長編小説『遠山響子と胡乱の妖妖』3-5 | るこノ巣

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隙間の創作集団、ルナティカ商會のブログでございます。

本当は3-4と3-5は1回で出すつもりだったのですが、会話内容が堅苦しいので分割しました。
ただでさえ私の文章はゴチャゴチャしてるので、ますます読みにくくなっちゃうかと(;´▽`A``


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇では続きです◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「やっと来たか」
 杏ちゃんは笑みを取り戻して言ったが、受話器を取る気はないようだ。手を伸ばすのは室井さん。只、その手に何故か、一本のコードがある。
 そのコードを電話に何処に差したのか知らないが、何処かに差してから、静かに電話を取った。
「はい、株式会社レイネット、総合受付センターで御座います」
 慣れた対応だなあ。にしても、この室井さんの言い方、まるで自動音声みたいだ。
 笑っちゃ駄目だよ、と小声で振ってくるティルカ自身が、必死に笑いを堪えているようだ。
〈あ、お忙しいところ申し訳御座いません〉
 男の声が、パソコンから流れ出た。どうやったら電話の声をパソコンから出せるのか、最早訊くだけ無駄だろうな……
〈私、藤原不動産の業務課長、八谷と……〉
「担当部署にお繋ぎしますので、IDを入力してください。初めての方はIDの申請を行ってください」
 ものすごーく機械的な喋り方で更に、IDをお持ちの方は1を、IDを変更される方は2を、申請される方は9を押してください、と続けた。
 途端にパソコンから、面倒だなと呟く男の声。そりゃあまあ、面倒だろうな。
 何時の間にかパソコン上には小さな画面が一つと、大きな画面が二つ、浮かんでいた。ティルカが、大きい二つは頼姉ちゃんのPCを仮想化して表示してるんだよと教えてくれる。意味分かんないんだがな……
 小さな画面に、9と表示された。
「ID申請を承ります」
 言って、室井さんはキーボードを打つ。
 さて、画面見ててもよく分からないのだが、室井さんは音声案内のフリをして男の住所とフルネーム、電話番号を聞き出した。が、パソコンの大きな画面に何かメッセージが出て、男の言ったそれが出鱈目だと判明したようで、室井さんは虚偽の申請ではIDの発行が出来ないことを伝えて静かに電話を切った。直ぐにまた、電話がかかる。以降此処までの遣り取りを繰り返して、男はさっきと違うことを言った。
 藤原孝弘、五三歳。藤原不動産の社長だった。何で嘘言う必要があったんだろう。
 因みにIDは、一三桁にもわたる数字の羅列だった。電話の向こうで、必死に書き取っている音がうっすら聞こえたのが可笑しかった。
 それが終わったら今度は、IDを入力。パソコン画面に数字の羅列が浮かび、妙ちきりんな音楽が流れた。保留音らしい。
「ふう。ちょっと休憩」
 受話器を卓袱台において息をつく室井さん。お茶を持ってこようかな。
〈全く、面倒なところだ。あんなチンケな物件しか持てんようなところだろうに鬱陶しい〉
 藤原の愚痴がだだもれだ。笑いを堪えるのに必死なウチの面面。
 あたしは、鈴原さんを引っぺがしてお茶の一式を取りに台所へ向かった。こんな時にアレだが、ダイニングキッチンと言うより台所と言った方が似合うと思うんだよね、此処って。
 戻ってきた時には室井さんが再び話していた。今度は感情を入れて、さっきより幾分低い声で。秘書室、とか云う設定だそうだ。
〈ご多忙の中、誠に申し訳御座いません。わたくし、藤原不動産社長、藤原孝弘と申します。そちら、レイネット様が管理していらっしゃる物件のことについて、是非ともお話をさせて頂きたく思いましてお電話させて頂きました。いえ勿論、レイネット様に不利益となるようなお話では御座いません、寧ろお手伝いに、レイネット様の更なる発展の助力の一端となるお話なのですが、如何でしょう、ああ、お忙しいのは重重承知しております。少しだけでも、一分だけでも構いませんので……〉
「かしこまりました。社長にお繋ぎ致します」
 また保留音。藤原の舌打ちが聞こえた。
「酷いわねえ千頼ちゃん。あれだけ喋らせといて保留なんて」
 窘めるような言い方の鈴原さんだが、ものすっげー楽しそうだ。うふふ、と笑う室井さんも楽しそう。
「私が社長、吉田賢哲ですが」
 今度受話器を握るのは吉田さん。うーん、滅茶苦茶感じ悪い、仏切棒な言い方だ。
「よく考えたわね、こんなお芝居」
「じゃろう?」
 嬉しそうにお茶を飲む室井さんの奥で、杏ちゃんが笑った。実に楽しそうな、悪戯っぽい笑みが可愛い。さっき迄とは別人のようだ。
 室井さんがディスプレイを指差した。見れば、株式会社レイネットのホームページだ。ベンチャー企業みたいな様相を呈している。無料サイトで作ってるし、あの名刺渡した人間にしか見ることが出来ないようにしてるからね、と室井さん。此処迄やっておくとは……凄いわ。色んな意味で。
 何だか話が長くなるような感じなので、紙束に目を落とす。おや、何時の間にか鈴原さんが卓袱台に突っ伏して寝てる。ティルカは、買ってきたゲームソフトの封を切ってケースを眺めてる。流石に、今はインストール出来ないからね。待つしかないわ。杏ちゃんとロジーは、のんびりとお茶を飲んで吉田さんの応酬を見ている。
 
