的」側面と同時に,抽象的な「記号」であるという「デジタル的」側面がある」(5頁)と書いています。つまり,数の概念から量を放逐することはできないし,するべきではないと言っていると読みました。

 

※  昨日,アンケートに挙手で答えて下さった方々,その後の議論でいろいろ教えて下さった方々に感謝です。

 

 

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めでぃあ森の新刊

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 twitterを見ていたら、見慣れた顔があって、あれっと思ったら、次のとおりでした。
 しかし、収録が終わってからの放送までが長すぎる!

岩波書店 ‏@Iwanamishoten  11 分11 分前

松尾貴史さんがパーソナリティー,加藤シルビアさんがアシスタントのTBSラジオ「夢★夢Engine!」( @yumeyume_tbsr )に,『巨大数』( http://iwnm.jp/029653 )の著者・鈴木真治さんがご登場! 12/24の放送予定です.お楽しみに. pic.twitter.com/F0Uye3aac0

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 「第19回日本自費出版文化賞」の授賞式が10月8日にあった。

 めでぃあ森が版元となった『カミさんと走った500日 世界自転車の旅』が「個人誌部門賞」を受賞したことと、他の部門賞や特別賞、入選作のタイトルから内容の素晴らしさが想像できたので、それらの本の中身や著者のことを知りたいと思って参加した。

 どの書籍からも志の高さと年月の蓄積が滲み出ていた。本とは、リアルな何かに触れさせるモノ、ということを思い出させてくれる。イージーな商業出版を顔色なからしめる自費出版に「出版不況」とは無縁の光を見た思いがした。

 

 授賞式後の懇親会で二人の著者に話をうかがった。 

 小説部門で入選した『初期永平寺僧団始末―寂円派立つ―』の著者・井ノ部寛之さんは、初め良寛に関心があったが、良寛の奇人ぶりが嫌になり、良寛が尊敬していた道元に関心が移り、道元の弟子たちについて調べたが史料が無いので、公務員定年退職後に小説にしたという。私も、道元没後の永平寺僧団の分裂について短い文を書いたことがあり、もっと知りたいとずっと思っていたので、十年越しの渇を癒せそうだ。

 

 地域文化部門賞を受賞した『近江絹糸「人権争議」はなぜ起きたか』と『近江絹糸「人権争議」の真実』の二書(版元は彦根市のサンライズ出版)の著者・朝倉克己さんは、三島由紀夫『絹と明察』のモデル、と帯にあった。スピーチで八二歳と言われていたので、60年以上前の争議の黒幕の策士・岡野とは年が合わないと思ったが、話を聞いたら、岡野のモデルではなく、組合の青年リーダー大槻のモデルだった。

 一九歳で彦根工場支部の委員長になり、争議の十年後、二九歳のときに三九歳の三島由紀夫の取材を二日にわたって受けたという。取材の冒頭、自分は労働争議のことを書きたいわけではないと言われたこと、三島の印象は、物腰の柔らかい、頭のいい人だったという。五〇歳になったら藤原定家を書きたいと言っていたが、取材の数年後にああいう形で亡くなりびっくりしたという。

 近江絹糸争議は、会社側のあまりの封建主義ぶりに、マスコミも彦根市民も、他の紡績会社すらも組合を応援し、組合の勝利で終結した。朝倉さんは在職中に市会議員に当選し、その後県会議員も務め、退任後は当時の仲間を全国に訪ね、二書にまとめたという。スピーチでは、連合の不甲斐なさと最近の政治の右傾化を繰り返し憂いていた。

 

 井ノ部さん、朝倉さんの本だけでなく、当然『カミさんと走った500日』を含めた他の本も、本とは本来こういうもの、こういうものこそ本にする価値があるものということを再認識させてくれ、自費出版に出版の未来が見えた授賞式だった。

 

(追記)近江絹糸争議の朝倉さんと、世界自転車の旅の宮田さんの、授賞式でのスピーチは以下にあります。

https://www.youtube.com/watch?v=GsIYvssEgro&feature=youtu.be

 

 

 

 

 

