長編小説『遠山響子と胡乱の妖妖』2-4 | るこノ巣

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隙間の創作集団、ルナティカ商會のブログでございます。

「ああいう、お門違いなことを考えるバカが最近多くて困るのよね」
「どうして人間より妖怪の方が上、なんて発想になるのかしら」
 肩を竦める鈴原さんに、首(この場合は頭?)を傾げる室井さん。ダイニングのテーブルに落ち着いて、話は続く。
「経験や知識が不足しておるか、或いは己の力に傲慢になっておる者が陥りやすい錯覚じゃな。ああいう虚(うつ)けは、奴のように直ぐ暴走するから困る」
 一転して杏ちゃんは呆れ顔。
「妖怪に限った話ではないがな。今のこの世界には、様様な力が存在する。純粋な妖力は勿論、鈴原のような客商売のセンスや、室井のようなコンピューターへの造詣だって力の一つ。
 様様な分野において多種多様な力が存在するこの世で、何故たった一つの力に多少秀でているくらいで偉ぶるのか、理解に苦しむよ」
 そして、今度はにやりと、あたしを見る。
「だから、トーコは凄いのだ」
「へ?」
「どんな奴に対しても平等に相対することができる根性と、揺るがないスタンス。そんなものを持てる者など、妖にも人間にも、そうそうおらぬよ。素晴らしき力だ」
「な、ななな何よ急に……」
 キッパリと言われたけど、そんなカッコイイ自覚は全くないよあたし。ああ、照れる。顔から火が出そう。
「わたし達の分まで怒ってくれて、ありがとうトーコちゃん」
「室井さんまで……ちょ、やだよ何か」
「照れてるトーコ可愛すぎー」
「ぎゃあっ」
 頬を舐められた。今度は見なかったことに出来ない。杏ちゃんの笑顔が、あっと言う間に呆れ顔になる。
「鈴原よ、頼むから一線は越えるなよ?」
「大丈夫よ」
 半眼で見遣る杏ちゃんに親指立てて満面の笑顔を返す鈴原さん。その即答ぶりが怪しすぎる。つーか、一線って何よもう……小さな声でだけど、室井さんも笑ってるし。突っ込みきれないわ。
 何か飲もうと呟く鈴原さんと、わたしは洗い物とどんぶりを抱えて室井さんがキッチンの方へ向かう。ああ、あたしも何か飲もうかな……
「しかしトーコ」
 立ち上がったあたしに掛けられた声。振り向くと、少しだけ眉を寄せて、杏ちゃんがあたしを見上げている。 
「なあに?」
「お主、真逆……」

 先に女だけで夕食。ティルカに言った通り、冷やし中華だ。雨が降り出したので寒いかなあとも思ったけど、今更変えるのも面倒だし、サッパリしてていいとみんな言ってくれたのでホッとした。念の為と作った餃子も好評で何よりだ。
 で、鈴原さんが出勤して程なく、男達が揃って帰ってきた。ティルカと吉田さんは傘を差していたのだが、ロジーは両手一杯の荷物で傘も合羽もない。なのに、全く濡れてない。
「何で?」
「うふふ、素敵シールドですネ。コレとっても便利」
 荷物だけ先に足下に降ろして、ロジーは自分の頭頂部を摘んだ。ように見えた。すると、薄いビニールみたいな感じに見えるものがその手に摘まれて引き上げられていく。譬えるなら、携帯電話買った時に画面に付いてるシートみたいな、そんな感じ。どうやら、そのシート、つまり素敵シールドとやらで全身を覆っていたのだ。次に、荷物にも同じような手振りをする。荷物も覆ってたのか。それで、全く濡れなかった訳ね。
「今日はみんなにモお土産あるですよ」
 摘み上げたシートをくるくると両手に巻きながら、ロジーはニコニコと言った。と、思ったらシートは消えてしまった。何処へ? って、聞くだけ野暮かな……宇宙人はよく分かんないわ……
「トーコ姉ちゃん、腹減った」
「はいはい、用意してっから手ぇ洗ってこい」
 はーい、と威勢良く返事して、ティルカは洗面所へと駆けていく。後を追って吉田さんも。ロジーは荷物を居間に運んでから向かうとのこと。その間に餃子を焼こう。
 
