ルーランは不安定なのか? | kyupinの日記 気が向けば更新

ルーランは不安定なのか?

かつてルーランに変更後、安定した患者さんについてエントリをアップしている。この女性患者さんはずっと良かったのだが、ある日病院に診察に行った時、彼女は入院になっていると看護師さんに告げられたのである。しかも保護室に収容されていた。(参考

病棟に行き、保護室内で彼女と話をしたところ、多弁で気分も高揚しており話す内容もまとまらず、コミュニケーションが噛みあわない。ちょうど母親が来ていたので、いろいろ話を聞いてみると、ここ1ヶ月くらい薬を服用していなかったらしい。僕はルーラン12㎎のみだったので、自然経過で再燃したと思ったのだが、その日の母親の話では、そうでもなさそうであった。少なくともその時はそういう風な印象であったが、僕は真実はまた違うところにあるのではないかと感じた。

この時、ルーランは果たして不安定な薬物なのか?

ということを考えていた。非定型精神病薬ではセロクエルが最も不安定な薬物だと思う。まあ服用量にもよるが。非定型抗精神病薬では、既に病状悪化率についていろいろ調査がなされており過去ログでも紹介しているし、個人的な意見も書いている(参考)。セロクエルは服用し始めて急激に著しく悪化することはあんがい少ないように思う。何かを大きく変えるような力に乏しい面があるので、その点ではかえって安全なのである。しかし長期的には統合失調症の大きな病状変化に抗しきれない場面に遭遇する。

非定型精神病薬の単純なアンケート的な悪化率を議論するのではなく、絶対値的な悪化の大きさも考慮すべきだ。

ジプレキサとエビリファイはいつかも触れたが、急に悪化して中止せざるを得ない上に、その後しばらく悪いと言うことも稀ではない。しかしジプレキサに関してはいったん落ち着いてしまえば、その後は安定していることが多い。

ルーランはといえば、僕の場合、比較的少量でコントロールしている人が多いが、あんがい安定しているものだなぁ、と処方している人の顔を思い出していた。

この日、彼女はずいぶん悪かったが、こういう感じだと寛解は早いのではないかと思った。統合失調症とは言え、躁状態を呈していたからである。(つまり典型的破瓜型ではなく、躁うつの色彩があると言う意味)その後の入院治療は主治医に任せていた。

統合失調症の患者さんは減量を進めているうちに、本人が勝手に薬を止めてしまうことがある。かつては減量して大丈夫なのでそれに自信を持ち、薬を止めようと決断する傾向があるのではないかと思っていたが、その後、いろいろな経験を経て、実は少し違う原因があるのではないかと思い始めていた。

つまり、減量による軽微な悪化の一連のものとして、本人の怠薬が生じているのではないかということである。

これは「ニワトリと卵」の話で、今回のように服薬中断したから悪化したのではなく、悪化したから服薬を中断したのではないかという発想である。そういう文脈では、「やはりルーランが悪かった」ということになる。

悪化前の処方
ルーラン 12㎎

この処方でけっこう安定していた。過去ログから抜粋。

良くなっていること。
① 自覚的には体が軽くなった。手伝いも苦にならない。
② 本がすごく読めるようになった。
③ 頭の中が軽くなった。
④ 外出も多くなった。古本屋さんなどにも良く行く。
⑤ よく笑顔が出るようになったという(母親の話)
(「ルーラン12㎎」から)


この処方で半年近く落ち着いていたので、僕は概ね大丈夫と思っていたのである。ところが本人が中断して1ヶ月程度で突如悪化し躁状態、緊張病状態を呈していた。今日のエントリは退院時からのものである。

1ヶ月半の入院の後、少しハイテンションの状態で退院となった。僕が久しぶりに外来診察した日、比較的に多弁で上機嫌であった。僕はこのような感じだと次第に落ち着くのは良いが、少し鬱転してしまわないかと心配していた。母親は薬を全然飲まなかったので悪化したと思っていたので、僕を責めるなんてことはなかった。服用時はとても良かったこともある。

