境界線型録

I Have A Pen. A Pen, A Pen Pen Pen.

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 外注支払いに行きたかったが、給料日みたいなので中止。業務はさっさと済ませてのんびりしたいけど、混んでいる銀行に行きたくないし。こんな日は何処も混雑している気がしたので、また家に引き籠もり終日過ごした。実際、敷地から一歩も出なかった。家の中はあちこち彷徨いていたが、こんな日はけっこう珍しい。焼酎も煙草もたっぷり在庫されていて、食べ物も昨日の残りや漬け物や蕎麦や素麺もあり、外出する用事も無い。今夜は夫婦だけの晩ごはんなので、なにも作らなくても良い。そろそろヤバい茄子が二本あるから、焼き茄子くらいは焼いてやろうと思ったが、それすらなくてもかまわない状況だった。
 となれば、当然、ギター稽古だろうと思ったけれど、左手指の腫れが引かないため、かなり抑制し、替わりに操体のおさらいをやって遊んだ。操体という言葉は聞き慣れない人が多いかも知れないが、たぶん農業界では少し知られてる気がする。橋本敬三さんというお医者さんが提唱した、民間療法みたいなもので、けっこう理に適っていて面白いので私は身体に不具合を感じたりすると思いだして利用する。この基本理念が私の考えとぴったりで、身体は本来自分で健康体であろうとするものである、と言う自然摂理の基本法則が底流にある。操体法という名を与えられているが、野口整体に通じる捉え方だろう。もっとも、今流行の整体はかなりトンチンカンで、それっぽい気分だけで施療などしているように感じ。本来は施療だの施術だのするのではなく、身体が本来有している能力を自然に発揮できる状態に近づけるためになにかをやる、ということに過ぎないだろうと思う。いわゆる自然治癒の力を引きだすだけのことで、人力でなにかを施すわけではない。医療ではない民間療法というのは、それがいちばんなわけで、余計なことはしない方が良いに決まっている。この辺の違いがわからない人などが整体にはまって、まるで病院みたいな気分で通っているのだろうか。

 私も老後は整体みたいなことで糊口を凌ぐ可能性があるので悪口はしないが、その手の民間療法には思うところがいろいろあり、本来は普通に自然治癒力を引きだす方法なのだから、何分いくらなんて施術形態はおかしいのではないか、とか。まずは自分自身でできるように助言指導し家庭で勝手にケアできるようにサポートするのが本質的やり方と感じ、それが難しい場合は通院とか訪問ということになるけど、まるで病院みたいに待合室で順番待ちしているような様子は不思議に感じる。健保対象外なわけだし。柔整と組んでインチキしているところが多いそうだが、それは健保の仕組みがマヌケのせいだからどうでも良いとして、なんでもかんでも医院チックになってしまうところがどうも気にくわない。操体の提唱者である橋本さんは医師だったが、医院らしきところはとうてい医院らしくなく、畳敷きの売れない文士の仕事場みたいだったとかお弟子さんの茂賀さんという人の筆にあった記憶がある。いや、売れない文士の仕事場という表現は私がやっただけだが。
 そういう医院らしからぬ環境だと、やはり病を抱えた客は近寄りにくく、たぶん売れない医者だったのだろうなんて気がする。オマケに西洋医療に刃向かうような、操体法なんて面白いことを提唱したから、けっこう業界で毛嫌いされていたのではないか、と思う。が、農業界はしっかり目をつけ、操体法を農家さん方に普及させる試みをやった。農文協と言う出版部門から健康双書として出版されたりした。で、いくらか普及すると客に農家さんが多い田舎の医療界も捨て置けず、田舎の大学などが目をつけて講演を依頼したりするようになり、やや普及したのかな。あくまでも私の想像なので、事実とは違うので。
 科学的に根拠が証明されているものではないので推奨はしないが、私の場合は、利用している。たいてい不具合を感じると、操体と整体と指圧と按摩と温熱治療と飲食を使い、自然治癒力がウキウキしそうなことをやる。だから滅多に病院に行かないわけで、それほど不健康ではない。ライフスタイルと精神は不健康だけど、身体はそれなりに元気で、体内年齢は未だに三十二歳である。最近は胸板も少し厚く戻り、左右の筋肉がピクピクするし、腹筋もたるみを引っ張ると六つか八つに割れだしているのがわかる。だいぶ筋肉を削いできたけれど、私のは筋トレで作ったものではなく、幼少期からの遊びで自然についたものなので、いくらサボってもなかなか減らないので困っていたくらいだから、蘇生は容易なのだろうと思う。原生林に鍛えられたターザン的筋肉は、そう簡単に弱らないみたいである。

