不思議な非定型病像 | kyupinの日記 気が向けば更新

不思議な非定型病像

この患者さんはお手伝いしている病院でずっと以前に引継いだ女性患者さん。統合失調症疑いで治療されているが、確定診断は保留のまま、「この人はいったい何でしょうか?」というコメントもあった。少なくともぱっとみて統合失調症には見えない人で、発病も30台後半で遅いのである。

引継ぎ時の処方
ドグマチール 25mg
アキネトン  1mg
ロヒプノール 2mg
不安時に、ワイパックス、ソラナックス


これまで、本人が何度か薬をやめたが、やがて亜昏迷状態に至っている。それも2年後くらいに。中止しても最低1年間は問題ないことが多い。

こういう人の場合、僕は最初は処方変更しない。これは過去ログでも書いている。特にこの処方の場合、非常に少量であることもあり、なおさら変更しない方が良いと思った。この人は薬を中止するといつか悪化するのは見えているのである。

むしろ、最も重要な点は、この処方で果たして増悪が防げるかどうかなんだと思う。ひょっとしたら、この少量の処方は飲んでも飲まなくても関係ない、つまり意味がない処方の可能性があった。彼女に性格を聞いてみた。

明るい。几帳面ではない。気は大きい。気性は激しい。悪くなる直前はなぜか几帳面になる。思ったことははっきり言う。責任感が強い。季節で悪くなることもなく、また生理とも関係がない。主人は優しい。お人よしで断れない性格。(事業で成功を収めているらしい)子供はすべて健康。(参考

とはいえ、ちょっと話してみた範囲では大人しい人柄に見える。調子の良い時は全く日常生活には問題ない。まあ、こういう人は分裂感情障害(統合失調感情障害)とか周期性精神病なんだろうね。身体因はほとんど見当たらないのだが、幼い頃に体が弱くて小児喘息で毎日注射をされていたというのは聞いた。その程度なのである。

僕はずっとあの処方のまま治療を続けていた。1ヶ月に1回の処方なので、頻繁には会わないし、特に大きな印象はなかったのである。

彼女はある日、突然、心配が出てきたという。不安感が出てきて酷くなると言葉が出なくなった。無理に喋ろうとすると呂律が回らない感じなのだ。また考えていることが飛ぶ、現実感がまるでなかった。やがて不眠になり、幻覚妄想が出現した。目がかすむなどの奇妙な訴えもあったらしい。僕はその時の様子を見ていなかったのだが、僕が不在の日に再診し、リスパダール4mgを投与されている。

リスパダール 4mg
アキネトン  2mg
ロヒプノール 2mg


僕だったら何を使っただろう? たぶんリスパダールは使わないと思うけど。おそらくセレネース液くらいを処方していたような気がする(参考)。ちょっといつもと違うのは、幻覚妄想以外に不思議な症状がいくつか見られ、抗精神病薬投与を躊躇うこと。ベンゾジアゼピンで良ければいいけど、それくらいだと入院させざるを得ない感じだ。一般に、こういう症状だと、出しやすいというか簡便な対応は、リスパダール液だろうと思う。その日の医師には入院を勧められたが、家での治療を希望している。

その処方を受け、1週間目くらいに彼女を診察した。彼女のいわゆる幻覚妄想などの陽性症状は既に概ね治まっており、特に視覚の異常感を訴えていた。彼女は、

近くははっきり見えるが、遠くはかすんで見える。そわそわと動き回る感じ。呂律が回らない。リスパダールを使い始めて少し良いがまだ調子が悪い。動きがとても鈍い。ズボンもうまくはけない。はこうとすると転倒する。平衡感覚がおかしいという。目がぼけてみえる。不安感はある。商売のことも心配という。

結局、あのドグマチール25mgは意味がなかったのである。あれは少なすぎるのともまた違うのであろうが、大きな増悪のリズムを阻止できなかった。彼女に最も必要な薬は、おそらく気分安定化薬であろう。

ところで、彼女の呂律の回らない感じ、平衡感覚などの異常、視覚の違和感は、神経内科的な所見だが、これも非定型精神病性の破綻症状である。もともと非定型精神病性の症状は器質性の要素を持ち、こういう症状が生じてもおかしくない。これを一発で消失させる方法はたぶんECTと思うが、この程度の症状でそうする意味はほぼないし、家族の同意も得られないと思われる。それに、この症状はぼんやり様子をみておけば良くなりそうな感じなのである。