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 いつも同じ面を地球に向けている月は、地球から見ると自転していないように見える。

 では、月は実際は自転しているのかいないのかという問題と、算数パズルで大円の外周に沿って小円(たとえばコイン)を転がすときの小円の回転数の問題について議論した際に、「絶対的自転」とか「相対的自転」という「もったいぶった」用語を使って(作って)しまった(2015年5月)。これが(自分自身をも)ミスリードする要因になってしまった。

 コインではなく天体については「実際の自転」「見かけの自転」と言えばよかった。「見かけの自転」と言えば、誰も天体の「自転の定義」として「見かけの自転(相対的自転)」を採用しようとは思わなかっただろう(フツーは)。だって「見かけの自転」を自転の定義としたら、実際の自転の方を何と呼ぶのだろう。「元祖自転」とでも呼ぶのだろうか。「絶対的自転」はこの類のコケオドシの命名であった。命名者として反省する次第である。 

 そもそも宇宙空間では、自転していない天体(恒星、惑星、星くずの一つ一つを含めて)などないのだ(100%に近い割合で)。にもかかわらず、ある惑星(あるいは恒星)から見て、その周囲を公転する衛星(惑星)が同じ面を向けている場合がある。これは「自転と公転の同期」と言われる現象で、公転の中心からは衛星(惑星)が「自転していない」ように見える。つまり、自転と公転が同期すると見かけの自転(相対的自転)はゼロとなり、「月は自転していない」という命題が妥当に思えてくる。(私も「自転と公転の同期」を知らなかったときは、この考えに傾いた。2014年5月

 

 去る9月25日放送のNHKのEテレ「サイエンスZERO」が、地球に一番近く、かつ生命の存在の可能性がある系外惑星(太陽系外惑星)の「プロキシマb」を取り上げた。番組の中で、天文学者(国立天文台副台長)が「(プロキシマbの)自転が止まる」という発言をしたという。だから<天文学でも相対的自転を自転と言うことがある>というコメントがネットであった。

 10月1日に再放送があったので確認したところ、確かに番組後半で、惑星プロキシマbが、恒星プロキシマに同じ面を向けて公転する(地球を公転する月と同様の)動画を示し、「恒星の近くを回る惑星は恒星の重力の影響を非常に強く受けて、自転が止まって同じ面を向いて回るようになる」という字幕が出た。確かに「自転が止まる」とあった。

 しかし、国立天文台の渡部潤一副台長の実際の発言は、「自転がちょっと止まる」であった。渡部さんは、恒星の重力の影響を受けて自転数が減少し、公転1回で自転も1回になる「自転と公転の同期」を、その詳しい説明を避けて、「自転がちょっと止まって」と言ったと推測した。それが「ちょっと」のココロだろう。

 しかし、番組スタッフが、月と同様に同じ面を向けて公転する動画に「自転が止まる」という字幕を付けたのは、「月は自転していない」という世間の誤解を正当化しかねない。ネットでも、<天文学者が相対的自転の意味で「自転」の語を使った>というコメントがあったわけだが、そういうことではないだろう。

 

 ネットで動画検索したらyoutubeの「もしも地球の自転が止まったら?」というアメリカ製のバーチャル・ドキュメントが見つかった。5年かけて地球の自転が止まるという設定だったが、自転の停止を「自転と公転の同期」(相対的自転の停止)ではなく、1年が1昼夜になる状態(絶対的自転の停止)と正しく捉えていた。作品が示した自転の停止による地球の大異変は予想をはるかに超えて、地球温暖化の比ではなかった。

 

 

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 「アキレスと亀」のゼノンのパラドックスは、数学的には解決済みと言われている。しかし、数学的に解決しているとはどういうことかと、メタ数学的に、あるいはプレ数学的に思い悩む人はいる。

 私も2010年に次のような「アキレスと亀」のバージョンを考えて、mixiでトピを立てた。http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=51220000&comm_id=89931&page=1&from=first_page

アキレスの速さは亀の速さの10倍とし、亀のいた地点に到達するとアキレスも亀も疲れてしまって、速度がそれまでの10分の1になる。これを繰り返すと、両者の距離は10分の1ずつ縮まっていくが、その距離を走る時間は縮まらず、どこまで行ってもアキレスは亀に追いつかない‥‥‥。

