紹介状の「どのように治療しても難しい」という付記 | kyupinの日記 気が向けば更新

紹介状の「どのように治療しても難しい」という付記

紹介状に前医から、「どのように治療しても難しい」という付記があることがある。このような患者さんの処方は概ね2種類に分けられる。

1つは、どのような薬も副作用などで飲めないか、あるいは有効でないため、薬がほとんど処方されていない人。例えば以下のような処方。

レキソタン 5㎎

とか、

サイレース 2㎎

など、抗不安薬か眠剤が1剤だけ処方されていることが多い。この処方の記載の前に、それぞれの薬によりいかなる結末に至ったか書いてあるものもある。ここまで記載する医師は真面目な人だと思う。

もう1つは、そこそこ薬が処方されているが、いまいち迫力がないもの。比較的多剤だが、量はあまり出ていない。

良く考えると、たとえ難治性だとしても、大量多剤だと「どのように治療しても難しい」とは記載しにくいような気がする。あまりにも言い訳がましくて。

このようなことから、紹介されて来るような人で、どのような道筋でも良くならない人は、半ば諦めて、たいして治療されていないことの方が多い印象である。

ある時、どのようにやっても難しいといった記載で、デパスだけ処方されている患者さんが来院した。前医によると診断は統合失調症であるが、本人が抗精神病薬はあれこれ副作用がどうだとか言って飲まないらしい。

統合失調症なのに、デパスしか処方されていない!

これは自分にとってかなりdéjà vuな事件と言える。

この人は難治性とはまた異なり、薬を飲まないので精神面が安定していないだけである。しかし、副作用を強く感じ本人が服薬しない以上、コントロールは難しいと言えた(外来では、服薬するかどうかは任意)。

この患者さんは、仕方なく従来通りデパスだけで治療することにした。いつかは破綻するだろうが、飲まない以上、悪化した時に考えれば良いと思っていた。

精神症状だが、診察時に感じたことは、細かいことに理屈ぽく、あまり医師の提案に従わない。頭痛があると言うので、頭痛薬を処方すると、そのために痛くなったなどと言う。幻聴ははっきりしないが、あるようであった。

このようなことから、デイケアのみ参加を勧め、薬はほとんどそのままにした。そして、中途半端な症状のまま、半年くらいそのまま経過を診ていた。もちろん、薬はデパスだけである。

ある時、その患者さんは究極の悪化を来した。心配した家族と一緒に来院したのだが、断続的に空笑がみられ、突如、仰け反ったりし、その様子は衒奇的と言って良かった。

また話しかけると、途絶がみられ十分にコミュニケーションも取れない。いまどき、「これが途絶だ」という精神所見に遭遇することは珍しい。

そこで、トロペロンを1アンプルだけ外来で注射してみた。普通、健康な人であればトロペロンを1アンプル筋注されると、30分もしないうちに眠りにつき、起きてもその日は仕事や家事にならないのが普通だ。

しかし入院中の統合失調症の患者さんが緊張病性昏迷を起こしている状況でトロペロンを2アンプル筋注すると昏迷から脱し、サクサク動けるようになる。

健康な人と統合失調症の人の抗精神病薬の作用のギャップはかなり大きい。

その日、その空笑の患者さんは、トロペロンを1アンプルしたところ、眠るどころか全然効かなかった。普段、デパスしか飲んでいないのに、この効かなさはある意味、不思議と言えた。統合失調症でも全ての人がこういう風にならない。

そこで、トロペロンを追加で3アンプルまで筋注したが、それでも全然眠りもせず、幻聴や空笑なども収まらないため、これは大物だ!と思った。

また筋注するにしても、3アンプルまでするのであれば、セレネースにすべきだったと反省した。(トロペロンとセレネースはトロペロンの方が若干力価が高い)

おそらく、あの緊張病症候群は、かなりエントロピーが高い状態なのであろう。

前医は大抵の抗精神病薬を試みていると思ったので、ジプレキサやリスパダールなどの平凡な対処をせず、トロペロン筋注を選択したのである(トロペロンのアンプルは意外に精神科病院に置いていない)。

そこで、ジプレキサザイディスの10㎎剤型を飲ませてみた。上の治療は外来の処置室で実施しているのである。未だ入院するかどうかは確定していなかった。

様子をみていると、しばらくして空笑が収まり大人しくなった。そして、途絶なども消失し、話ができるようになったのである。その患者さんによると、(その会話の時間も)活発に幻聴があるようである。

だいたい、デパスだけ服用していた時期も幻聴があったのである。その日は、なんらかのきっかけで緊張病症候群が生じたことが、それまでとの大きな違いである。

トロペロンも3アンプルしているので何らかの関与はあるかもしれないが、明らかにジプレキサザイディスが奏功した印象であった。

家族が本人を家に連れて帰りたいというため、外来で治療継続を決めた。僕は翌日も様子を診たいので、受診するように伝えた。

翌日、本人はほぼ緊張病症候群は脱しており、明らかにジプレキサが奏功していた。そのようなこともあり、トロペロンの筋注は中止し、ジプレキサザイディスだけ服薬することになった。(デパスはリストラ)。

ジプレキサは効くときは嘘みたいに効く。不思議なのは、抗精神病薬筋注の際に、

1、ジプレキサ筋注が最も効く人。

2、セレネース筋注がジプレキサ筋注よりはるかに効くように見える人。

3、トロペロン筋注がジプレキサ、セレネース筋注のいずれよりも良いように見える人。

と言う風に個人差があることである。また効き方も状況による。

あの患者は、おそらく、あのタイミングでジプレキサを開始したことが良かったのであろう。

ジプレキサは、現代社会ではかなり有効でも、しばらくして中止せざるを得ないことがある。例えば、女性に限らず男性でも過食症が悪化する人である。このような人は統合失調症だとしてもおそらく中核群ではない。

ジプレキサが奏功していて、幻覚妄想や陰性症状なども良くなっているのに中止した場合、いかに似た薬がないのかがわかる。

この時の患者さんはこれといった副作用もなく、今は7.5㎎程度服薬している。また診察時の「思考の渋滞のような間合い」を全く感じなくなった。さまざまな改善点があるが、一見してわかるのは、以前より明るくなったことだ。

ジプレキサは、デパスよりはるかに良かったのである(当たり前)。

参考
デパスは統合失調症に効くのか?
25年以上デパスだけ服用していた人
精神疾患におけるメタ安定状態について
セロクエルには飲み応えのようなものがあるが、ジプレキサにはそれがない