わたしが愛した607たち (その5) SANSUI (サンスイ) AU-α607KX | B級お~でぃお色ざんげ (旧 B級お~でぃお珍道中)

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わたくしを通り過ぎた、お~でぃお機材(中古ばっかり)たち(笑)

前回の607DR さんは、確かに優れものではございました。

けれど彼女の芸風には、山水さん伝統の香りが強く付きまとい、

607MRさんの印象に 続くには、またしても程遠い道程として、

わたくしの心には感じられたのです。


されどこの、2008年の早春当時、

わたくしに残された時間や懐具合にも、

同じく一筋縄では行かない現実が、待ち受けておりました。


そしてそれは、まさしくラストチャンスでした。

件の 「や●おく」 なるテレクラで、祈りを込めたわたくしのラヴコールに、

このKXさんにはどうにか、応えてもらえたのです。


かくして彼女は、わたくしのもとに舞い降りました。

しかし、その歌声に、またしてもわたくしは、驚きを禁じ得なかっのです。


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彼女の歌声は、確かに繊細でした。

彼女の歌声は、確かに柔らかでした。

彼女の歌声は、確かにしなやかでした。

彼女の歌声は、確かにリリカルでした。

そして確かに、彼女の歌声は、陰影に満ち溢れておりました。


けれども、このひとの歌声は、MRさんの明晰さなど、

及びもつかないものでございました。

さりとてDRさんのような、端正かつ往時を偲ばせる力強さとも、

遠く隔たってしまっており、

「未熟」と申し上げてしまったLえくすとらさん の唄ですら、

このひととくらべたときには、開放的なエッセンスに満ち溢れて

聞こえてしまう始末だったのです。



“幽玄”


これは大げさとしても、ほかの名跡であれば、

このような芸風であろうと、むしろ完成度の高い表現として、

世の中に受け入れられたことでございましょう。


しかし一体、どこのどなたが、このような言葉を、

“山水”の名跡に求めたものか???

※ 社名だけを見れば、確かに似合いの言葉だけれど(笑)


そんなもの他の名跡に、任せておけばよかろうに!!!などと、

切ない思いでコールした、最後のチャンスだったのにぃ!!!、などと、

呼びつけておきながら、ほとほと大人気ないわたくしの癇癪ぶりを見て、


このひとからは早々に、愛想を尽かされてしまい、

床を暖める間もなく、わたくしのもとを立ち去っていかれたのです。