 有名なパズル本(ガードナー?)では、アキレスと亀が減速するのではなく、間の距離がゴムのように延びて追いつけないというバージョンがあったのを記憶するが出典を確認できない。また、青山拓央『タイムトラべルの哲学』(2002年、講談社)の第8章「アキレスと亀の遺産」の最後にも、アキレスと亀の速度がだんだん遅くなるという設定があった。この設定では現実においてもアキレスは亀に追いつかないし、アキレスと亀の運動以外に第三の時計がない世界であれば、速度が遅くなるという必要もない。「アキレスと亀の世界には、「アキレスが亀に追いつく時」など、決して存在しないのだから。」とあった。

 

 整理すると、

(1) アキレスは亀に追いつく。(事実)

(2) アキレスは亀に追いつかない。(ゼノンのパラドックス)

(3) アキレスは亀に追いつかない。(アキレスも亀も減速する)

 

 (2)と(3)は、共に「追いつかない」と主張するが、数学的には、(2)は、アキレスが亀のいた地点に到達するまでの距離の合計を表わす数列が収束するから追いつくことになり、(3)は、アキレスが亀のいた地点に到達するまでの時間の合計を表わす数列が発散するから、追いつかないことになる。

 

 今回、次のような、追いつかないはずなのに追いつくパラドックスを考えた。

アキレスと同じ速さで走るアキレスの弟が登場する。アキレスは弟の後ろ10mから弟を追いかける。

(4) アキレスは弟に追いつかない。(事実)

(5) アキレスは弟に追いつく。(パラドックス・弟バージョン)

  アキレスの速度も弟の速度も、アキレスが弟のいた地点に到達するごとに10倍になる。

アキレスと弟の最初の速度を10m/秒とし、2人の間の距離とその距離を走るアキレスの時間は次のようになる。

     距離(m)         10      10        10         10     ‥‥

     弟の速度(m/秒)         10       100       1000

     弟の時間(秒)                 1        0.1        0.01  ‥‥  

     アキレスの速度(m/秒)    10     100      1000      10000

     アキレスの時間(秒)        1     0.1       0.01       0.001  ‥‥

 

 初め弟の10m後ろからアキレスが秒速10mで1秒かけて弟のいた地点に到達すると、この1秒間に秒速10mの弟は10m先の地点にいる。この10mを秒速100mになったアキレスが0.1秒で到達すると、この0.1秒間に秒速100mになった弟は10m先の地点にいる。この10mを秒速1000mになったアキレスが0.01秒で到達すると、この0.01秒間に秒速1000mになった弟は10m先の地点にいる。この10mを秒速10000mになったアキレスは0.001秒で到達すると、この0.001秒間に秒速10000mになった弟は10m先の地点にいる。この10mを‥‥‥ 

 つまり、2人の間の距離は10mのままだが、その距離を進むのにかかる時間は1/10ずつに縮小していき、アキレスが弟のいた地点に到達する時間の合計は、

 1,  1.1,  1.11,  1.111, 1.1111,  ‥‥‥  

となる。この数列は、10/9 に収束する。つまり、10/9秒後にアキレスが弟に追いつくということではないのか。ただし、その地点は無限遠の果てとなり、両者の間は10m離れたままだ。このパラドックスをどう解釈すべきなのだろう?

 

 (2)のゼノンのパラドックスに対するアリストテレスの反駁(『自然学』第6巻第2章233a21)は、ゼノンは(有限の距離にある)無限個の地点を通過するのに無限の時間がかかるからアキレスは亀に追いつけないと主張するが、(有限の距離の)無限個の地点に(有限の時間の)無限個の時点を対応させることができるから、有限の時間で有限の距離を通過することが出来、アキレスは亀に追いつくことができる、というものであった。

 一方、(3)の速度減退の場合は、有限の距離を進むのに無限の時間がかかり、追いつかない場合であり、(5)の速度増大の場合は、有限の時間で無限の距離を進むことになり、無限遠の距離の果てでアキレスは弟に追いつく、ということだろうか。