 操体とか整体というのも、たぶん、そういう自然の生活の中で培われた身体というのを対象にしている気がするが、現代人にはどうなんだろう、とちょっと疑問を感じた。生まれたときから西洋医療の加護の元で衛生的安全に管理されスクスク育った人間の自然治癒力は、たぶん薄汚い長屋の六畳間で産婆に取り上げられ原生林を裸足で走り回っていたような生きものとはかなり異なるのではないか、と。私の世代には珍しく、私は産婆産なのでけっこう不衛生であり、遊び場もゲーセンなどではなくゲンセー林。生傷は絶えず太ももの切り傷も嘗めて治療していたから、脊椎も柔らかめだろうか。薬といえばそこらの畑のネギであり、ぼんぼりがついたやつを勝手に手折って、中のヌメヌメを傷に塗ればなんとガマの油より効果覿面、さあ、この奇跡の膏薬を本日はラッキーだ、筑波の麓だけに特産されるガマ葱軟膏をたっぷり詰めたハマグリの貝パッケージ、特製紅白水引き梱包をなんと一貝十万八千九百八十円という破格値でお届けいたします。さあ、お申し込みは今すぐッ。
 と言いたいくらい薬効があり、かつてバイ菌が入りたいへんな目に遭ったことはない。今でも少々の切り傷には葱のヌルヌルを塗ったりするが、なんら問題はない。なんとか軟膏とたいして違わない気がする。



 操体をちっと改めて眺めたのは、五十肩がなかなか癒えないからで、対処法がいくつかあるのでしばらく試そうと思ってのことである。ついでに記すと、操体法というか橋本さんの説が理に適っているのは、万病は足下からやってくるという点である。ウイルスなどの感染症は別として、ほとんどは身体のというか脊椎の歪みに由来するはずなので、私は正論と感じている。さらにいえば、より多くは心理から来るはずだが、橋本さんは操体の概念の中に「想」というキーワードでそれを位置づけている。ちょっと体系分析的には私と違うけど、たいへんしっかりした設計だと思う。桜沢さんのマクロビオティックも似ているが、きッと人類は最後にこういう理屈に還らざるを得ないのだろうなと感じる。
 とはいえ、別に西洋の医療医薬を否定するわけではない。外科系の理屈や技術は西洋ものの方が優れているし、私も外科的処置が必要なら西洋医療を施す病院へ駆けつける。歯医者さんにだって駈けつけるのだから当然である。が、日常的に駈け付けたくはないので、自分で民間医療的なものを学び適当に施療するわけである。それだけで、今のところ病院に行く必要はほとんど感じないで生きている。なのに健保税は目玉が飛びだすほど払わされているのだから、現代の政治行政の瑕疵がこんなところにも見えるわけだ。だから、インチキ健保対象などにムダな税金を提供して私腹を肥やさせざるを得ないのだろう。

 知らない人のために軽く解説しておくと、操体法というのは、身体の快・不快を自分の感覚で感じ、基本的に快を感じる方向へ身体の部位を(若干負荷をかけて)動かすことで、身体の歪みを自然に調整する、という理念の技法といって良いかな。この、快・不快を感じるというところがキーになるけれど、たぶん現代人の多くは、やってもわからなくなっているのではないかと思う。快・不快というのは微妙な身体のメッセージであることが多く、それがわからないと、操体はあまり役に立たないかも知れない。つまりは、快・不快を感知できる身体を取り戻すことによって、橋本さんが提唱された操体という自然治癒の理屈も機能し得るということになる。
 これは、とっても合気と似ている。というか、古流系の日本武術全般と似ているような気がする。
 民間にはそれなりに役立つ療法がいろいろ存在しているが、科学的根拠がないため蔑ろにされ迷信扱いされたりする。実際、迷信系も多いけど、理に適っていることも多々ある。が、脳味噌が科学信仰に陥ってしまえば、それを見落とす。私がやる合気上げに、某大の客員教授さんとか科学者さんなどは首を傾げるけれど、メカニズムとしては実に初歩的な中学生でも理解できる程度の物理法則が働いているに過ぎない。ただ、身体を媒材としてやっているせいで、感覚が理解を邪魔するらしい。
 感覚というのは、本当に不可思議なものである。





