民法の改正について | 第6の権力 logic starの逆説

民法の改正について

民法の改正については、直接はこのブログの趣旨には関係がありませんが、国民の生活に大きなかかわりを持つものであるのに、政争に比べて、あまり報道されないので、ウォッチしていくこととしています。


平成21年夏までは、民法改正は、財産法の改正が主に論じられていました。

なぜ、民法の改正が議論されているのか、その必要性は、私は実はよくわからないのですが、

(1)今の民法をみても、よくわかならいということ

(2)今の民法と、実際の裁判での結論(判決)との違いが大きいこと

の二つが理由であると思います。


しかし、今の民法と、実際の裁判で結論(判決)が違うということが、そもそもおかしいわけで、裁判の判決は、民法にそってなされなければならないはずです。

勝手に民法を無視する判決を裁判官がしており、それを法学者やマスコミが批判をしないので、民法と判決との違いがどんどん大きくなってしまったのではないでしょうか。

その結果、今の民法をみても、実際の裁判になったらどうなるか、わからなかくなってしまったのではないでしょうか。


すなわち、民法を改正する必要はあまりなく、ちゃんと法律にもとづいて判決をするように、裁判のほうをあらためる必要がある、というのが、私の基本的な考えです。

それが、裁判の結果にあわせて法律を改正し、へんな民法になってしまうのではないか、ということを危惧しています。


民法改正で最も大きく論じられているのは、契約を守らなかったとき、守らなかったことに過失がなくても、責任を負うことにしよう、ということです。

しかし、現在の民法をみても、契約を守らないことによる損害賠償責任については、「過失があった場合に」ということは記載されていないのです。

現在の民法を素直に読んで、あてはめれば、契約を守らなかった場合には、過失の有無にかかわらず、責任を負うということになるのです。

それを、過失がある場合のみに責任を負うというような判決がなされ、法学者もマスコミもそれを否定せずにいたために、定着してしまったということなのです。

ですから、民法改正は、もともとも民法の内容をより明確にして、これまでの誤った裁判や、法学者の意見を修正するものととらえるべきだと思っています。


また、民法改正が必要な理由として、よく「詐害行為取消権」が取り上げられます。

100万円の借金がある人がいて、その人の唯一の財産である宝石が時価100万円であったとします。しかし、その人はその宝石を100万円で売っても、全部借金の返済にまわさなければなりません。それで、やけになって50万円という安い値段で売ってしまったとします。そうすると、その人に100万円を貸していた人は、借金を回収できずに困ってしまうので、この50万円での売買を取り消すことができるようにするというのが、「詐害行為取消権」です。

民法改正が必要だ、という人は、この「詐害行為取消権」が「腐っている規定」だといいます。

しかし、はじめてこの規定をこのブログで知った方は、どう思われるでしょうか。

この説明を見て、「腐っている」と思いますか?

そんなことはない、有意義な規定だと思うのではないでしょうか。

この「詐害行為取消権」が「腐っている規定」だという人は、ただ取り消すだけでは、また同じようなことを繰り返すのを止めることができない、と言います。

しかし、その場合には、また「詐害行為取消権」を使えばよいわけです。

それでも不十分だと考えるのであれば、財産の処分を制限するしかありません。それは、「詐害行為取消権」が不十分だからではなく、「詐害行為取消権」とは別の「財産処分制限制度」をつくるかどうか考えるべきなのです。(そうした「財産処分制限制度」は、本当は民法ではなく、民事執行法や破産法といわれる制度の領分であり、わたしは現行法の規定で十分だと考えていますが、不十分だとしても、それは「詐害行為取消権」の問題では本来ありません。)

それを「詐害行為取消権」という民法の規定で解決しようとして、へんな判決がでたり、法学者がへんなことを言い出したために、おかしなことになってきたのではないかと思うのです。