 

 しかし、(5)の論法が許されるなら、もっとおかしなパラドックスが成り立つことになる。足の遅い亀が足の速いアキレスの後ろから追いつくことができる、と。

 

(6) 亀がアキレスに追いつく。(パラドックス・亀バージョン)

亀はアキレスの後ろ10mからアキレスを追いかける。最初の亀の速度は1m/秒、アキレスの速度は10m/秒で、その後亀がアキレスのいた地点に到達するごとに、両者は速度を100倍にしていくとする。

 距離(m)          10      100      1000      10^4      10^5       10^6    ‥‥

 アキレスの速度(m/秒)            10       1000      10^5      10^7       10^9    ‥‥

 アキレスの時間(秒)         10          1       0.1      0.01    0.001   ‥‥

 亀の速度(m/秒)      1      100     10000     10^6       10^8       10^10   ‥‥

 亀の時間(秒)         10        1         0.1       0.01       0.001   10^-4   ‥‥

 

 初めアキレスの10m後ろから亀が秒速1mで10秒かけてアキレスのいた地点に到達すると、この10秒間に秒速10mのアキレスは100m先の地点にいる。この100mを秒速100mになった亀が1秒で到達すると、この1秒間に秒速1000mになったアキレスは1000m先の地点にいる。この1000mを秒速10000mになった亀が0.1秒で到達すると、この0.1秒間に秒速10^5mになったアキレスは10^4m先の地点にいる。この10^4mを秒速10^6mになった亀が0.01秒で到達すると、この0.01秒間に秒速10^7mになったアキレスは10^5m先の地点にいる。この10^5mを秒速10^8mになった亀が0.001秒で到達すると、この0.001秒間に秒速10^9mになったアキレスは10^6m先の地点にいる。この10^6mを‥‥‥

 かくのごとく、アキレスの速度は亀の速度の10倍なので、両者の間の距離は10倍ずつ増大していく。しかるに、アキレスも亀もその速度が100倍ずつ増大していくので、10倍に離れた距離を進む時間は1/10ずつになっていく。かくして、亀がアキレスのいた地点までに進む総時間の数列は

 10,   11,    11.1,   11.11,   11.111,   11.1111,  ‥‥‥

となる。この数列の極限値は、11と1/9 である。

 つまり、(11と1/9)秒後に亀がアキレスに追いつく。つまり、有限の時間内に無限遠の距離の果てで、足の遅い亀が足の速いアキレスに追いつく、ただし、両者の間の距離は無限大になっているが、というパラドックスをどう反駁すべきなのだろうか。

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 めでぃあ森が版元となった『カミさんと走った500日 世界自転車の旅』(宮田固、2014年)が、第19回日本自費出版文化賞(日本グラフィックサービス工業会主催、朝日新聞社など後援)個人誌部門賞を受賞した。世の中、ちゃんと見ている人がいることがわかってうれしい。

   選考結果を見ると、かなりの激戦だったようだ。

 

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かけ算の比例式でのイメージ(承前)
  2.「異乗同除」――『算学啓蒙』と建部賢弘

 デカルト『幾何学』の冒頭にある相似三角形を利用した乗法の積の作図が,磯田正美さんが『算数授業研究 論究Ⅱ』(11頁)で言うように,算数教育における二重数直線の鼻祖であるかどうかの当否については保留しても,何らかの影響があったことは確かでしょう。
 「内項の積=外項の積」を利用して,辺の長さの比例式から未知の辺の長さを求める計算法は,西洋近世の商業算数では「三数法」とか「黄金律」と呼ばれて,取引の数量や金高を求める計算法となり(※文末註),同じ計算法が,中国・日本の近世の算法では「異乗同除」と呼ばれていたことは,初等数学史の常識でしょう。
 中国・日本の文献を確認します。
 明代に程大位が著した『算法統宗』(1592年)という数学書の「異乗同除」の項に次の例題があります。
 「8斗6升の小麦が64斤8両の麺となる。今小麦が35石4斗8升あるとき,いくらの麺となるか」。
 解法は,35石4斗8升×64.5斤÷8斗6升=2661斤です。

http://www.i-repository.net/contents/tohoku/wasan/l/h013/07/h013070060l.png
(東北大学「和算資料データライブラリー」『原本直指算法統宗』(同治3年)60コマ目)
https://archive.org/stream/02094084.cn#page/n94/mode/2up
(eBooks and Texts『新編直指算法統宗(二)』95コマ目。但し,この図では,図の下の「原物今物 是同除」とあるべきところが「原價今物 是同除」と誤植がある。)
 