僕はひょっとしたら、

ルーラン! やっちまったな。(クールポコ風に)

という気持ちもあったので、今後の治療をどのようにしたら良いか考えていた。

退院初回の処方
ロドピン    75㎎、
リスパダール  8㎎
ベゲタミンA  1T


僕がいまいちわからないのが、こういう処方でアキネトンが使われていないことだ。どうも「アキネトン=悪」というのがひとり歩きしすぎていて、どんな状態でも処方しないという治療はバランス感覚を欠いていると思う。薬物療法は相対的なものなのに。

リスパダールを8㎎も処方し、しかもパーキンソン症候群やアカシジアが出たままにしているのは患者さん本人が辛いと思う。(過去ログ参照)

僕は今の彼女の状態は既に着陸態勢に入るようなバイオリズムの流れにあり、やがて収束すると思ったので、減量しても急激に悪化する確率はかなり低いと思った。この薬物治療を放置すれば必ず精神病後抑うつ状態になってしまうだろう。リスパダールはそういう薬だからである。しかし、外来で再び悪化させ、また入院となれば大恥ではあるし、慎重を期してデパケンRを加えてリスパダールを減量することにした。アキネトンは今さら処方せず、減量とデパケンRで緩和する方針とした。

ロドピン    75㎎、
リスパダール  8㎎
ベゲタミンA  1T
デパケンR  200㎎


1ヶ月後にはロドピン、リスパダールを減量しこのようになった。
ロドピン   50㎎
リスパダール 6㎎
ベゲタミンA  1T
デパケンR  400㎎


本人はデパケンRを飲み始めて食欲が出過ぎるという。入院前からすると7kgは増えているというので、デパケンRはこの人には良くはないと思った。体重が増えたが興奮は収まってきた。家事は出来る日とできない日があるらしい。デパケンRを中止するのはやや危険と思ったので、減量し200mgだけ処方しリスパダールの減量を進めた。彼女にはベゲタミンAは最終的に必要なさそうなのでベゲタミンBに変更した。

2ヶ月目
リスパダール  4㎎
ロドピン    50㎎
ベゲタミンB  1T
デパケンR   200㎎


眠さが酷い。朝起きられない。テンションがかなり落ち予想通りになりつつあった。今や興奮はみられずデパケンRは中止。過食を抑える目的もある。表情的にはかなり改善し、目の周囲のクマが減ってきている。とにかくお腹がすくという。

やはり、この人にはルーランしかないと思われるのでルーランを再開。ベゲタミンBはレンドルミンOD錠に変更。眠さが酷いからといって必ずしも眠剤が必要ないとはいえない。このような時期は睡眠のバイオリズムが崩れているからである。

リスパダール   4㎎
ルーラン     4㎎
ロドピン     50㎎
レンドルミン OD 1T


2ヶ月半頃
少し鬱っぽい。暇な時はずっと寝ている。時々さびしい気持ちになるという。体重は少しは増えたがあまり変わっていない。家事は1週間に3~4回くらいはする。レンドルミンODはドラールに変更し、本人にデイケアを薦める。たいした効果がないと思ったが、四物湯を追加。ルーランは8㎎へ。リスパダールは3㎎へ減量。

ルーラン   8㎎
ロドピン   50㎎
リスパダール 3㎎
ドラール   15㎎
四物湯    5g


3ヶ月
ドラールは必要ない。さびしい感じはそこまでないです。体重が○○kgを超えた。遂に入院前より9kgくらい増えてしまった。これはいずれリスパダールを減量すれば改善すると伝えた。漢方は味が良くないというので四物湯は中止。ちょっと体調がよくなってきた感じという。ルーランはやはり悪くない。リスパダール、ロドピンを更に減量する。

