長編小説『遠山響子と胡乱の妖妖』3-6 | るこノ巣

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隙間の創作集団、ルナティカ商會のブログでございます。

すみません長いです(((( ;°Д°))))
どうにも区切りが悪くて、何処で切ったら良いか迷いに迷って、この有様です(>д<;)
の~んびりとお読みくださいませヽ(;´ω`)ノ

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇では本文です◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そしてあたしは、もう一度じっくりと紙束を読んだ。苛苛するけど注釈もちゃんと読んだ。
 どこだっけ、何処で引っ掛かったんだっけ……
 住居部分は三階からで、一階と二階は、事務所や店舗として使えるように作る予定らしい。そっちは既に、幾つか希望者が居るらしいが、書かれてある店舗名は、何れも大手百貨店やスーパーに入っているような店ばかり。これが実現したら、近所の小売店は潰れるかも知れない。
 そして……そうだ、此処だわ。現在の住人、つまりあたし達には完成までの仮住まいを用意し、マンションが完成した暁には最初に部屋を選ぶ権利を用意している。場合によっては、一ヶ月分の家賃を肩代わりしても良いとのこと。と云うことは、これは分譲ではなく賃貸……そうそう、此処だ。この辺りにも沢山の注釈が付いている。あんまりにも小さいから、見落としがちになるんだが。
 注釈二七から三一を踏まえて読み返せば、仮住まいは用意するだけ。マンション入居後にその分の家賃や光熱費は徴収することになっている。そして家賃は最低2DKで月二五万。この注釈がまあ、小さいのなんの。読ませる気無いな。
「だめだこれ」
「わたし達、騙される予定なんだね」
「へ?」
 ぼやいたところで、室井さんの頭が側で呟いた。毎度毎度、小さな吃驚。
「トーコちゃん、部屋に来て貰って、いい?」
「ええ、いいけど」
 面白いことに気付いたの、そう言って室井さんは先導していく。

