知覚変容発作 | kyupinの日記 気が向けば更新

知覚変容発作


Daysleeper(R.E.M.)

これは「ウェールズタイプの統合失調症の寛解」「僕は病気じゃないと言うと、それは病気だからそういうと必ず言われた」の続き。

彼は結局トータルでは20年くらい入院していたが、ある時期、寛解して3年くらい家にいたことがある。

ある日、テレビの輝度が高いことで母親とけんかになった。彼の話では輝度が高すぎて見辛いと訴えたようである。白黒テレビなので輝度が低めにした方が映像がよくわかると言ったらしい(つまりそういう時代の話)。

これ自体は非常に筋が通った言い分である。なるほど、白黒テレビなら輝度が高すぎると確かに見辛い。

しかし取り合ってももらえなかった。

彼によれば、自分は工学が専門なのに何も知らない母親が話を聞いてくれないのでカッときたという。そして母親にビンタを食らわせた。すぐに弟が止めに入った。弟は格闘家というか、段位があったくらいなのですぐに取り押さえられた。そのまま入院。

彼は統合失調症でも非定型のタイプであり、予後良好の病型である。病前性格も非定型精神病の人そのままだ(過去ログ参照)。

この事件だけど、色々な点でとても興味深い。まず、人の感覚は体調、精神面の状態により捉え方が変わるのである。一般の人でも、疲れた時はテレビやラジオの音がやかましく聴こえる。

また徹夜明けだと、見た物がちょっと通常の感覚とは違うものだ。徹夜をしたことがある人なら、こういう風に言われるとそうかも?と気付く人もいるはずだ。

彼の場合、当時、精神変調気味で感覚に少し変化が来ていたと思われる。たしかに母親に取り合ってもらえなかったのは事実だが、そのくらいで母親をビンタしない。普通の男子なら、いかなる理由があれ、そうそう母親に暴力は振るいにくいものだ。またその直後、すぐに入院させられたことをみても、その他の症状も含め総合的にかなり悪かったことが想像できる。

精神科業界には「知覚変容発作」なる用語があり、これは、一般的ではないものの、注意しているとそのようなことを訴える人が確かにいる。

知覚変容発作
黒がチラチラして見える。
カレンダーを見た時に数字がちょっと変に見える。
角というか枠が気になる(障子など)。
線が気になる。
小さな光が気になる。目障り。


など、視覚に訴える異常感覚が特徴。夕方から夜にかけて起こることが多く、また抗精神病薬を服用している人に起こりやすいが、そうでない人にも起こりうる。

また、疲労や運動などをきっかけに起こることもある。予測できず、突然生じるため本人がびっくりする。病状に関係がなく特に悪くない時にも突如起こることもある。

たいていの場合、自我異和的であり、統合失調症の幻聴などの異常体験とは趣が異なる。なんとかしてほしいと本人が訴え、統合失調症の幻聴のようにそれに深く支配されることはない。

そのような症状はリボトリールやレキソタンなどの服用であっさり改善する(ことが多い)。特にリボトリールは推奨できるが、他のデパスやソラナックスなどではダメということはない。もちろんレスキューレメディーも有効である。

僕の患者さんで「幻視が出ると、レキソタンを飲むとおさまります。」という人がいる。これは知覚変容発作に似ているが、彼に限れば、その幻視の持続時間が長すぎるのでこれに含めるのはやや苦しいと言う個人的見解である。(だいたい、変容発作は幻視ではない。機序は似ているのかもしれない。)

服薬をしている人では、主に体調のバイオリズムの推移により薬の反応が変化することを契機に生じていると思う。つまり身体と薬のバランスが崩れているから起こるのである。だから回復期にも起こるし、外来患者でそういう報告をする人もいる。そういう風に考えると、疲れた時や運動後、あるいは夕方から起こりやすいことが理解できる。

知覚変容発作はそのような視点で見れば、様子がおかしいからと言い、リスパダール液を飲ませたり、セレネースを筋注するのは根本的に間違っていることがわかる。むしろ内服薬のバランスを検討すべきだ。

しかし、知覚変容発作に引き続いて急性ジストニアが出現することがあるので、アキネトンの筋注はそう悪くはない。たぶんアキネトンはリボトリールよりは効果が落ちるのだろうが、筋注と言うのがパワフルなので良いのだろう。しかし普通はリボトリールで十分である。

今、ちょっと思ったのだが、このような時、もしリスパダール液を飲ませたなら効いてもおかしくはない。なぜなら、ジストニアの対処として抗精神病薬を増量する方法もあるからである。そのようなこともあり、この人はいったい薬が少ないのか多いのか良くわからなくなる迷彩になっている。

どちらが正しいかは、最初に書いた通りだ。

問題は、そういう薬を飲んでいない、統合失調症でもなんでもない人の、知覚変容発作(類似)症状である。

これはやはり視覚に訴える異常感覚は器質性所見であると考えた方が、いろいろなことを説明できるし無理がない。僕は刑務所に勤めていた時、そのような奇妙な訴えを時々聞いた。

彼らはたいていの場合、刑務所内では服薬していない。もちろん、覚醒剤その他の薬物の後遺症もあるのかもしれない。特筆すべきことは、全く薬物使用歴がない人もおり、

殺人者には器質性を帯びたはっきしりない精神所見がみられることがある、ということであろう(重要)。

最初に出てきた患者さんは、視覚の異常感覚があったために母親をビンタしている。彼の場合、当時ろくに服薬していなかったので、非定型精神病像における感覚異常の方が考えやすい。過去ログでも、非定型病像を呈して異常感覚が出た人について触れている。(参考1参考2

統合失調症における知覚変容発作は確かに器質性っぽい。視覚に訴えているのでなおさらである。同時に緊張病的でもあるが、抗精神病薬は器質性精神症状を引き起こしうるので、統合失調症では薬剤性(つまり器質性)のものがおそらく多いのかもしれない。

何も服用しないのに生じている場合は、緊張病性の増悪または非定型病像による所見と考える方が合理的だ。統合失調症の人の訴えと全く同じではないにせよ。

だいたい、このような所見は無治療の広汎性発達障害や僕がそう呼ばない器質性精神障害でも似たような症状を目撃する。

つまりは、広く捉えると知覚変容発作は非特異的な器質性精神所見なんだろう。

そう考えるといろいろな臨床場面で矛盾が少ないし、治療的にも応用が効くように思われる。

一番上の映像について
R.E.M.のDaysleeperという楽曲は、彼らの昼夜逆転生活について語っている。当時、彼らは全員、夜にぶっ通しで仕事をして朝から寝ていたらしい。だから彼らはみなDaysleeperなのである。朝、これから寝る時に朝刊を読む。マイケル・スタイプは、

I see today with a newsprint fray

と表現しているが、なんだか笑ってしまった。確かにその通りだ。これこそ、体調による感覚変化なんだと思う。僕も朝、徹夜明けで新聞を読むと、なんだか新聞紙がいつもと違って、いかにも再生紙のように見えて、擦り切れた表面の荒れみたいなものを感じる。


Bad Day(R.E.M.)

Bad Dayは今回のエントリとは直接関係はない。

参考
Losing my religion(R.E.M.)・前半
Losing my religion(R.E.M.)・後半
Why Not Smile (R.E.M.)