早く帰って来てくれないと食事が困る | kyupinの日記 気が向けば更新

早く帰って来てくれないと食事が困る

複雑な幻覚妄想を伴う非定型精神病の婦人を治療していた。薬物への反応は良いが、なにしろ病識がないので、周期的に最悪の状態で入院することになる。

その婦人は数か月ぶりに再診した際、こちらがびっくりほど悪化していた。躁うつ系の人は躁状態の際に入院に至ることが多い。これは、うつ状態では、なんとか外来で治療できることが多いからである。外来で診ている双極2型の人は、全く精神所見がないか、軽度のうつ状態か、せいぜい軽躁状態くらいの人が多い。

彼女は、必ず入院しなくてはならないほどのうつ状態と奇妙な幻覚妄想状態を呈していた。普通、うつ状態では「その状態を説明できる範囲に妄想内容は存在する」が、彼女は亜空間までの飛躍があり、かなりひねらないと「うつ状態を背景としている」と理解できない。

したがって、最初に何を使うか迷うところだが、彼女を何度か治療していたので、リーマスさえ服用させつつ、じっと待っていれば軽快する可能性が高いと思った。薬物治療は再現性がないことがあるが、自分が治療したことがある人は治療しやすい。そこでリーマスを600㎎処方し待つことにした。追加するのは、リフレックス1錠とエビリファイ6㎎である。

基本的に悲観的なので、リーマスに加えリフレックスを追加する。リフレックスは彼女の場合、悪い方向に作用せず、しかも改善を早めることがわかっていた。

彼女の場合、

リーマス 600㎎
エビリファイ 24㎎


でも良いような気が非常にするが、前回と同じ方針をとった。勝負事に「運鈍根」と言う言葉がある。

運・・幸運に恵まれること。
根・・性根、つまり辛抱強く待てること。


であるが、「鈍」というのがやや難しい。これは、つまりバカになることであろう。医療におけるバカになることとは、真にバカなのとは異なり、「些細なことに鈍感になり、方針に惑いがなく、悠々と治療すること」だと思っている。

鈍は重要だが、「根」も同じくらい重要である。医療現場は周囲の目(家族だけではなく看護者も含む)もあり、なんとなく治療を急がされることが稀ではない。これが、時に事態を悪化させる。

つまり、「根」と「鈍」は医療に限ればニワトリと卵のようなもので、極めて関係が深い。

入院後、1か月くらいして、リーマスなどが浸透し、幻覚妄想やドロドロしたうつ状態が消失しているように見えた。そのタイミングで外泊させた。結果は家事や買い物もてきぱきでき、非常に良かったらしい。彼女の夫は典型的な「非定型精神病の人の彼氏」のような人柄で、優しい人であった。

外泊から帰院して、今後、どのようなスケジュールにしましょうか?と言う話になった時、彼女の目の前で、

早く帰って来てくれないと(自分の)食事が困る。

と夫が答えた。

なんとも、うれしい言葉。

その2日後に退院させることにした。あれほど悪い状態だったのに、たった1か月余りで、きれいに寛解したのである。

あの言葉は、実に味があると言うか、本人だけでなく、僕や看護者にとっても、とてもうれしいものだ。

参考
非定型精神病の人の彼氏
うつ状態の二次妄想に抗精神病薬を使うこと
アトピーによる精神病状態からの一連のエントリ
双極2型のうつ状態と抗うつ剤