サインバルタ、よくある質問 (最後) | kyupinの日記 気が向けば更新

サインバルタ、よくある質問 (最後)

Q9、サインバルタと妊娠について教えてください。

 

A9、サインバルタの添付文書では最初の禁忌の欄に妊婦は挙がっていません。日本の添付文書では、サインバルタは「治療上の有益性が危険性を上回る場合にのみ、妊婦ないし妊娠している可能性がある患者さんに投与する」といった記載です。

 

あのモーズレイの最新(12版)の処方マニュアルでさえ、「妊娠中の抗うつ剤の治療は一般的である。オランダでは最大2%の妊婦が妊娠第一三半期に、アメリカでは10%の妊婦が妊娠中のいずれかの時点で抗うつ剤を服薬している。またその割合は増加している」と記載してます。

 

イギリスでは、抗うつ剤を投与されている妊婦は妊娠の早期に服薬を止めてしまう(6週以内)と言われており、この辺りにもイギリス人の向精神薬嫌いが顕れていると思われます(むしろ、モーズレイのマニュアルはその過敏さに辟易しているような記載になっていることが興味深い)。

 

モーズレイでは、妊娠中の抗うつ剤の中止による精神症状の悪化率の高さや、むしろ妊娠継続の安全性が損なわれてしまうことを懸念しているように見えます。「一般に使用される抗うつ剤による重大な催奇形性がないことは確かであり、中には特定の先天奇形と関連づけられるものもあるが、多くは稀である。これら潜在的な関連性のほとんどは追認されていない。」という風に記載されています。

 

このような記載になる理由の1つは、調査の際に、うつ病、うつ状態に至った患者の遺伝的要因の関与もあるため、薬物による影響を明確に分離できないことも大いに関係しています。例えば、背景に自閉性スペクトラムの所見がある女性患者のうつ状態に抗うつ剤が処方されたケースで、出産した子供が自閉性スペクトラムであった場合、抗うつ剤がどの程度関与していたか判断できないなどです。(一般に重大な自然奇形のリスクは2~3%あり、これは妊娠40件に1件)

 

歴史が長い3環系抗うつ剤、SSRIは研究が多く、やむを得ず使うとすれば、3環系抗うつ剤ではノリトレンが推奨されています。その理由は、トリプタノールやトフラニールに比べ、抗コリン作用や血圧低下作用が少ないためです。アナフラニールは心血管障害との弱い関連は除外できず推奨されないとされています。

 

SSRIでは、ジェイゾロフトが最も経胎盤暴露が少ない薬とされています。また、SSRIには重大な催奇形性はないと考えられており、ほとんどのデータはプロザックの安全性を支持しています。ただし、SSRIは奇形の発現率を全体にやや増加させるという研究もあり、データベース研究とケースコントロール研究では、SSRIと新生児の無脳症、頭蓋骨癒合症、臍帯ヘルニア、持続性肺高血圧症の関連性が報告されていますが、これらの関連性は再確認されていません。

 

パキシルは心臓奇形の関連性が報告されており(このためにFDA催奇形性評価が悪化した履歴あり)、特に妊娠第一三半期のパキシル高用量(25㎎超)が投与されたケースでの関連性が報告されているものの、後の一部の研究では、パキシルと心臓奇形の関連性は確認できませんでした。むしろ他のSSRIで心臓奇形への関連性が示唆されています。1つのデータベース研究では、子宮内でSSRIに暴露された胎児では、アルコール関連障害が対照群の10倍になり、妊娠中の飲酒により胎児に心臓奇形が発生するリスクについて注意喚起されています。

 

SSRIは妊娠週数の僅かな減少、自然流産、低体重児(175g)と関連があるとされていますが、むしろ母親がうつ病、うつ状態だったことが主に影響している可能性があります。SSRIに暴露された胎児の神経発達転帰に関しては、SSRIの安全性が示唆されているものの、データは決定的ではないとされています。「SSRIよりも母親のうつ病の方が胎児の発達に目に見えて有害であるかもしれない」という記載もみられます。(モーズレイ)

 

サインバルタに関しては、例えば、233名の女性を妊娠から出産まで追跡した前向き試験では、特定のリスクはみられなかったなどの報告もありますが、3環系抗うつ剤およびSSRIに比べ、サインバルタなどのSNRIはかなり資料や知見が少なく、また上の研究もN数が少なく、決定的とは言えないでしょう。総合的にみると、サインバルタ服薬の際の妊娠の安全性に関して、資料が不足しているといった感じです。

 

なお、あの向精神薬嫌いのNICEは、難治性うつ状態に関して、薬剤併用療法の前、ないし薬剤併用療法の代わりにECT(電撃療法)を用いることを推奨しています。

 

参考

ラミクタールと妊娠・出産

モーズレイ処方ガイドライン(11版)のうつ病の薬物治療と自殺に関する記述

ハルシオン