ルーラン 8㎎
ロドピン 25㎎
リスパダール 2㎎


3ヵ月半
散歩を毎日45分くらいするようになった。母と一緒に家事もできるようになった。もの悲しい感じは今はない。本が読めるようになっています。ロドピン中止。やっと体重が2kg減った。

4ヶ月
リスパダール1mgへ減量。ようやく最終形に近づいた。

ルーラン   8㎎
リスパダール 1㎎


4ヶ月半
家事はよくしている。本は2週間で7冊読んだ。体重はまた2kg増えた。体重はいったん増えたら全然減らない感じ、という。

5ヶ月
リスパダール0.5㎎へ(リスペリドン0.5㎎錠)体重は1kg減った。本はよく読んで言います。楽しみがあまりないですね。彼女は今、アンヘドニア傾向なのである。(参考

ルーラン    8㎎
リスペリドン  0.5㎎


5ヵ月半
リスペリドンに変わって随分違う。頭痛がなくなった。朝起きた時に気分が良い。体調が良くなったような気がする。家事も普通に出来る。また体重が1kgだけ減った。入院前からするとまだ6kgは多いです。

6ヶ月
リスペリドン(リスパダール)は半錠0.25㎎に減量してみる。ダイエットは特にしていない。退院した時に比べてずいぶん落ち着いている気がします。集中力が出てきた。リスペリドンを減量すると、ルーランの賦活的作用がより明瞭になる。やはり、ルーランは非定型抗精神病薬的だ。

ルーラン    8㎎
リスペリドン  0.25㎎


7ヶ月
だんだん痩せてきた。また2kg減った。この2週間で本を8冊読んだ。仕事を始めたいという。彼女は仕事をしていた方が良いように思ったので、すぐに始めるように薦めた。早い社会復帰が良い人とそうでない人がいるが、これは職種と病型にもよる。彼女の場合、長く就労していたので相当な金額の貯金があった。ちょっと信じられない額なので(数千万)、なぜかと聞いたら家族と同居しているが、家には一銭も入れないからと笑っていた。

8ヶ月
ジムに行き始めた。体力をつけたい。2時間だけど楽しい。また2kg減った。入院前からだとプラス2kgです。体重はほとんど元に戻った感じです。今の薬はあまり飲んでいる感じがない。調子が良いです。

この時期、これまでの推移を象徴する事件が起こったのである

ある日、突然、うちの病院に彼女が電話をかけてきた。彼女は他の病院の患者さんだが、何かわからないことがあれば電話をして良いと言っていた。

彼女によれば、また○○さんのことを思いつめていると言う。前回の悪化はそういうパターンであった。彼女はある人に対し恋愛感情が湧き、その一連のものとして薬物を中断している。恋は盲目と言うが、精神病に対しても盲目になり、服薬はどうでも良くなった。その結果が入院であった。元々、統合失調症の人は寛解しても真の病識はもうひとつなので、こういう事態になりやすい面はある。

その日、電話で話す範囲では彼女はまだ比較的に冷静であり、いったん別れた人に対し、そういう感情を持っても仕方がないということをよく理解していた。自分の感情がコントロールしきれない感じなので、どうしましょうか?と言う。

彼女は退院時に貰ったリスパダール液の0.5mlがあるので、それを飲んでみるのはどうでしょうかねぇ、と聞くので、僕はそれは良い方法だと伝え、リスパダール液の0.5mlを1本か2本を一度に飲んでみたらと薦めた。

次回の受診日。
彼女によれば、リスパダールを0.5㎎を飲んでみたら、嘘みたいに恋愛感情や焦りみたいなものがなくなったという。今は彼のことは全然気になりませんと言うのである。結局、リスパダール液は1回しか飲んでいなかった。翌日には改善していたからである。

その意味では彼女は今回はセルフコーピングに成功したと言える。統合失調症の認知療法は疾患特性の面では矛盾していると思うが、こういうある種の生活の工夫ができるようになると言う面では良い。大きな悪化を避けられるからである。こういう統合失調症のセルフコーピングの書物はあるが、それを参考にしているのはあんがい真の統合失調症でない人たちだと思う。真の統合失調症の人はそういうことに興味を持つ人が少ないからである。(モチベーションが低いため。ここで言う「興味」は心を込めてという意味。疾患に対する「構え」が違うのである)