「これを見て」
 今日は音楽が鳴っていない部屋で室井さんが最初に指し示したのは、数枚の紙切れ。ん? 顔写真と住所氏名、有効期限に車種……って、
「これ、免許証じゃん」
 名前を見て、と微笑みながら言われて、追及しそびれてしまった。しない方がいいのかなあ。えーっと、八谷洋一(やたによういち)、金尾博史(かなおひろし)、藤原孝弘(ふじわらたかひろ)に上田順平(うえだじゅんぺい)、伊達通男(だてみちお)と、大塚隆二(おおつかりゅうじ)、浜田浩助(はまだこうすけ)……あれ?
「室井さん、何で七人分しかないの?」
 藤原不動産従業員のものだとしても、確かホームページによれば従業員は全部で二十人だった筈。残りの一三人は免許持ってないのか?
「それで全部よ。ほら、次はこっちの映像ね」
 うふふ、と小さく笑って室井さんは真ん中のディスプレイを差す。どうやら、考える時間をくれる気はないようだわ。おや、これは何処の映像なんだろう。
 事務机が五つ、否六つか、向き合うように置いてあってどれも色んな物が積み上がってて汚い。六つの机を正面に見れる位置に、窓を背に少しだけ作りの良さそうな机が一つ。只これも、色色積まれててお世辞にも綺麗じゃない。壁際には、思いっきり事務的なキャビネットも並んでる。色色メモのような紙切れが貼られていて、矢っ張り小汚い。
部屋自体は明るいのに、あまりにも雑然としてる為か澱んで見える。
 その机に、それぞれ男が座っている。計七人。
 待って、意味が分かんない。頼むから一寸待って。
 言おうとしたら、今度は忙しない音が響いた。何事かと思えば、何だプリンターが動き出しただけか。吃驚した。
「ちょっと動いてみて、ロジー」
「へ?」
 今度は何なの? 画面に向かって何故か室井さんはロジーを呼んだ。と、
〈な、何だこれ!〉
〈うわあああっ!〉
 途端に、画面の向こうで男達が騒ぎ出した。そりゃあ、急に積んであった紙束が不自然に散らばったり崩れたりしたら騒ぐよね。って、何で?
「ロジーがカメラ取り付けに行ってくれてるの。藤原不動産本社にね。本社って、此処しかないけど。今はステルス状態だから誰にも何にも見えないの」
 便利ねえ、と言って室井さんは穏やかに笑った。おk、盗撮じゃねーか。
「ほら、丁度いいからトーコちゃんも連中の顔、よく見てみて」
「え? ええ……あ」
 慌てふためいてるから、何奴も此奴も彼方此方動きまくってるけど、黙って座ってるよりはよく見えるようになった。ああ、八谷と金尾が飛んでる紙切れを追ってる。藤原は這い蹲って床に散乱した紙切れの回収か。残りの奴は……免許証の奴はみんな居る。
「これが、藤原不動産従業員全員、だよ」
「は?」
「これだけしかいないの。ほら見て」
 いたってにこやかに、室井さんは言った。そして、促される通りに三つ目のディスプレイを見ると、藤原不動産のホームページ……あれ? さっきと違くないか? えらく清楚なデザインだ。
「わたし達もそうだったように、こいつらも偽装のホームページを持ってるの。わたし達が見たものが偽装の方ね。あの名刺に書いてあるアドレスから、一つだけ単語を抜くとこれが表示されるの。あっちのサイトにはカウンタがないから、変だなと思ったのよ」
「カウンタ? ああ、アクセスカウンターね。成る程、取引相手を安心させる為の大風呂敷をわざわざ用意してる訳か」
 頷いてはみたものの、アクセスカウンターのないホームページだって、過去にも見たことがある。多分本当は、もっと別の理由があるんだろう。言ってもあたしじゃ分からないから、レベルを落としてくれたのね屹度……ホントにパソコンの勉強した方がいいかも……
「あと、色んな資料も送ってもらってるから。ロジー、もう戻ってきていいよ」
 未だ、プリンターは紙を吐き出してる。にしても凄い勢い。印刷し終わった紙がプイと軽く飛んでいくほどだ。見れば、契約書と書かれた文字の羅列や建築途中らしき建物の写真、何かの図面、ああ、【胡乱】の写真まであるじゃない。どうなってんの?
「この間写した変な男達の写真もね、後で解析してみるよ。こいつらの中に、いそうだからね」
「そうね……いる気がするわ」
 あの夜見せて貰った写真。ハッキリとは顔が見えなかったけど、あの様子だと関係がないとはあまり思えない。
「ただいまー」
 ロジーの声が、窓の方から聞こえた。と思ったら、開いてる窓から何かスライムみたいなのが入ってきた。そっか、ロジーは自在に姿形を変えることが出来るんだっけ。ああ、何か持ってる。戻るの早いなあ。つーか、突っ込むのが面倒な気分なんだけど……
「室井さん、色色気になルって言うから調べてたでスよ。自分、お手伝いです」
 にっこり笑って、ロジーは持っていたアイロンみたいなものを軽く掲げた。一応訊けば、携帯型のスキャナーらしい。スキャンしたものは、さっきプリンターが掃き出したもの全てだそうだ。そのプリンター、今やっと最後の紙を吐き出したところだ。どうでもいいが、辺りに散乱しまくってるな。
 早速室井さんは、沢山の紙に目を通していく。頭がひとまず見回って、体が悠寛(ゆつくり)と紙を集めていく。手伝おうかとも思ったけど、余地はなさそうなので大人しく座ってることにした。
「お疲れ、ロジー」
「楽しかったですよ、潜入捜査」
 とても嬉しそうなロジー。おいおい、それは日本語では不法侵入というのだよ。でも、今の日本の刑法で宇宙人は裁けるのか?
「でも、折角の大阪、今度は観光で行きたイね」
「ゴメンねトーコちゃん、直ぐに纏めるから、何か飲み物持ってきて貰えると、嬉しいんだけど」
 室井さんはものを頼む時、何だかとっても申し訳なさそうな表情になる。その殆どが、大した事じゃないのにね。おっけーと頷いて一旦部屋を出る。

