精神科は主観的所見を解釈していく科 | kyupinの日記 気が向けば更新

精神科は主観的所見を解釈していく科

リエゾンをしていてよく感じるのは、やはり内科や外科は検査所見や画像診断など客観的所見を重視していく科ということ。だから、検査の数字や画像診断を重視しているうちに、その人を診るという基本的なことがおろそかになってしまう。

これは整合性のある結果が揃わない時、医師が納得できるまで、徹底的に検査するという医療的強迫性にも繋がっている。

精神科はもともとそうではない。主観的所見を解釈していく科なのである。信頼性とかそういう次元ではない。日頃の診察の習慣が非常に関係している。

精神科の場合、本人が痛いとか、あるいは奇妙な感触があると言えば、何も証明されなくても、多分そうだろうと思うわけ。

患者さんから、小太りの妖精を見たとか、姉の顔を見ていたら、急に宇宙人の顔に変わったと言われて、

そんなはずないだろ~

という精神科医はいない。(参考1参考2

例えば何らかの感覚がおかしいとか、そういうものだったとしたら、それこそ本質なわけだ。これは副作用の解釈だってそうだ。音程が変わったとか言われると、そういう感覚変化もありうるかもしれないと思う。これが精神科医っぽいのである(参考

だから、一部分、オカルト的な感覚が混入するのはやむを得ない。きっと、これもまた患者さんへの治療目線なのであろう。

参考
妄想と携帯履歴
口腔内セネストパチー
頭のない人が歩いて来る