 考え方として「内項の積=外項の積」を利用していますが,図から分かるように,4つの項を比の値が等しくなる2項ずつに分けて左右両辺に一列に並べる(a:b=c:d)のではなく,4つの数を4隅(2行2列)に配置しています(正に「4マス」であり,「田の字」です)。同一対象の2通りの「名」(量の種類,単位)の数値を縦一列に配置し,横一行に「同名」の数値を配置し,未知の名数(求めたい名数の数値)は「空」のままです。そして未知の名数を持つ対象の数値の分かっている名数に,別の対象の「異名」の数値を掛けて(斜めに「異乗」),「同名」の数値で割って(横に「同除」),未知数を求めています。図の下には,「今物」に「原價」を掛けて(異乗),「原物」で割る(同除)とまとめてあります。
 これが,西洋近世の「三数法」に対応する東洋近世の「異乗同除」でした。
 例題では,最初に8斗6升という小麦の体積に64斤8両という麺の重量を掛けています。体積に重量を掛けて出てくる積がどういう量を意味しているかは不明です。「異乗同除」の異乗や「三数法」の内項の積(外項の積)では,こういう意味不明の量が計算の途中に表れます。遠山啓はこれを嫌って,比例式の未知数を三数法で求めることを避け,明治以降の算数教育の用語で言うところの「帰一法」(たとえば,重量を体積で割って一単位体積あたりの重量を求める)を勧めました。

 さて,江戸時代の和算の発展に上記の『算法統宗』より多大な影響を与えた中国書は『算学啓蒙』です。
 『算法統宗』も『算学啓蒙』も江戸開府前後というほぼ同じ頃に日本に伝わったのですが,『算法統宗』は中国の刊行後あまり間を置かない時期に伝来し,吉田光由はこの新刊書を手本(ネタ本の一つ)にして,江戸時代を通じる大ロングセラーとなるソロバンの教科書『塵劫記』を著しました。
 他方,元代(1299年)に朱世傑が著した『算学啓蒙』は,『算法統宗』よりはレベルが高く,伝来から一世紀を経た1690年に関孝和の高弟の建部賢弘(当時27歳)がようやく詳細な注解を付けた『算学啓蒙諺解大成』を著します。
 その「異乗同除門」の第一問は次の問題です(この問題自体は『算法統宗』と同じレベルです)。
 「銭9貫879文が米5石3斗4升にあたる。米36石9斗は銭幾何にあたるか。」

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3510698/2
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3510698/3
 原文の解法は,36石9斗×9貫879文÷5石3斗4升= 68貫265文 です。当時は,筆算で一つの式に表して分母分子の約分などをしていたわけではなく,算木やソロバンで一つ一つ順に計算して答を求めてから次の計算をしますから,掛けて(「異乗」)積を求めてから,その積を割って(「同除」)います。
 一方,賢弘の解説では,9貫879文÷5石3斗4升の割算を先にして1石あたりの價銭を求めてから, 36石9斗に掛けています。(遠山も勧めた「帰一法」です。)そして,この解法(帰一法)は理屈が分かりやすいから多く利用されているが,問題を見て,割算が割り切れる時に使うようにと注記しています。(異乗同除が,異乗を先にしたのは,同除で割り切れない場合があることを嫌ったからでしょう。)
 同時に,建部賢弘は,原文にはない次のような図を添えて,理解の補助としています。(『算学啓蒙諺解大成』には,この他にも「ツルカメ算」などに面積図の図解を添えるなど,原文の『算学啓蒙』には一切ない図解によって解き方を分かりやすく説明しています。)

