お前は自分が思う以上に色っぽい女だぜ―美少年カンワンに囁かれた私 韓国時代小説 猫は見ていた | FLOWERS~ めぐみの夢恋語り~・ブログで小説やってます☆

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一瞬一瞬、1日1日を大切に精一杯生きることを心がけています。
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小説 お嬢様春泉の秘密

 第一話 猫は見ていた

~あなたを愛しているけれど、同時に憎んでるもいるわ~。

16歳の私が初めて愛した男は、父を殺しにきた刺客だった。「悪魔的に美しい暗殺者」

を愛した少女の悲劇。

 

「お嬢さんもとんだインチキ野郎に出くわして、災難だったな。あんないかにも安物にそれだけの値段を払う気もさらさらねえだろうし、あんたももう大人しくお屋敷に帰りな」
男の姿が眼に入った瞬間、春泉は眼を瞠った。
何と美しい男だろう! 彼女は今まで、これほどまでに美しい男、いや、女性も含めてにしても、美しい生きものを眼にしたことがなかった。
つやつやと輝く髪が陽の光を受けて黄金色(きんいろ)に波打っている。その髪を結いもせず無造作に背中でひと括りにし、濃紺のパジチョゴリを身につけている長身の身体は先刻見たとおり、きりっと引き締まっていた。
よくよく見ると、金色に見えた髪は茶褐色で、瞳の色も髪と同じで茶色―榛色にも見えた。陽に灼けた精悍な貌にはすっと切れ上がった双眸がくっきりとした輪郭を描き、整った鼻梁から形の良い唇とどれもが配置よくついている。男に美しいとはいうのが適切な表現かどうかは判らないが、とにかく、神仏か、はたまた妖の化身かと思ってしまいそうなほど恵まれた容姿をしている。
男の話す言葉は流暢な朝鮮語で、彼が生粋の朝鮮人であることはすぐに判る。なのに、彼のあまりにも朝鮮人離れした容貌は、海を越えた外つ国に暮らすという異様人を彷彿とさせた。彼(か)の国の人々は、この男のように黄金色の髪と深い海のような蒼い瞳を持つという。
ただ、男はほどよく陽に灼けた褐色の膚で、外つ国の人の雪のようにすべらかな膚というのとは違う。もっとも、男の服装はどう見ても、その日暮らしの常民のように見えたから、労働者が陽灼けしているのは当然のことだ。本来は、彼もまたもっと白い膚なのかもしれない。
春泉が男の姿に眼を奪われていると、男がニヤリと口の端を引き上げた。
「あの安物にあっさりとあいつの言い値を出さなかったところを見れば、なるほど、あんたのいうとおり、あんたはかなりの目利きだろう。大方は、宝飾を商う商人の娘、といったところか。あんたのようなお嬢さんが女中一人連れただけで、うろうろしてちゃア、良い鴨だと思われるのがオチだ。今度出てくるときは、屈強な用心棒の一人や二人でも連れてくるんだな」
その口調には春泉の身を案じるというよりも、どこか揶揄するような、小馬鹿にするような響きが感じられた。
「そのようなことをお前に指図される憶えはない。大きなお世話です。それよりも、お前のことを先刻の男は光王と呼んでいたようですが、お前も小間物の目利きができるのか?」
その問いに、男は更に口の端を引き上げた。
「俺のことなんざア、それこそ、お嬢さんには関係ねえだろ。助けてやったのに、その物言いはないだろう? 全く、礼儀知らずの小娘は手に負えねえな」
「なっ」
呆れたように大仰に溜め息をつかれ、春泉はカッとなった。男がくるりと背を向ける。
思わずその後を追うように前へと一歩踏み出そうとした春泉は、クラリと軽い眩暈を憶えた。予想外の出来事の連続に、心と身体がついてゆけくなっているのだろうか。
「お嬢さま!?」
乳母の悲鳴のような声に、素早く男が駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か?」
どうやら根は口ほどに悪くはないらしい。覗き込んでくる表情は心底、春泉を案じてくれているようにも見えた。
だが、春泉は咄嗟に彼女の腕を掴もうとした男の手を振り払った。男のもう片方の腕は、既に春泉の腰に添えられ、彼女を危なげのない手つきで支えている。
