今日はこれまでの人生でもっとも不快な一日だったかも知れない。記録するのもためらわれる辛いことがあり、それは避けて通る。と、他に書くことがない、みたいな一日であった。
もっとも、手術は問題なく終わり、懸念していたほど酷い状況ではなかったと医師から説明も受け、ひとまずは安堵した。次女がたまにこの隔日記を覗いて情報を盗んでいるようなので、報告がてら記しておくと、経過は良く、今日はまだ麻酔で朦朧気味だけど、たぶん明日の午後には回復方向になるので、豆助の写真などラインで見せてやると回復速度が加速するだろう。医師と話した限りでは予定通り退院できそうなので、心配無用。
昼過ぎからの予定だった手術がちょっと早まりそう、とのメールが来たので、午前十時過ぎにヨンクで病院へ走った。昨日も朝は妻を乗せヨンクで行ったが、夕刻再び行く必要がありポンコと行った。というのは駐車場がいつも混雑していて、駐められないこともあるから。今朝もポンコで行こうかと思ったが、長女も来るというので、結局ヨンクで行った。たぶん終日病院にいることになるはずで、帰りにマンションまで送っていかなければならないと思われたので。推測通り、なんだかんだで病院を後にしたのは午後五時。長女をマンションへ運ぶ途中で日は暮れて、烏は山へ可愛い七つの子を突きに帰ったのであった。
途中、娘は不快な出来事の話をした。相当ショックだったらしい。私もショックを受けたが想定内なので大したことなかったが、娘にとってはかなりきついことだったらしい。
また思いだしてしまうから、もう触れないでおこう。
娘を送り届け帰路につくと、もう午後七時になっていた。今夜は肉豆腐にしようと牛肉と白滝を用意しておいたが、調理している時間は無くなっていた。煙草も底をつくので、途中のスーパーでなにか買って済ませようと思った時、携帯がブルブルと震えた。細身のコーデュロイパンツのポケットに入れていたため、シートベルトに邪魔されてなかなか取り出せなかった。そのうち諦めて切れるかな、とのんびりとりだし作業をやったが、いつまでも切れずしつこかった。ああ、これは、老母だな、とピンときた。
ようやく携帯電話を取りだして出ると、やはり老母だった。いきなり、「どうなった。なんで連絡しないの。早く報せなさい」と騒ぐので、「ただいま運転中で電話に出られません」と告げて切った。安全第一だから、運転中の喧しい通話は止めましょう。
スーパーに寄り、太巻きとこてっちゃんとセロリとパスタのサラダと煙草を買い、帰宅したのは午後八時だった。カーテンを閉め、暖房を入れ、湯を沸かした。風呂の湯ではなく、焼酎を割る湯である。湯が沸くまでの時間に、服を着替え、夕餉の支度を調えた。とりあえず焼酎を呑み、換気扇の下で一服し、老母に電話をかけた。
ここの会話はいつもなら日記の主題になるようなものだけど、話しがズレまくって会話にならず面倒なので割愛。話すのが面倒になったので、ハイハイと言って切った。
スティービー・ワンダーを聞きながら、巻き寿司を囓った。二口囓ったら、ガキッと口内に硬質の音が響いた。なにか、金属を噛んだような歯応えだった。まさか、巻き寿司に釘でも入っていたのでないだろうなッとビビった。
怖々、口中を指で探ると、硬いものが触れ、つまみ出した。
釘ではなかった。まるで歯のような形のぶつぶつが五つ並んでいる見つけない金属の物体だった。なんだろう、と首を捻りかけたが、すぐに正体がわかった。
ゲッ、下の五連結ブリッジ奥歯じゃないかッ!
私は激しく動揺した。
上の三連結仮歯は無事だったが、想定外の右下の五連結がいってしまった。
おいおいマジかよ、と驚愕し、青ざめた。
もはや正常な咀嚼は無理なので、左奥歯だけで軽く噛み砕き、なんとか太巻きもこてっちゃんもセロリも飲み下した。胃に悪そうだが、如何ともし難い。
神よ、なぜにかほどにまで残酷な仕打ちをなさるのか、と思った。ただでさえ病院通いで神経が衰弱しているというのに、この上歯科医院まで行かせるのか、なんという残酷なことをなさるのですか。整形外科をすっぽかし続けているからですか、それとも老歯科医師をおだて続け仮歯のままで誤魔化し入れ歯にせずに済ませようと企んでいるためですか。ただでさえ妻がいる婦人科では男用トイレすらなくいちいち上下の階へ移動して用を足すという苦労をしているというのに、この上、外れた五連結ブリッジ奥歯を持って歯医者まで行けというのですかッ。
私は嘆かずにいられなかったが、奥歯無しには食事の機能面が損なわれ、健康上よろしくないのは明らかである。行かざるを得ないだろう。
実に不幸もここまで間抜けになると、苦笑しか漏れない。
私は五連結ブリッジ奥歯を抓み取り、しげしげと眺めつつ焼酎を呑んだ。
けれど、今は歯医者に行く気力は無い。いつ予約を入れたものか、もの凄く悩んでいる。
明日の午後、ポンコと病院へ行き、娘たちの母の様子を見つつ考えることにしようか。