 相似の長方形の縦と横の辺の長さが比例することを利用しているわけで,下図のように対角線を結べば相似の三角形となり,デカルトの『幾何学』冒頭の図と同じ趣旨になります。

 「異乗同除」は,幕末の和算書のベストセラー『算法新書』(千葉胤秀編,長谷川寛閲,1830年)になると,図のように「比例式之図」で解かれるようになります。
算法新書

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/829145/41
 比例式を左右二行に並べるこの方式は,受験算数の比例式を上下2行に並べる方式(@イデムリン氏)と同じであり,現在の算数に見られる「二重数直線」や「4マス計算」「田の字」も,これに連なるものとして同工異曲でしょう。そして,数教協の「かけわり図」は,この系統のプリミティブ(原初的)なものと言えるでしょう。
 しかし,数だけを並べる方式は,比例関係を利用するとはいえ,相似三角形(@ユークリッド,デカルト)や相似長方形(@建部賢弘)にあった図形的意味が欠落します。
 建部賢弘の相似長方形からは,受験算数にも応用できる別の展開が可能でした。


(※註)「2個のリンゴが3ペンスのとき13個のリンゴはいくらか」という問題の「三数法」の表記については,復刻版『カジョリ初等数学史』(小倉金之助補訳,共立出版,1997年)274頁。原文では,“A history of elementary mathematics, with hints on methods of teaching”194頁 https://archive.org/stream/mathehistory00cajorich#page/194/mode/2up

  続く 「3.面積図――受験算数の応用」


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かけ算の比例式でのイメージ

 1.デカルトとユークリッド

 数(実数)のかけ算のイメージが11ほど思い浮かんだので
http://ameblo.jp/metameta7/image-11769488259-12842275916.html),まとめかけたのだが,「7.デカルト型」まで進んだところで,デカルト型のイメージで交換法則が自明(見れば分かる)にならないのか,というところで行き詰まってしまった。すでに2年前のことです。
 「デカルト型」と名付けたのは,いわゆる「デカルト積(直積)」のことではなく(デカルト積の方は「10.直積型」として別に区分した),デカルト『方法叙説』の付録の一つの「幾何学」の冒頭に出てくる,以下の乗法の積の作図のことです(原亨吉訳『幾何学』ちくま学芸文庫8頁)。
デカルト

 図で,⊿ABC∽⊿DBEですから,AB:BD=BC:BE。単位AB=1とすれば,BD×BC=BEとなります。
 私がこれを初めて知ったのは,多分,筑波大附属小算数研究部『算数授業研究論究Ⅱかけ算を究める』(2012年)の11頁の磯田正美さんの論考で,磯田さんは,現在の算数教科書に頻出する二重数直線の始まりを,デカルトのこの図に求めていました。

 さすがデカルトと感心していたのですが,アミーア・アレクサンダー著,足立恒雄訳『無限小』(2015年8月,岩波書店)を読んでいたら,239頁に「すでにエウクレイデスが,与えられた長さの平方根の長さの線分を作図する方法を与えている」とあった。
 平方根の作図は,デカルトでは,乗法の作図の2つ後(1つ後は除法の作図)に出てくる。乗法より難しい平方根の作図がエウクレイデス(ユークリッド)の『原論』にあるのなら,乗法の作図もあるのではないかと探したら,確かに『原論』第6巻命題12にあった。(その直後の命題13が平方根の作図であった。)
 朝日カルチャーセンターで足立恒雄先生の「数学思想史講義」を受講していたので,デカルト『幾何学』冒頭の作図はすでにユークリッドにあるんですねと質問したら,常識だ,みたいな御返事だったので,単に私の無知(と磯田さんの無知,と道連れにする)だったらしい。