 此処を、竹林の一部も含めて十七階建てマンションにしたいようだ。竹林の残りの部分は駐車場。
 何時測ったのやら、正確っぽい見取り図も入ってる。十ページ近くに渡って部屋の図面まである。部屋は2DKから4LDKまで四タイプ。窓も大きければベランダも大きい。空調も防犯設備も整った、可成り高額そうな設定になっている。へえ、防音も確乎りしてるんだ。
 東京に行けば、こう云うのも一般的なのだろうが、この京都では違和感を感じざるを得ない。似つかわしくない感じ。建設までに掛かる時間は、大凡半年。これが、早いのか遅いのかはあたしには分からない。
 そして現在の住人、つまりあたし達には完成までの仮住まいを用意し、マンションが完成した暁には最初に部屋を選ぶ権利を用意している。場合によっては、一ヶ月分の家賃を肩代わりしても良いとのこと。と云うことは、これは分譲ではなく賃貸な訳だ。

 とまあ、途中まで読んで、何だか苛苛してきた。小さい字がみっしりと並んでて読みづらいのなんの。所所に注釈が入ってるから、それを確認する必要も出てくる訳だけど面倒になってきた。生命保険の契約書の方が、幾らかでも読み易いと思うわ。
「あれ?」
 何だろう? 何か、引っ掛かる……
「知るか、愚か者」
 吐き捨てるような吉田さんの声。見れば、丁度受話器を叩き付けたところだった。ふう、と一息つく吉田さんは、別段怒っている様子もなく淡淡としている。否、違うな、一寸満足げだ。
「室井もだが、吉田も中中な演技派じゃな」
「久久だから緊張したよ。室井ほどではないのう」
「えへへ。わたしだって、緊張したよ」
 謙遜する二人。
「どうしたノ? トーコ。難しい顔」
 ひょこり、とロジーが顔を覗かせてきた。仕草がホストみたいだと思った。漫画でしか見たことないけど。
「ああ、いや……未だよく分かんないんだけど」
 そう、よく分からない。分からないんだけど、何か気になるのだ。何が?
「ちょっとコレ……じっくり読ませて貰っても良い?」
「構わぬよ。では、一度お開きにしようか。室井は解析を頼む。ロジーは鈴原を運んでやってくれ。その他は解散。何かあれば適宜言ってくれ」
 杏ちゃんがてきぱきと指示を出し、みんなそれぞれに動く。室井さんは普段見ないような楽しそうな表情、ティルカも、パソコンを返して貰えたようで嬉しそうに部屋に戻っていった。ああ、あたしもやりたかったんだけどな、ゲーム。
 でも、今はこっちに集中した方が良いようだ。その方が、良い気がする。いや、そうしないといけないような……
「トーコの場合、霊感とは全く違う何かがあるんだろうな」
「ん?」
 今度顔を覗かせてきたのは杏ちゃん。さっきのロジーと仕草はほぼ一緒なのに、なんて可愛いんだろう。 
「霊感とは違う何か?」
「第六感、とか言うと些か胡散臭い気もするがな」
 私が言う筋じゃないかと笑って、杏ちゃんも立ち上がる。昼飯は軽いもので構わぬよと言いながら、台所の方へ歩いて行く。
「叶のところに遊びに行ってくるから、飯になったら呼んでくれ」
「分かったわ」
 ならば当分、戻ってこないわね。仲良しだからなあの二人。