 さて、あたしはコレが二回目なのだが、ロジーの買ってきた物というのは、みんな結構楽しみにしている。例え自分へのお土産でなくても、見てるだけで楽しいから。ロジーの買い方は豪快なのだ。居間にみんな集まってのお披露目タイム。
「杏姐さんはコレね」
「ほう、中中センスが良いな」
 反物だ。黒を基調にした、桜の柄が美しい反物。早速仕立てに出さねば、と嬉しそうな杏ちゃん。ワクワクしてるのがよく分かる。
「吉田さんハこれ。美味しいといいな」
「……すまんな」
 テンションを抑えて言ったつもりなんだろうが、喜びが顔中から滲み出てる吉田さん。渡されたのは、見たことない店の名前だけど、ロールケーキ。お菓子大好きなんだよね、吉田さん。顔に似合わず、なんて言ったら悪いけど。
「ちよちゃんは、コレで良かっタかな?」
「わあ、合ってる。ありがとー」
 此方はふんわりと微笑む室井さん。それが何なのか、あたしには分からない。機械的な物体にしか見えない。
 因みに鈴原さんへのお土産は香水だそうだ。まあ、仕事が仕事だから、香にも気を遣うんだろうな。
「ティルカ、残念だけドお目当てのゲームは売り切れだったね。その代わりに、これネ」
「え? マジで?」
 売り切れと聞いた時には歪んだ顔が、渡された包みを受け取った途端、驚愕のそれへと変わる。包みの中身は、数枚のカード。どれも綺麗なイラストが描かれているが、カードゲームについてはあたしはよく分からない。ん? ああ、付いてる値段がスゲーや。
「ありがとロジー! すっげー!」
 カード片手にロジーに抱きつくティルカ。よっぽど嬉しいんだな。
 と、一頻り喜びを受けたロジーは紙袋を一つ、手繰り寄せた。やけに大きいけど、その割にはあんまり重みを感じない紙袋。
「トーコには、コレね。是非とも、着てみて欲しイなって」
「へ?」
 服か? まあ、確かにあたしの服と言えばTシャツにジーンズかキュロット、が殆どだから、偶には違うテイストのも着てみろってことなのかも知れないけど……!
「おいちょっと待て!」
 取り出した服に、思わず突っ込んでしまった。うふふ、と笑うロジー。
 紺色のワンピース、フリル一杯のエプロン、可愛らしいカチューシャ、いやヘッドドレス? それからコレもフリルだらけのドロワーズ、白のニーソックス……メイド服じゃねーか!
「おお、いいんじゃないかトーコ。偶にはこういう服も」
「着てみて、トーコちゃん」
「ちょっと破廉恥ではないか?」
「いいよトーコ姉ちゃん成人してるもん。じーちゃん鼻の下伸びてぶふっ」
 余計なことを言って殴られるティルカ。てゆーか、お前ら……
「……変な期待するなよ?」
 もう、いいや。着てやろうじゃないか今から!
 全員のニヤニヤ笑い(吉田さんだけは、隠したかったのかそっぽ向いてたけど)に送られながら、あたしは部屋に駆け込んだ。もう、今日はヤケクソだ。朝からセクハラばっかりだったからな。怒鳴って疲れたし。ああ、裾が短い……

 もう、結果だけ言わせてくれ。ウケたよ、物凄くな。何奴も此奴も携帯で撮りまくり。室井さんがブログにアップするとか言うのを必死で止めたけど……屹度そのうち、晒される。鈴原さんが居なくて良かった。本当に良かった。
 二度としねーぞ、こんなカッコ。でも屹度、また着てくれって言われるんだ……

 その後がお風呂。特に誰から入るとか言う決まりはない。そして、まあ酒を飲んだりテレビ観たり、思い思いに過ごして思い思いに寝る。そんな感じ。
 今日はイベントが多かったけど、いつもはもう少しおとなしめに日常が過ぎていく。セクハラ以外は、この一ヶ月半でほぼ慣れた。楽しくてマターリで、偶に騒騒しい日常だ。