 かけ算で交換法則が成り立つことの直感的理解は,おはじきを縦横に長方形に並べた図(算数教育ではアレイ図という。array:配置(する),整列(する))を使って,「縦×横」も「横×縦」も同じだ,と納得することになる。整数の場合はこれでよいが,小数・分数をおはじきで並べるのは,かなり苦しい(丸いおはじきでは不可能と言ってよいと思う)。
 整数の交換法則では,縦のおはじきの個数に横のおはじきの個数を掛けても,横の個数に縦の個数を掛けても,全体のおはじきの個数は同じだねという説明になろうが(※注1。厳密には,(縦の個数)×(横の個数)ではなく,(縦一列のおはじきの個数)×(列の数),あるいは,(横一行のおはじきの個数)×(行の数)であるが),小数・分数では,縦の長さに横の長さを掛けても,横の長さに縦の長さを掛けても,長方形の面積は同じだね,という説明になる。つまり,個数のかけ算では出てくる答も個数だが,長さのかけ算では,出てくる答が面積となって次元が変わってしまうのは,やや面白くない。
 この不満が,相似三角形の辺の比を利用する「デカルト型」のかけ算では,長さに長さを掛けた答が長さとなり,都合が良い。(※注2。厳密には,長さ×長さ÷長さ=長さ,で次元が合い,「÷長さ」の「長さ」が「単位1」という理屈だが。)
 しかし,「デカルト型」のかけ算では,「アレイ型」のかけ算では自明だった交換法則が自明なのだろうか,というところでデッドロックに乗り上げてしまった。
 私は次のように考えてしまったのです。

図1図2

 図1で,2つの相似の三角形の対応する辺の比から,1:n=m:(m×n)
 図2で,2つの相似の三角形の対応する辺の比から,1:m=n:(n×m)

図3

 図1と図2を合併させた図3で,(m×n)と(n×m)の長さが等しいことが自明(見れば分かる)と言うにはどうしたらよいのだろうか?
 座礁したまま,折に触れ補助線を引いてみたりしても,図形的に自明なことが見えてこない……1年有余が無為に過ぎていく。
 デッドロックから救出してくれたのは,日本数学協会の月例勉強会の講師の宮永望さんでした。宮永さんの教示は,その後『数学文化』25号(2016年3月25日発行,日本評論社, https://www.nippyo.co.jp/shop/book/7041.html )109頁にも掲載されました。(以下の記述は私なりの理解なので,是非宮永さんの文にあたって下さい。)
 キーポイントは,図1の(m×n)の長さと図2の(n×m)の長さが等しいことを如何に証明するか,ということではなく, 1つの長さが(m×n)とも(n×m)とも解釈されるということです。アレイ図で交換法則が自明なのは,2つのアレイ図を描いてその2つが等しいことを証明するのではなく,1つのアレイ図が2通りに(縦×横にも横×縦にも)解釈されることだったようにです。

交換の図

「小⊿ ∽ 大⊿」において,小1と大mの辺の長さが対応しています。小nの辺と対応する大の辺の長さをxとすると,
  小1:大m=小n:大x  あるいは  小1:小n=大m:大x   
という比例式が成り立ちます。
 どちらの比例式でも,xを,(m×n)とも(n×m)とも表わすことができます。
 したがって,m×n=n×m
 かくして,相似三角形の辺の比から導かれる「デカルト型」(「ユークリッド=デカルト型」)のかけ算のイメージでも,交換法則は「自明」と言えるでしょう。

 (続き予告「2.『算学啓蒙』と建部賢弘」)


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 文字の併置が、四則演算の式において、「ひとまとまりの積」として扱われる理由の一つに、ヨーロッパで、+、-、×、÷の記号を使って演算が記述されるようになる17世紀以前から併置積(※)の表記があった、という歴史的事実が挙げられるでしょう。
 つまり、教育過程においては、小学校のかけ算で×記号を教わってから、中学校の文字式で、乗法で×を省略する併置積の書き方を習うという順序になるが、歴史的にはアルファベット文字やインド・アラビア数字の併置による積の表記が先にあって、次に、×記号が生まれて併置積と併置積の間に×記号を書いて併置積同士の乗法を表し、そして最後に、併置積の文字(数字)と文字の間には×記号が省略されているのだ、と考えるようになったという流れでしょう。

