民法改正の新聞記事について
平成21年4月19日の日本経済新聞の朝刊に「民法、抜本改正へ」という見出しの記事が掲載されました。
民法改正は、市民生活や、社会のあり方に大きな影響を及ぼすものであるため、チェックしていきたいと思っていますので、紹介したいと思います。
記事の内容によりますと、改正の焦点となるのは契約の賠償責任で、「『過失の有無』を重視してきたこれまでの考え方を『契約を守れなければ一定の責任が生じる』という原則に改める。例えば売り手が期日までに商品を引き渡さないトラブルの場合、現行法では『仕入れ先の納品遅れ』など売り手に過失がなければ賠償責任もない。改正法では、売り手に一定の賠償責任を負わせる」とのことです。
しかし、実は、現行の民法でも、契約が守れなかった場合の賠償責任については、過失がなければ賠償責任もない、とは書いてありません。
民法415条は、このように定めています。
「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」
1文目を見れば、明らかに、契約を守れなければ、常に損害の賠償を請求されると読めます。
なお、2文目では、「履行をすることができなくなったとき」は、「債務者の責めに帰すべき事由」がある場合には、賠償責任を負うとありますので、「債務者の責めに帰すべき事由」がない場合には、賠償責任を負わないように読めます。 しかし、これは「履行をすることができなくなったとき」に限ります。「仕入れ先の納品遅れ」があっても、「履行ができなくなった」わけではありません。仮に仕入れ先が倒産したとしても、他の仕入れ先を探したり、手をつくせば、履行は可能です。たとえば世界で1つしかない美術品を売買する場合で、その美術品が焼失した場合には、「履行をすることができなくなったとき」に該当しますが、引き渡し前に焼失した場合には、ほとんどの場合が、債務者の責めに帰すべき事由があったといえるでしょう。(例外は天災や戦争でしょうか)
これに対して、契約がない場合の賠償責任(いわゆる不法行為)については、過失の有無が重視されます。
民法709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。
民法415条と民法709条を比べれば明らかなように、契約が守れなかった場合には過失がなくても賠償する、契約と無関係に他人に損害を発生させたときには故意か過失があった場合に賠償する、というように、民法は定めているのです。
しかし、それを、なぜか、契約がある場合も過失がある場合に限って賠償責任が生じる、というように法律学者が勝手に主張し、裁判所も法律を無視してそのような判決を出してきたというのが、これまでの経緯なのです。
民法415条は、平成16年に改正されています。
これは、「口語化」といわれるもので、わかりやすい言葉に改正しようとするものです。
平成16年改正前の民法415条は次の規定でした。
「債務者カ其債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得
債務者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキ亦同シ」
現在の民法415条は先に書いたように
「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」
ですから、意味は同じです。
この平成16年の改正のさいに、当初は、
「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき、又はその履行をすることができなくなったときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」
というように改正する案が示されました。
2文目を見るとわかるように、「債務の不履行が債務者の責めに帰することができない」場合には、履行ができなくなったときに限らず、賠償責任がないとするものです。
改正前の民法の定めを無視した法律学者の主張や裁判所の判決にあうように、内容まで改正しようとしたのです。
しかし、最終的にはこの改正案は採用されず、意味を変えない口語化の改正がおこなわれたわけです。
それにもかかわらず、まだ、契約が守れなくても過失がなければ責任がないという考え方が法律学者や裁判所の判決では当然のようにまかりとおっているのです。
平成21年4月19日の日本経済新聞に掲載された記事は、契約が守れなかった場合には過失がなくても賠償責任が生じるということをもっとはっきりと法律に書き込むことによって、法律を無視してきた裁判所の判決を正そうとするものです。
このブログの前のエントリーでは、法律を無視して裁判所が法律とは違う判決してきており、この判決にそって法律を改正しようという提案が法律学者からなされている状況について紹介しました。
http://ameblo.jp/logic--star/entry-10159508529.html
これとはまったく逆の動きです。
前のエントリーにも書きましたが、わたしは、どちからといえば、法律を無視した判決にもとづいて法律を改正するよりも、法律を無視した判決がなされることのないよう現在の法律の内容を変えることなくより明確にするほうを支持します。
日本の法律は高度に整合性がとれており、それにもかかわらず、たまに裁判官が、直感的な思いつきで法律を無視したり、法律の規定に気づかずに、おかしな判決を書いている、というのが実態だと思っています。
今朝の新聞記事をみて、少し安心したところです。