精神疾患におけるメタ安定状態について | kyupinの日記 気が向けば更新

精神疾患におけるメタ安定状態について

今日の記事は一般の読者の方には少し難しいかもしれない。

精神疾患、特に精神病では、爆発的に悪化し入院する直前まで、周囲から比較的安定していると思われていた人たちがいる。精神科医から診ると、

昨日入院したあの患者は保護室で大変な興奮状態であるが、入院前日まで会社に出勤していたのが信じられない。

と言った感じである。このように思うのは、このレベルの著しい破綻状態が1日くらいで急激に生じるのは珍しいことも関係している。

このような虚構のような安定を「精神疾患におけるメタ安定状態」と呼びたい。これは、厳密には入院する前日の、どこから崩れてもおかしくない不安定さを内包する安定状態を言っている。

一般に、「メタ安定状態」とは、本来あるべき状態とは異なる状態を言う。例えば、0℃以下の液体の水とか、100℃以上の温度を持つ水(高温のお湯)などで、本来、他の姿になっていなければならないものである。

0℃以下の水は、何らかの些細な影響で、一瞬で氷結する。これが本来の姿なのだが、ある要因でそうなっていなかったのである。

会社の上司や同僚などの話を聴くと、彼は一応、会社に出て来て、仕事はなんとかやっていたが、どうも様子が変だった。

くらいの変化は聞くことが出来る。しかし、入院後の著しい滅裂思考や爆発的な興奮を説明できるほどではない。

もう少し調査すると、例えば自宅の様子が大変な状態だったりする。このようなことから、社会に向いた部分だけ、なんとか取り繕い、均衡を保っていた様子が診てとれる。

ある患者さんは、自宅で大切に飼っていた熱帯魚を鍋でグツグツに煮て、そのままにしていた。しかし、会社には毎日出ていたのである。そして遂にある境界を越え、上司や家族に連れられて精神科病院に入院する事態に至る。

これは自然科学風に言うと、メタ安定状態を経て、相転移が生じたと見ることも可能だ。

精神疾患において「メタ安定状態」が起こる理由だが、正しいかどうかは別にして、いくつかの違った視点からの考え方ができるであろう。

ホモ・サピエンスは既に25万年以上前に音声による会話能力を得たと言われている。また、3500年前には文字も発明している。

いつから文明社会と呼ぶかは微妙だが、個人的に、ホモ・サピエンスが数千年間の文明社会を生きてきたことが深く関係しているように思う。

脳にはまだわかっていないことも多い。脳には内面で精神病性の破綻が生じていても、ある程度、社会に辻褄を合わせようとする能力を持ち合わせているんだと思う。だから、一瞬で相転移が起こるギリギリまで、あたかも周囲からは何も起こっていないように振舞えるのである。

そのように考えると、未開な社会での精神病状態が先進国のそれと比べ、より原始的な反応が多く観察されることが理解できる。

また、退行期の精神病状態(しばしば非定型病像を呈する)は、脳の老化による「社会にすり合わせる能力」の低下が、一連の悪化の過程に関係していると考えると辻褄が合う。つまり、加齢による脳の制御能力の低下である。

本来健康だった若い人は、このメタ安定状態を維持する能力が、少なくとも知的発達障害の人たちや、高齢の人より高いのである。

このような考え方をすると、「精神病と言う生物」に、脳が直前まで対峙している光景が呼び起こされる。しかし最終的に脳も喰われ、制御が出来なくなるのである。また、判断の中枢が喰われるので、病識も完全に喪失する。

まさにバイオハザードの世界である。(映画、バイオハザード参照)

精神病の経過中にメタ安定状態が生じることは、一般的に言われてない現象であり、患者さんの家族からは誤解されやすい面がある。

つまりだ。
入院させた後に急激に悪くなった。


などである。実際を言うと、入院直前には十分に悪化していたのである。しかし何らかの脳の作用でメタ安定状態を維持していた。それが真のアンサーなのだが、そういう風に家族に説明したとしても、言い訳しているとしか思えないであろう。

従って、僕はこのような言い訳がましい説明を家族にはしたことがない。予後が良さそうな時は、そう説明するだけである。実は、あのような絶対的な悪化時に、「この人は予後が良い」と聴いた時の家族の印象ないし感想は非常に興味があるが、後で聴いたことは一度もない。

このような経過の人は、20年以上前は、そのままガタガタに荒廃する人も診られたが、最近は薬が良くなったこともあり、かなり回復する人も多い印象である。その理由だが、急激に悪化する精神病状態は予後が良いという定石も関係している。

このメタ安定状態だが、このような表面張力で著しく盛り上がった水面は維持できるはずはなく、いずれ破綻が生じる。少なくとも、会社以外ではあらゆるところで既に破綻が始まっているからである。

参考
ブログの記事のテンションが低い話
1人目女性患者さんについて
短期決戦に構える