 数学の表記法の歴史については、フローリアン・カジョリの以下の書が古典とされている。
 https://archive.org/details/historyofmathema031756mbp 
 同書で併置(juxtaposition)について何か所かで触れられている。(全部は読んでいない。苦笑)
 上記とは別の小倉金之助の補訳が詳しい、カジョリ『初等数学史』(復刻版1997年、共立出版株式会社)にも記数法は触れられている。
 日本の文献では、片野善一郎『数学用語と記号ものがたり』(2003年、裳華房)がある。
 数字の併置については、上記カジョリの2書にもあるが、ジョルジュ・イフラー『数字の歴史』(1988年、平凡社)が詳しい。

 上記を参照するまでもなく常識の範疇になると思うが、ローマ数字では、数字の併置は和で表された数を表わしている。(「ⅩⅩⅠⅠⅠ」は23。)
 漢数字では、「十三」(ただし縦の併置)は和で13を表し、「三十」は積で30を表わす。
 インドで生まれ、アラビアを経てヨーロッパに伝わり、全世界のグローバル・スタンダードとなった算用数字では、数字の併置は、位取り表記の数を表わす。
 算用数字の縦の併置は分数を表わす。(インドで生まれたときは横線がなく、アラビアで横線を書くようになる。)帯分数は、整数と分数の併置和で示された一つの数である。

 以上の、数字の併置による数の表記に、文字と数字、あるいは文字同士の併置表現が加わる。近世ヨーロッパの文献で確認出来るのは、+、-、×、÷の記号が次々と誕生した17世紀の前100年ぐらいの間のようだが、紀元3世紀のディオファントスの文献は既に、文字・数字の順の併置で積を表記している。(併置積の並列で加法を表わしてもいる。カジョリ『初等数学史』55頁。)
 文字(数字)と文字の併置は、積形式で数量を表しているが、それは、名数の表記法(3mは1mの3つ分(3倍)、8gは1gの8つ分(8倍)を表わす)と関連しているように思えるが、これは私の仮説の域は出ていない。
 
 数字の併置和や文字の併置積は「一つの数量」を表す。(数字の場合は確定した数を、文字の場合は、数で置き換わるまでは未確定の数量を表わすという違いがあるが。)これらの数量を対象とする演算の記述は、17世紀後半以降は四則演算記号を使った式で表わされる「記号代数」になった。それ以前は、文で記述する「言葉代数」、繰り返される言葉を略語とした「略語代数」であった、とカジョリ『初等数学史』150~152頁にある。
 略語代数に属するのは、「ディオファントス、西方アラビア、およびヨーロッパでも17世紀中ごろまで(ヴィエタを除く)」とある。(同上書151頁)したがって、文字の併置積は、略語代数の段階からあったことになる。(西方アラビアについては未確認。)

 つまり、ヨーロッパでの併置積の歴史は「×」や「÷」より古いわけで、「×」や「÷」が生まれたとき、併置積がその対象となる「一つの数量」であることは説明するまでもなく自明だった。だから、1840年にピーコックが『代数』“A Treaties on Algebra”を書いたときには、「÷併置積」の計算法は、例を示せば十分だった。
https://archive.org/stream/atreatiseonalge02peacgoog#page/n84/mode/2up
 しかし、併置積は×の省略されたものという考えから、併置積の扱いについて疑問に思う人も出てきて、19世紀後半には、併置積は括弧で括った「ひとまとまり」と同じなのだと注記する必要も出てきた(“Thus a÷b÷c=a÷(bc),which is usually written a÷bc.”Charles Smith:A Treaties on Algebra,1888)という流れでしょう。
https://archive.org/stream/atreatiseonalge00smitgoog#page/n41/mode/2up
 
 現在は、高校以降では、使い勝手の悪い(交換法則、結合法則が成り立たない)÷の使用頻度が減ったことや、パソコンなどで「/」(スラッシュ)記号が使われることが増えたが「/」の後の併置積のルールが徹底していないことなどから、中学で「÷併置積」のルールを教わったのに忘れて混乱する人が増えているということでしょうか。


(※)「併置積」という用語は、2年前のMさんの発案によります。
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/thread/detail/thread_id/38/thread_num/291

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