こういう経過を診ると、それぞれの非定型抗精神病薬の特性が良く表れていて興味深い。リスパダールは感情を遮断する面があるので、「ある種の無感情」を出現させるのである。これは脳の抑えなくても良い部分も抑えてしまうからに他ならない。それに対し、理想に近い非定型抗精神病薬は、その人の日常の情緒を豊かにするので、恋愛感情などももちろん湧く。だいたいリスパダールは抗プロラクチン血症や男性ならインポテンツが出現ししやすいので、そういう情緒は出にくくなる面がある。もちろん、これはリスパダールの個性でもある。

ところが、ルーランはそういう情緒を抑えないのである。彼女が2週間あまりの間に8冊も本が読めるのは、その本の登場人物に感情移入できるからに他ならない。そういう情緒がなければ、そこまで本は読まないし、楽しめないと思う。ただ、このような情緒的な豊かさが、ある面、病状悪化のリスクになっているのには間違いなかった。つまり色々なストレスに彼女達は弱いのである。

結局、ルーランは前回の悪化にはルーランの薬剤特異性が一枚噛んでいると考えた方が良さそうなのである。そういう見地から、彼女はリスパダールを微量だけ追加していた方が良いということになる。

現在の処方
ルーラン    8㎎
リスペリドン  0.25㎎
(夕方に服用)


この処方はたぶんリスパダールが少なすぎるんだと思う。この処方は少し足りないことは間違いなかった。理想的には、

ルーラン    8㎎
リスペリドン  0.5㎎


の方がいくらかリスキーでないと思う。しかし、この処方だと体重増加があるか、ないとしても減量が非常に難しい。リスパダール0.25と0.5㎎の相違は、その情緒的な抑制感と、女性では非常に大きな問題の体重増加であろう。そのあたりは主治医が精神疾患の治療について、どのような考え方をしているかにかかわっている。

彼女は前回、リスパダール液を服用することで、悪化の端緒を摘み取ることに成功している。現況、体重減少が順調に進んでいるので、今の処方で問題ないと思われる。つまり体調が良くないときだけ、リスパダール液を少量頓服で飲むというやりかたである。これなら、体重には大きな変動はないであろう。

結局、リスパダールの少量の単剤はまだしも、リスパダールのそこそこ多い量の単剤は能がないと思うのであった。それは人間として当然ある喜怒哀楽まで抑えこんでいるからである。これは単剤で寛解したとしても、優れた寛解状態とは言い難い。僕が、人によれば「単剤治療が推奨できない」と言うのは、その寛解のクオリティを重視しているからである。

彼女の理想的な処方は、たぶん、

ルーラン   8㎎
デパケンR  400㎎


とかなんだろう。しかし、彼女の場合、デパケンRはほかの人より過食、体重増加の副作用が出やすく難しい。リスパダールの少量なら、それほど影響がないし、まあ保険代わりになると思われる。リスパダールの0.25㎎はとても少ないが、彼女に関しては無意味ではないし、月経や体重に関しても悪影響が出ない範囲である。

あとちょっと言えば、上の処方では3錠飲まなくてはならないのに対し、ルーラン8㎎とリスペリドン半錠だけだと、見た目には1.5錠飲むだけで済む。こういうのは意味がないと言えばそうだけど、結構、患者さんにとっては印象が違うのである。

このような多剤併用も、結局、医師の裁量の範囲なんだと思う。だから、多剤併用が間違っているとか、意味がないという主張は、精神医療の質の面(体重増加なども含む)も考慮すると、たぶん間違っていると思う。

参考
ルーラン12㎎
非定型抗精神病薬の病状悪化率

多剤併用についての話
リスパダールvsジプレキサ(付録 ルーラン)