長編小説『遠山響子と胡乱の妖妖』3-4 | るこノ巣

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隙間の創作集団、ルナティカ商會のブログでございます。

この小説、やたらめったら漢字が多いですね、スミマセンm(_ _)m
まだまだ先の長い代物ですが、お付き合い頂ければ幸いです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ではこれより、本文再開です◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「作っておいた甲斐があっタね」
 うふふ、とロジーは嬉しそうに笑った。
 既に居間には、全員が集まっていた。少し前に帰ってきたばかりの鈴原さんもだ。少し眠そう。
 吉田さんは顰めっ面、ティルカとロジーは楽しそう、室井さんは淡淡と膝に乗せてるノートパソコンをつついている。中央で、卓袱台に肘をついたまま薄く笑みを浮かべているのが杏ちゃん。ああ、目は笑ってないなあ。
 その卓袱台の中央には古き良きラジカセ、のような代物がある。これが、イヤリング無線の親機だ。みんなコレで、浜田の言ってたことを聞いていた訳だ。
「然し、面倒な話じゃな」
 言って、杏ちゃんは手を差し出す。封筒を見せろってことだろう。重いわよ、と前置きして彼女の前に置く。一応名刺をその上に。
 大仰なものを寄越しおって、とぼやいて杏ちゃんは開封した。とは言っても、カッターで上を切り裂いて。紐の意味ねー。へらりと名刺が卓袱台を流れた。
「杏姉様、名刺、良い?」
「構わん」
 紙束を引きずり出す杏ちゃんに断って、室井さんは名刺をしげしげと眺める。それから、ノートパソコンの方をしげしげと見て、
「うん、一応、間違いはないね」
「千頼ちゃん何見てるの?」
 鈴原さんが覗き込んでくるので、室井さんはパソコンを卓袱台に載せた。みんなにディスプレイが見える。そう云えばコレ、ティルカのじゃないか?
「ああ、頼姉ちゃんの部屋のPCに繋がってるんだ。部屋のは、重くて運べないから」
 あたしの疑問は顔に出てたのか、と疑いたくなるくらいのタイミングで、ティルカが解説してきた。何でも、何とか云う線で部屋のパソコンと共有になってるんだそうだ。だから室井さんは、居間に居ながら自室のパソコンを操作しているような状態らしい……なんのこっちゃ?
 ともあれ、画面には藤原不動産のホームページが出ている。あたしは不動産屋のホームページなんて見たことないけど、これじゃまるでゲームメーカーのページみたいだ。やたらめったら派手な作りになってる。
 それからね、と言いながら室井さんは、ディスプレイの上端を片手で、本体の方をもう片手で掴むと──カチリと音がして──くるりと本体を自分の方に向けた。って、何時の時代からノートパソコンは携帯みたいになったんだ? いや、突っ込むのは止そう、そういうものかも知れないし。
「あの人間達、浜田か、彼奴等も取り敢えずは、実在する社員だね」
 ページが切り替わる。従業員一覧とやらに、浜田と、あとの二人が載っている。まるで家系図みたいな図で、顔写真と氏名、年齢、役職名がある。ああ、さっき浜田の両脇に居た二人は八谷と金尾、か。八谷が二九歳で金尾が三一歳。浜田は五二歳だ。で、社長の藤原は六四歳……こういう仕事手、定年はないのか? ん? もう二人、見覚えのある顔が……
「こいつとこいつ……上田と、大塚。前に見たわ。確か……斜向かいの辻のところで」
 そう、あいつらだ。先月の話だけど。我ながら、よく覚えてたわね。
「トーコの厭な感じ、は大当たりだったのじゃな」
「そうみたいね」
 厭な方の予感は、よく当たるのだ。苦笑する杏ちゃんに、あたしも苦笑で頷く。
「藤原不動産。利便性と憩いを追及するワンランク上の生活スタイルを提案、がモットーの不動産屋だね。従業員は一応、社長以下二十人。新築の分譲・賃貸住宅と、中古住宅の再生もやってるみたい。ああ、古くて住みづらいマンションや住宅を買い取って、新しくて快適な住まいにするって意味らしいよ。だから子会社に建築屋と解体屋がいるね」
 料金もまあ、設備に対しては平均的な設定だそうだ。にしても室井さん、自分はディスプレイ見てないのによくスラスラと解説出来るなあ。
「頼姉ちゃん、あれだけの間に暗記しちゃったの?」
「これくらいなら、簡単よ」
 吃驚顔のティルカに対して、室井さんは実に穏やかに笑みを浮かべる。見れば、他の面子も一寸、呆れ混じりの吃驚顔。
