高齢者の超短期精神病エピソード | kyupinの日記 気が向けば更新

高齢者の超短期精神病エピソード

世の中には色々な精神疾患があるもので、長年、精神医療に携わっていても、珍しいと思うことがある。

これは挙げだすときりがないほど多様な病態があるが、ある時、高齢の婦人の超短期間に限定された精神病エピソードに遭遇した。

その病態は緊張病に似ていた。非定型病像と言っても良い。

その婦人は、ある日、突然、

家族が話をしてもわからない。食事をした後、突然どこかに出ていく。自分に毒を飲ませたという。また、お金を盗られたという。いつも易怒的。○○に刺されるなどという。

といった精神病状態が出現し、家族では手におえない状況になると言う。また、その病態は前日は全くなかったと言うのである。

このようになると、尿便失禁や弄便などもみられるので、一見、統合失調症の緊張病症候群に似ている。どことなく、妄想内容が認知症的なのは高齢が影響していると思う。

ところがである。このような病態で病院に受診し、ジプレキサを5㎎だけ服用させると、嘘みたいに軽快し、翌日には本来の彼女に戻ってしまう。まるで魔法がとけるような効き方をする。

普段、どのくらいしっかりしているかというと、銀行でお金をおろしたり、振り込みをしたり、貸金庫の出し入れをする、東京や京都に独りで旅行もできるのである。もともと、彼女には認知症などない。また、認知症としても、たった1日でこのレベルまで悪化しないものだ。

なぜ、精神科医の自分が驚くのかというと、ジプレキサ5㎎投与した翌日には治っていることである。しかも再現性がある。

実に不思議な病態である。どのような診断名か考えると、昔、言っていた「挿間性の精神病エピソード」であろう。ICD10的にいえば非常に短い精神病エピソードなので、

F23 急性一過性精神病性障害
または
F09 詳細不明の器質性又は症状性精神障害

くらいだろうが、両方の要素があると思う。(いずれでも間違いという証拠がない)

一般にこのような病態を診たら、第一感ではジプレキサが良い。エビリファイの高用量でも良い可能性があるが、最初から24㎎服用させねばならないのが高齢者にはいくらか難点。また成功率がジプレキサに及ばない。なお、エビリファイの少量からの増量は論外だと思う。効果が出ないか、むしろ悪化させる確率の方が高い。

それでも、レセプト的に糖尿病にはジプレキサは使えないので、代替薬の筆頭は今ならエビリファイだと思われる。

旧来の薬では、セレネース液やトロペロン筋注なども候補に挙がるが、ジプレキサに比べフィット感が今一つ。この2剤やリスパダール液だと、あの奇妙な病態から、そのまま悪性症候群に移行もありうる。

もし薬を使わなかったら、なかなか良くならないのか、数週間ないし数か月後に元に戻るのかは、そのような機会がないのでわからない。

少なくともあの病態はかなり重篤なので、回復まで時間がかかってしまうと、予後に悪影響があるような気が非常にする。

問題は、この人に薬を飲ませ続けるかどうかである。この人は薬を飲まなくても大丈夫なことが多いのである。1~2年に1日だけ悪化する(家族が放置できないため、再受診し薬を必ず飲むため1日で回復する)。

むしろ薬を飲ませつづけて、同じ病態が起こった時が自分には恐怖である。冗談ではなく。

なにがしか薬を飲ませ続けて、同様な病態が生じたら、あるいはECT(電撃療法)をせざるを得ないかもしれない。ECTは間違いなく著効する感覚がある。

結局、このような人は家族と相談して服薬するかどうかを決める。いったい何㎎ほど飲んでおけば、コントロール可能かが不明である。例えばジプレキサを2.5㎎ずつ服薬していて、同じ病態が起こった場合、今までよりジプレキサの治療インパクトは減損しているだろう。そこが大きな懸念である。(ECTまで行きかねないこと)。

結局、彼女は服薬しないことに決めた。

その理由の1つは、彼女は服薬しないでも年余にわたり、正常に生活できるからである。また、悪化した際に「希死念慮」が生じず、うつ状態の要素がまるでないことも大きい。このようなことから、彼女は古典的統合失調症の荒廃状態に似た病態が挿間性に出現すると考えた方が適切だと思う。

彼女は統合失調症ではないが、ICD10でいうF2圏内と考える方が辻褄が合うのである。その点から考えても、服薬しない方がむしろ良いと言う結論になった。

(おわり)

参考
統合失調症にうつはあるのか?
保護室で便だらけになる人
どくとるマンボウ医局記の「便だらけになる女性」
ジプレキサとセロクエルは原則禁忌に変更してほしい話
エビリファイvsジプレキサ
ジプレキサの奇跡的な効き方について