「ほら、これを見て」
 アイスティーを飲みながら室井さんが指し示したのは、さっきプリントアウトした紙の山の最初の一枚。尤も、三人とも紙束を見ながら床に直座りしてるのでティーブレイク的な優雅さは微塵も感じられないが。
 ん? これは……契約書?
「なにこれ? ニュークラウン山科……着工予定日……五月十二日?」
「元、悠木荘だったところだよ。覚えてる?」
「悠木荘? ……あ!」
 思わず声が大きくなってしまった。あの子だ。あの子狐、サツキちゃんが居たところだ。確かにあの時、コンクリートに埋め立てられたって言ってた。建て替え自体、随分急なことだって言ってたな。
「ロジーにスキャンしてきて貰ったのは、あの会社にあった資料なのね。こっちは、あの会社が子会社の建設屋に出した契約書ね。それからこっちは、大阪のマンションの契約書。場所、何処だと思う?」
 ぺらぺらと捲りながらの説明。そして数枚に渡って写真が出てきた。基礎って言うんだっけ、コンクリートの土台みたいなのが写ってるものや、道具を運んでいる作業員、計測をしている作業員が写っているものもある。待てよ、
「何処って……一寸待ってよ、見覚えがあるわこの背景。何で?」
「何時だったか、此処でテレビ観たでしょうトーコちゃん。あの時、焼けたアパートあったでしょ」
「真逆、あのアパート? 燃えたものを蹴っ飛ばしてた妖怪がいた? あそこもこの会社がマンションを?」
 頷いたのはロジー。更に紙を捲って、また別の契約書。薄れた記憶を頑張って掘り返す。記憶違いでなければ、このマンションの着工はアパート焼失事件から一月ほど後になっている、筈。
「偶然にしては、出来過ぎだと思わない?」
「本当に、不思議なこともあるんですねえ」
 それぞれが言いながら意味深な視線を寄越してくる。ニヤニヤと笑みを浮かべて。
 ……何なのあんた達、あたしにあの名言を言えとでも?
「この世の中に不思議なことなんてないんでしょ。これは厳然たる現実じゃない」
「流石に、ストレートには言わないね」
「トーコ、大ファンなのニね」
 一寸つまらなそうな二人。言わせる気満満だよド畜生。
「てゆーか、さあ……」
 いい加減、一度突っ込んでおいた方がいいだろう。不法侵入と、文書の無断複製、盗撮、バレたら大犯罪だ。
「いいのか? あたしは知らんぞ」
「誰にもバレてません。自分偵察係適任でス」
 矢鱈誇らしげにVサインするロジー。こういう時はロジーがうってつけだね、と微笑む室井さん。そして室井さんはパソコンを弄る。ディスプレイの一つに新聞の記事らしき紙片や契約書のような文の羅列が現れた。
「更に言うとね、遡ってみたら、この二件と同じようなことが起きてるの。六年前に一件、十四年前には二件。もともと古い建物があったところに新築マンション。六年前のと、十四年前の二件の内一件は、不審火で元の建物が消失してるの。そしてその後、やけに早く粛粛と、藤原不動産の名の下に高層マンションが建ってる」
 おいおい、妙なことになってきたぞ? これじゃあまるで、藤原不動産が新築マンションを造る為に何かしてるように見えるじゃない。弁護する気はサラサラないけどな。
 もし仮に、本当に彼奴等が何かしているのだとしても、一般的には高層マンションなんて彼方此方にどんどん造られているこのご時世、何処かの不動産屋が短期間に複数のマンションを建設するなんて、珍しくも何ともない。
「ほら、こっち見テくださいトーコ」 
 ロジーが、紙束の数枚を指差してる。何枚もの写真、これは【胡乱】の写真だ。色んなアングルで撮られている。夜のものもある。室井さんが見かけた時のものだろうか。そして、一番下の紙には建築依頼書、とある。
「何よこれ、胡乱跡地ってあるじゃない。着工予定日は……八月下旬だって?」
 なんて事だろう。もう、そんな事まで決まってるのか? 今日は七月十日だ。その予定から行くと、あたし達は今月中に……
「このままだと自分達、今月中に追い出されルですよ、きっと」
 心配そうな表情で、ロジーは言った。あたしも、同じ事考えた。室井さんも、表情が翳っている。妙な沈黙が広がる部屋に、パソコンの機械音だけが空しく響いた。