 更に画面が切り替わる。これは、分譲マンションの室内写真だろうか。幾つかが現れては消えるが、どれも豪奢なものみたいだ。あたしには、縁なさそう。
「しかし、こんな豪勢なマンションばかり持っとる奴等が、何でこの【胡乱】に興味を持ったんだ?」
「建て替えたいんだとさ」
 顰めっ面の吉田さんの疑問に答えたのは、杏ちゃんだ。卓袱台の上の紙束に肘をつくその表情には、少しの疲労と多大なる呆れ返りが浮かんでいる。
「杏様、もウ全部読んだの?」
「真逆。最初の幾らかで充分じゃ」
 言って、杏ちゃんはぺしんと紙束を叩く。
「色色とおべんちゃらを並べておるが、要は古くなったこの【胡乱】を敷地ごと買い取って、でかいマンションを建てる相談じゃよ馬鹿馬鹿しい」
 鼻で笑う杏ちゃん。いや、だから目は笑ってないから……
「時時、出てくるんだよね。こういうバカ」
 肩を竦める鈴原さん。
「時時?」
「四五十年おきくらいに、こういう輩が出てくるのじゃ。毎度毎度、学習能力のない連中じゃて」
「仕方ないよ杏姉様、人間の寿命を考えれば、妥当なところだわ」
 そう言う室井さんは、何時の間にか又別の画面を複数出している。トーコも読むか、と紙束が押されてきた。取り敢えず、見てみようかしら。【お住まいの方方へのご提案】……どういう意味のタイトルなのかしら。
「でも、余計な御世話よね建て替えなんて」
「大方、この土地そノものが狙いなんじゃないですか。広いかラ」
 半眼の鈴原さんに、首を傾げるロジー。
「只の人間に利用価値なんてないぞ。くれてやる道理もないわ」
 呟く杏ちゃん、余裕たっぷりの笑みなんだけど、矢っ張り目は全く笑ってない。此処まで来ると、寧ろ怒っているようにも見える。怒ってるのかも。
「でも、確かに目を付けられるところではあると思うのよね。竹林も含めて、ここって可成り立地が良いんじゃない?」
「ああそうか、トーコは霊感を持っておらんから感じぬか」
 素直に思ったことを聞いてみたら、杏ちゃんからスチャラカな返答。なんなの?
「ここは、この【胡乱】は、“龍脈”を守る為に建っておるのじゃ」
 解説を始めてくれたのは吉田さんだ。しかし、龍脈ってまた、えらくファンタジー要素みたいな単語ねえ。
「簡単に言うと、物凄く“気”の集まる場所じゃ。只の人間には、全く何も感じられんのだが、それなりに霊感のある人間には、何か感じられるじゃろうな。
 儂ら妖にしてみれば、力の源と言っても過言ではない。だからこそ、不当な占拠・占有をされぬよう、杏様が中心となってここを守っておるのだ」
 厳密に言うと中心地は竹林とこのコーポの敷地の境辺り。だから、あの辺りだけ塀を付けてないんだそうだ。竹林が、あんなに生い茂っているのもその為らしい。吉田さん含め、此処の住人達は龍脈の恩恵に与りつつ、守っているんだそうだ。
 この龍脈とやら、コンクリートだのアスファルトだので覆ってしまうと良くないそうだ。本来は自然と噴出する“気”が滞ってしまうから。滞ってしまった“気”は自然界にも、彼等妖にも、場合によっては人間にも悪影響が出てくるらしい。何だか物騒だわ。
「だが、分からん輩から見れば此処は、ほったらかしの一等地に映るらしい。此処に馬鹿でかい高級マンションでも建てれば儲かるとか、そんな算段をする輩が時折、出てくるんじゃ。この藤原とか浜田とかいう連中も、その手合いじゃな」
「じゃあ、今迄はどう、対処してたの?」
 素朴な疑問。実力行使で追い返したぞ、と吉田さんは薄く笑みを浮かべて答えた。うわあお、想像したくねー。
「だが今回はトーコがおる」
 杏ちゃんの一言に、みんなの目があたしを射る。何? その期待に満ちまくった視線は……
「面白いことが出来そうじゃ」
 鋭い笑みを浮かべて杏ちゃんは、彼女にしては珍しく低い声を出した。
「じゃあ杏姉様、これ確乎り読んどかないといけなくない?」
 室井さんの呟きに、杏ちゃんの笑みが引き攣った。ややあってから、面倒な、と本当に面倒臭そうにぼやく杏ちゃん。
「じゃあ、先に読んどくね」
「アタシも見たーい」
 くっついてきた鈴原さん。だから重いってば。ああでも、揉まれないだけマシかな。
 と、電話の音が鳴り響いた。
 実は暫くの間気付かなかったのだが、この居間には固定電話がある。ダイヤルでは流石にないけど、ナンバーディスプレイもファックスもへったくれもない、旧世代の異物のような古式ゆかしき黒電話。
 そう、さっき浜田に渡した名刺の電話番号は、この電話に繋がる番号だったりする。