このような非定型精神病性の破綻は時にメニエール病とも関連し、めまい、ふらつき、平衡感覚の異常の訴えは時々見る。これは人によれば不安感、パニックと深く関係している場合もある。こういうケースをパニックがあるからといって、SSRIで治療するような発想はちょっと違うのではないかと思っている。

彼女の所見で、ちょっと応用問題というか迷彩になっていうのは、いきなりリスパダールをドンと4mgも処方されているので、ソワソワ感などリスパダールのアカシジアみたいな副作用が出現していることであろう。

人によれば、呂律の回らなさとか、平衡感覚の異常、視覚の異常などもリスパダールやアキネトンのせいではないかと思うかもしれない。しかし過去の病歴をみると、薬のためとは言い難いのである。今回でも再診前に既にそういう症状が出ているし、ドグマチール25mgが徐々に溜まっていってそうなったという考え方も、あまりにもきつすぎる(笑)そういうのは素人しか思いつかない。

あの彼女の症状はリスパダールの副作用がかぶっているだけで、彼女の主症状が大半なのである。

僕は、デパケンR200mgを追加し、リスパダールを減量していけば次第に良くなるのではないかと思った。まずリスパダール、アキネトンを半減する。

リスパダール  2mg↓
アキネトン   1mg↓
デパケンR   200mg↑
ロヒプノール   2mg


2週間後、少しは快方に向かっているように見えるので、更にリスパダール1mgに減量し、リボトリールを0.5mgだけ追加。

リスパダール 1mg↓
アキネトン  1mg
デパケンR   200mg
リボトリール  0.5mg↑
ロヒプノール 2mg


2週間後。
だいぶん良くなった。しかし朝はあまり口が回らない。まだ足がもつれる。でも、よく眠れるし不安感が減った。私の性格は頑固です。お喋りで、いつも言いたいことはぽんぽんいう。更にリスパダールを半減し0.5mgとする。デパケンRは迷ったが200mgのまま。

リスパダール 0.5mg↓
デパケンR   200mg
リボトリール  0.5mg
ロヒプノール  2mg


更に1ヵ月後
普通に喋れるようになった。今は躓くこともない。まだ動作がのろい感じですね。家の仕事はできる。自分では普通かなと思う。ヒスは出やすい性格ですね。リスパダール 0.4mgへ。

リスパダール 0.4mg↓
他変更なし


更に1ヶ月後
だいぶん良いです。今は不安や全く気になることもない。眠さもない。口の渇きもなくなってきた。口ジスキネジアっぽい症状が微かに残遺するが、ぱっと見たらわからない程度。リスパダール 0.3mgへ。

リスパダール 0.3mg↓
他変更なし


更に1ヶ月後
口のペチャペチャする感じは今はない。前回、薬を変えてもらって5日目に消えたという。平衡感覚も完全に回復。メニエールみたいなものや動きののろさもなくなった。この2ヶ月で体重が5kg減った。リスパダール0.2mgへ。先日、北海道に旅行した。来月はハワイに行きたい。

リスパダール 0.2mg↓
デパケンR   200mg
リボトリール  0.5mg
ロヒプノール  2mg


この処方の場合、院外処方箋では下の特記事項に「リスパダールは実質0.2mgです」と必ず記載している。なぜならリスパダールは1%細粒なので、0.2mgの場合、

リスパダール  0.02

と書かねばならないから。薬剤師はまさか0.2mgだけ処方されているとは思わないので、錯覚して2mg処方してしまいかねない。万一に備えるのである。

結局、彼女はリスパダールもあまり意味がないのかもしれない。0.2mgでは副作用といえる異常所見はないし、量も少ないのでこれでしばらく様子をみることにしている。おそらく、特に悪化時はリスパダールでも良いのだろうが、長く服用し悪化を防ぐなら、デパケンRかリボトリールなのであろう。彼女は、

デパケンR  200~400mg

の単剤か、

リボトリール 0.5~1mg

の単剤で良さそうな気がする。もちろんデパケンRの方が安定する確率が高いとは思うけど。しかしこれが良いかどうかは、増悪の確率が低いので、すぐにはわからない。まるで稀発てんかんの治療みたいだ。(というか、これらも抗てんかん薬にはかわりはないわけで)

双極1型でリボトリール1mgで安定する人が存在するので、こういう双極性障害の関連疾患の人たちもリボトリールのみで大丈夫な人がいてもおかしくはないと思う。

補足
僕はたぶん彼女を「分裂感情障害」(統合失調症感情障害)と診断すると思う。もちろん、非定型精神病でも悪くはない。こういう風に言うなら「周期性精神病」といった感じなんだろうね。

僕の感覚だと、彼女はやはり「分裂感情障害」的なのである。