他方、政権交代ののち、民法の財産法ではなく、家族法関係の改正が論じられるようになってきました。

12月24日の千葉法務大臣も記者会見で意欲を示しているようです。

改正の議論にあがってきそうなものは、

(1)成年を20歳とする規定をあらため引き下げる

(2)婚姻外の子における相続差別の撤廃

(3)離婚後の女性の婚姻制限期間の短縮

(4)夫婦の氏を同姓強制から、同姓別姓選択制にする

(5)夫婦貞操義務を定める

(6)夫婦財産契約の法定化

(7)婚姻外カップルの制度化および保護

といったことです。


家族法分野については、どちらが正しいというよりも、価値観の問題が強いと思われます。

もともと、家族法について熱心に取り組んでいる人は、家族法を変えたいと考えている人ですから、価値観としてバイアスがあるといわざるをえません。

価値観を排除して考えると、


(1)民法上の成年は20歳ですが、刑法はもっと若く、税金は、何歳であってもおさめなければなりません。刑法や税は義務で、民法や選挙権が権利であると考えれば、権利がない者に義務を課すというのはフェアではありません。民法や選挙法上の成年は引き下げるというのがフェアであろうと思われます。


(2)婚姻外の子についての相続差別は、もともとまったく根拠がないといわざるをえませんので、はじめから問題があったと言わざるをえないでしょう。


(3)離婚後の女性の婚姻制限は、子の父親を明確にするためにあったわけですので、DNA鑑定なので、父親の判別が科学的になされるようになった現代では、撤廃してもよいでしょう。もともと、民法上の親子は、形式主義をとっています。科学的に血縁関係を証明することが難しかったからです。ですから、民法上の親子について、形式主義をあらためて血縁主義をとすることが前提で、それにあわせて婚姻制限期間も撤廃するのが整合性があります。婚姻制限期間のみを撤廃・短縮すると、他の規定との不整合が生じます。


(4)夫婦の氏については、同姓別姓選択制は別姓を強制しないという点で優位です。同姓強制は別姓を望む人にも同姓を強制するということから、同姓強制論者が選択制を否定する根拠を示していない以上は、強制のない選択制を否定することはできないと思われます。


(5)現在の民法には、夫婦貞操義務はありません。まるで、貞操義務があるかのような判決がなされていますが、明らかな誤りです。その誤った判決に合わせて民法を改正しようという、おかしな議論です。貞操義務は、法律上強制することはできません。法律とは無関係の、倫理・道徳の問題とみるべきです。法律上の婚姻とは、相互扶養と相続の発生という、外形的なものです。法律が倫理・道徳を規定することはできないし、すべきではないと考えます。


(6)夫婦財産契約というのは、今でもできることで、普通の契約と変わりありません。それを、夫婦以外の第三者にも主張して、優先できるようにしようということですが、これは、第三者を犠牲にして、夫婦間の取り決めを保護しようということです。密接な関係がある夫婦よりも、むしろ第三者を保護すべきであると私は考えます。


(7)婚姻外カップルは、法律上、一切保護されない、ということでよいと私は思っています。法律上の婚姻とは、相互扶養と相続の発生という外形的なもので、それを選択しなかったのですから、法律上の保護がないのは当然だと思われます。夫婦は、婚姻届を提出することによって戸籍に記載され、誰にでも明らかになるために、第三者に対しても主張できるのであり、戸籍に記載されいてない夫婦関係は、登記されていない土地の取引と同じで、当事者間では約束を守るよう主張できても、第三者に対してその約束を主張することはできないはずなのです。


要するに、民法は、家族法であっても、道徳法でもなく、倫理法でもなく、相続をはじめとする家族間の権利と義務を定める財産の法律であるということを、忘れるべきではないと考えます。

感情的な主張ではなく、事実を整理して、客観的に考えることが必要です。

また、国民におおきな影響を結果的に及ぼすものであるので、国民がよく知ることも大切だと思っています。


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