電子カルテの精神科病院 | kyupinの日記 気が向けば更新

電子カルテの精神科病院

現在、電子カルテを採用している精神科病院はかなり少ないのではないかと思う。電子カルテはハード的にもお金がかかるし、職員もパソコンで文字入力ができないと勤まらない。精神科では、内科、外科よりゆっくりと仕事ができることもあり、看護師の平均年齢が高くなっている。なおさら電子カルテの敷居が高いと思われる。

僕は電子カルテを採用している病院で働いたことはないが、時々精神鑑定などで他病院に行くことがあり、電子カルテのあるナースルームの光景がどんなものかはわかる。

普通、電子カルテの場合、医師のカルテとナースの看護記録は同じファイルにあるので、パソコンの患者情報という意味では1つにまとまっている。僕はソフトがかなり重いのではないかと漠然と思っていたが、実際はそれほどではなかった。慣れれば誰でも使えそうな気がした。ナースルームには各患者さんのカルテは存在せず、ただパソコンがいくつか置いてあるだけ。カルテが片付いてナースルームが広く使えるという点では電子カルテはいくらか貢献していると言えた。

ただ、過去の記録を閲覧するという点では、相当に使い辛いと思った。電子カルテをぱっと見ただけでは、病状の時間的な推移がわかりにくいからだ。僕が医療観察法の鑑定をする場合、過去のカルテを引っ張り出して精神症状や薬物治療の内容を調べることがある。こんな時、普通のカルテならペラペラとページをめくっていく感じで、だいたいの推移がわかる。特に医師の記載が多い日に目を留めてそれを読むこともできるし、処方についても、この時期多くの量が使われているのはなぜかなど詳しい内容を調べることも可能だ。

ところが、電子カルテではこのようなアナログ的な変化がすぐには見えない。何月何日という感じで積極的に期間を指定しないとその日の記録が出てこないからだ。そんなこともあり、「かつて10mg以上のジプレキサが使われていたのか?」などの単純なことさえも検索に難渋した。

精神医の仕事は、日常の診療以外に、「膨大な提出書類を書くこと」がある。精神医療は非常に公的機関の監視が厳しい業界であり、このような雑用に追われるのである。僕は自分の患者さんが多くなると、診察も大変だが、むしろこのような書類に追われるのが憂鬱である。毎月、相当な量になるから。

結局、電子カルテにしたところで、各患者さんの多くの書類を綴じておくファイルが必要になるので真の意味でシンプルにならない。その病院でも、各患者さんのカルテこそなかったが、提出書類の写しを綴じたファイルや、臨床心理士の心理検査の結果、入院時の家族と交わした書類などのファイルが入院患者の数だけあった。

電子カルテで調べたい患者さんのデータベースを検索し、カルテ内容を見たとき、下手な字というのがありえないので、記載内容は読みやすいと思った。みんな笑うかもしれないが、この業界では全く読めないカルテも存在するからだ。ただ、英語やドイツ語でごまかす手が電子カルテだと使えないので、まるで小学生の日記のような内容になってしまうのはやむをえない。しかもそれを看護者にも簡単に見られてしまうのである。

僕が閲覧した医師のカルテ内容は、文章がうまい方なのでまだいいと言えた。看護師が見るからといって、ちょっと飾って書くのでは、精神科医としては終わっていると思う。小学生は小学生なりに書いたほうが良いに決まっている。あと、ちょっと思ったのが、イラストが描き辛いこと。描く方法もきっとあるんだろうけど。描けるにしても、普通のカルテなら10秒くらいで描けるのに、電子カルテだとたぶん1分以上はかかるはず。

あと、精神科カルテに書く文章だが、できるだけ文学的に書かないように研修医時代に教えられた。文学的に書くとダメだといわれて、なぜかほっとした記憶がある。文才がないからな~

電子カルテについて結論を言えば、精神科とは相性が悪すぎると言わざるを得ない。カルテの保存という意味では良いのかもしれないが、普通のカルテだって保存に向いていないとは言えない。また、看護職員や医師の仕事量を減らしているかどうかも疑わしい。

ここで重要な点がある。古いカルテのひとつの役割として、現在の治療にそれを生かすということがある。過去、どのような薬物が合わなかったかというのは非常に重要だと思う。僕は、外来であれ入院であれ、疑問を感じたらカルテ庫から古い入院記録などを持ってきてもらっている。同じ失敗をしたくないこともあるが、どのような失敗ぶりだったかを知りたいからだ。そういう用途に電子カルテは向かない。結局、電子カルテはあまり治療に生かせないと思う。(参考1参考2

あと、医療の一部がコンピュータ化するたびにかえって仕事が増えていくのが気に入らないのもある。

余談だが、電子カルテの文章はプリントアウトしたらずいぶん変な文章になっていると思うよ。僕はたまに精神鑑定の文章を書くが、推敲の時、いったんプリントして読んでみないと変な文章に気がつきにくい。なぜなのかわからないが。ああいう生原稿の巣窟が電子カルテなのだと思う。

あと、無形といって良い欠点だが、ボールペンでサラサラ書くと書けるけど、パソコン入力では書き辛いことってあるでしょ。そういう記載こそ、真に精神科的な所見なんだけどね。