「無礼者、その汚れた手で私に触るな」
「おいおい、流石にそれはねえんじゃないのか? 仮にも恩人に向かって、無礼者とか穢れた手という言い方は失礼だとは思わないのか?」
「賤しい者が私に対等な物の言い方をするのか!?」
語気荒く言ってはみたものの、春泉は両班の娘というわけではないのだ。父がいかほど富める身であろうと、所詮は商人の娘、常民にすぎず、また相手も貧しくとも同じ常民である。
が、春泉は屋敷であまたの使用人にかしずかれ、横柄な物言いは日常のものとなっている。この場合も、考えるより先に言葉が出てしまった感があった。
そして、その自分の態度が相手に鼻持ちならない権高な女だという印象を与えてしまったことに、すぐに気づいた。
「フン、醜女」
毒づかれた春泉は一瞬、虚を突かれたようにポカンと男を見つめた。
束の間の空白の後、パシンという小さな小気味よい音が響き渡る。
「お、お前っ。今、私に向かって何と言った?」
「醜女、そう思ったままを言ってやった」
相手は悪びれもせず、しれっと言ってのける。それがまた余計に春泉の癇を立てた。
春泉に右頬を打たれても、いっかな腹を立てる様子もなく、相変わらず人を喰ったような笑みを浮かべている。
「私は確かに美しくはありません。男のお前の方がよほどきれいでしょう。ですが、お前のように産まれたときから、容姿が美しいと人の賞賛を受けてきた者に、私のこの悔しさがわかりますか? 私を見て、大抵の者は口には出さないが、憐れむような眼をする。それは私が醜いからだと、私はよく知っている。実の両親ですら、私のこの容姿について憐れんでいるのですからね」
春泉の眼に熱いものが湧き上がった。しかし、こんな傲岸不遜な男に蔑まれ貶められて、泣くなんて、誇りが許さない。春泉は唇を痛いくらいに噛みしめることで堪え、更に相手をぐっと睨みつけた。
「おっと、あんたが何をどう勘違いしたのか知れないが、俺は何もお嬢さんの容色について言った憶えはないぞ?」
「えっ」
春泉は意外な言葉に息を呑んだ。思わず言葉を失ってしまう。
「俺が言いたかったのは、幾ら外見が綺麗でも、心が醜けりゃア、折角の美人もあたら宝の持ち腐れってことが言いたかっただけだよ」
「人をからかうのは良い加減にしなさい。私のどこか綺麗だというの? 色は真っ黒だし、眼は細くて狐のようにつり上がっているし、口だって大きいわ」
言っている中に、自分でも哀しくなって、涙が溢れて止まらなくなった。
「そんなことはないさ」
そのときだけ、男は別人のように真摯な表情になった。それは、春泉がはっと息を呑むほどの変わり様だった。
「あんたが思ってるほど、お嬢さん、あんたは醜くはないさ。俺はむしろ、初めて見た時、綺麗な娘だと思ったぜ。ただ、あんたは自分の容姿に引け目を感じている。そのこと自体がかえって、あんたの雰囲気を暗く沈んで見せてるんだ。もっと自信を持って良いんじゃないのか? 膚の色なんて、もっと化粧を濃くすれば断然違ってくるし、あんたが気にしてる眼だって、言うほど細くはねえ。唇なんて、かえって、艶めいていて男の好き心をそそる―色っぽい口許だぞ」
「艶めいていて―色っぽい? 男の―好き心をそそるですって?」
春泉は考えてもみなかった科白に、もう眼を白黒させるしかない。
「そんなことは一度だって、言われたことがないもの、私」
呟いた春泉に、男はまたニッと笑った。
今度の笑みは先刻までと違い、人を見下したようではなく、むしろ親しみやすさを感じさせる人懐っこいものだ。
「それは、あんたの周囲にちゃんと物の良さを見極められる人がいなかった、ただそれだけのことだろ。大方、あんたの両親は赤が青に、白が黒にしか見えないんじゃないのかい。少なくとも、俺はあんたを綺麗だし、可愛いと思う。ほら、その紅を塗ってなくても、つやつやと光って色っぽい唇がどんな味がするか、俺が一度吸って、試してみてやろうか―」
男は最後まで言えなかった。
バッチーン。今度は前回以上に大きな音がして、猛烈な一撃を今度は左頬に喰らったからである!!
結局、春泉はそのまま男に背を向け、逃げるように走り去った。