治験時の条件の良い症例 | kyupinの日記 気が向けば更新

治験時の条件の良い症例

向精神薬の治験に選ばれる患者さんは、実際の臨床場面より条件が良い人が選ばれることが多い。そのようなことから、治験では目立たなかった副作用が、発売後、比較的多くみられることがある。

条件が良いとは、例えば、身体ないし精神科の合併症である。極端な例を挙げると、抗精神病薬の治験でクッシング症候群や甲状腺機能亢進症、心臓や肝臓の疾患を持つ人は極めて選ばれにくい。また、それまでの治療履歴で条件に沿わない人は避けられる。

このようなことから、出るべき副作用が治験時にあまり出てこないことがある。ジプレキサやセロクエルは発売時には糖尿病でも処方可能だったが、発売後、身体的に糖代謝の面で極めて条件の悪い人たちにも処方されたこともあり、糖尿病の悪化により死亡事例も出た。そのような経緯でジプレキサとセロクエルは糖尿病は禁忌に変更されている。

これはあまりにも過剰反応と言える事件で、ジプレキサやセロクエルは今や統合失調症だけでなく双極性障害にも有用な薬なので、「原則禁忌」くらいに緩和した方が実臨床に合うといった記事もアップしている。

精神科以外でも、例えば降圧剤のアンジオテンシン変換酵素阻害剤(レニベースなど)は、治験時には咳嗽の副作用は目立たなかったという。咳嗽は発売後、臨床医により気付かれた副作用である。これは条件の良い症例を集めたというより、咳嗽が副作用として認識されなかったからかもしれない。現在、この咳嗽の副作用を利用して誤嚥を防ぐために処方されることもあるらしい。

抗精神病薬では、定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬の治療成績があまり変わらないと言う論文がある。しかし、非定型抗精神病薬の方が明らかに副作用(特にEPS)が少ないはずである。なぜなら、非定型抗精神病薬には本来そのような位置づけがあるほどだからである。(EPS=錐体外路症状)

臨床的には、治療の善し悪しは単に幻聴が弱まったとか、妄想が目立たなくなっただけではなく、副作用の多寡を含めた総合的なものであるべきで、定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬の治療成績が同じであるはずはない。

ところが、現実的には、臨床場面でも非定型抗精神病薬も治験時よりはるかにEPSが出ることも確かである。これは治験時に条件の良い患者さんが選ばれていることと大いに関係がある。

これは、発売前にその薬が副作用が少ないことを強調したいという製薬会社の意向もかなり影響する。実際に副作用が少ないのは確かなのだが、ある種の誇大広告である。

ノルバティス・ファーマのディオバンの事件だが、元々、ディオバンは優れた降圧剤だったのだが、付加価値を付けてより売り上げを伸ばそうとしたものである。いかにも外資系製薬会社がやりそうなことだ。

なぜ、このようなことが生じるかだが、上場会社なのでその期に大きく売り上げや営業利益を伸ばしたいことが大きい。それがその期の株価に影響するし、CEOの評価にも直結する。つまり、営業活動が目先的になるのである。

なお、マイクロソフトのビルゲイツが長く社員にビジネスクラスを使わせなかったのは、利益が減るからではなく、ビジネスクラスもエコノミーと同じ時間に着くからという話である。

サントリーは未だ上場していない日本を代表する会社であるが、何十年間も赤字を垂れ流しながら、ビール部門を諦めずに継続していた。その結果、あのプレミアムモルツが誕生したのである。あのヒットにより、サントリーのビール部門は黒字を挙げられるようになった。

また、サントリーは日本の良い水が自社の製品の品質に貢献するので、山に植樹することもほぼ全社員で行っているという。このように、直接、その期の営業成績に関係しないことができる余裕も、非上場会社であることが大きく関係している。(目先にこだわると壮大な計画は立てられない)

日本製品の品質の良さは、目先にこだわらない上場会社らしからぬ営業姿勢も関係している。(サントリーは2018年頃、上場予定と言う話)

なお、現在、ノルバティス・ファーマは以前ほど活発に営業活動ができないためか、イクセロン・パッチは、小野薬品のリバスタッチ・パッチほどは売れていない(併売品)。

非定型抗精神病薬の特徴は、定型抗精神病薬より確かにEPSの出現率が低いが、全く出ないわけではなく、また非定型抗精神病薬の種類によっても出現率は異なる。

また薬剤性パーキンソン症候群の多寡は用量に依存し、アカシジアはさほど用量に依存しない傾向がある。エビリファイのアカシジアが少ない用量(例えば1.5㎎でさえ)でも出現する人がいるのはそのためである。

その一点(1.5㎎の用量でアカシジアが出ること)を取って、エビリファイは副作用が多いとか出やすいと評価するのは間違っている。そうでない人も多いからである。

精神医療の周辺では、さまざまな背景や視点での統計や論文があるので、恣意的に拾って来ればどのようなネガティブな主張も可能である。

しかし実臨床場面では、抗精神病薬に限らず、向精神薬全般でより優れたものが発売され続けていることも確かなのである。

参考
SDA
ジプレキサとセロクエルは糖尿病では原則禁忌に変更してほしい話
リーマスとポテトチップス
向精神薬のスティグマと離脱症状について
精神科医が自分の家族や親戚に向精神薬を普通に使う話