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 今日も取り立てて事件はなく仕事もなく、終日安穏族としてチラッとスーパーをはしごして涼んだりしたが、概ねは料理製造とぼんやりすることに費やした。今年前半のピークは乗り越えてしまったため、仕事は来月初旬までもう無いから、ヒマでしょうがない。次の多忙期は盆明けと宣告されているから、かなり長い夏休みを謳歌できるが、といって平日はあまりサボれず、いつ何時突発依頼があるかわからず、というとても中途半端なサマーホリデーである。この辺も日本人のダメなところだろう。休むなら休むで、ドカンと一発二・三年バカンスしてしてしまえッと思う。バカになるまでバカンスしなければ、西洋に追いつけないのだッ。勤勉なんか捨てて、検便でもしてろッ。おや、ちょっと下品になってしまったかな。

 ひとつだけ良いことは、ポンコのロードグリップ力がずいぶん向上し、マッハ三できついコーナーにリーンインしたりしても大丈夫に戻った点。で、嬉しくなってスーパーのはしごに暴走したのだった。もちろん私は暴走お爺さんではないので、ちゃんとした目的はあった。
 家にあるテフロン加工の大型フライパンがそろそろダメになったので、購入しなければならないからである。私はあまり使わないが、妻子はそれを多用するため、必要である。私としても愛用の鉄製パンを使って貰いたくないので、ぜひとも常備しておきたい。鉄のパンはやはりガキンと焼いて使わないとダメだけど、妻子はそういうことをしないのでやたら焦げ付くため、事後の始末が面倒臭い。その点テフロンなら焦げ付きにくいので安心である。
 が、なんと、テフロンを用意しておいても、やたら強火で使ったり、金属のヘラとかを使うので、一年くらいでダメになる。私の鉄パンはみんな三十年ものとかなのに。なので、いつも超激安のやつを買っておく。良いやつを買っても所詮売り文句だけで、保ちは大して違わないから、千円くらいので充分である。
 で、千円くらいのをひとつ買い、今のは肉豆腐とか煮込むやつに使おうルンルンと思ったわけだ。
 ところが、売り場でとんでもないヘマに気がついた。
 なんと、テフロンパンの直径を測り忘れていたのだった。たぶん二十六センチだと思うけど、二十八センチかな、と悩んだ。どちらも激安ものがあったのでどっちでも良いかと二十八に手を伸ばしかけたが、コンロが使いにくくなるといやなので、またこんろちゃんと計って出直そうと決めた。

 スーパーの売り場というのは欲望を刺激する巣窟だが、私の場合はちょっと違っていて、ケチだからあまり購入に及ばない。職業病もあり物品を眺めてトレンドを分析したり、価格の相場を確かめて腹を立てたり、老眼鏡をかけて仕様書きをジーッと眺めたり、滞留時間が長くなる。調理器具などだとさして長時間居座らないけど、家電品とかのエリアではスペックを読むのに時間がかかり、冷房が効きすぎていて腹が下ったりする。うッ、ヤバい、とポンコに飛び乗り猛速マッハ三で帰宅したり。
 なんてのも一応マーケティングなわけで、サボっているようだけど、労働の一環ではある。代筆というのは適当に売り文句を考えるものではなく、一応その商品やサービスに要求されるニーズの全容を把握し、仕様や相場や消費性向を把握しておかないと本当はできるものではないため、スーパーなどは格好の学習場になるのである。腹を下してまで労働しているのが、私なのである。

 超スーパー探索から戻ると、娘から電話が来た。
 なんだ、と問うと、「うちの本籍の住所を教えて」という。ははあ、と気がついた。こいつは次の長期休暇にニュージーランドへ行くとかいっていたから、パスポートをやる気だな、と。気にくわないので、少しじらすことにした。
 「おれが子供のころは、岩手だったがな、おまえが生まれたころどこかに変えた気がするな。あれはどこだったかな。日本人のみなさんが本籍にしているとかいう皇居だったかな。いや、違うな。おれは人と同じことは滅多にやらないからな。だいたい、なんか目新しいと感じると個性的ッとかいって真似するやつが多いけど、んなものに個性なんて無いだろ。ましておまえ、ハイシーズンにニュージーランドに行くなんて狂気の沙汰だぞ。まさか、そんなやつはいないと思うけどな」
 などと語っていると娘は苛立ったようで、「早く教えてよ」と怒鳴った。

 私の記憶の中の本籍地は、岩手県であり、胆沢郡前沢町字小路の何番かだった。が、私はその土地に行ったことがない。生まれ落ちたのは宮城県栗原郡鶯沢町柳沢というこの世で数名しか知らなそうな在であり、たいへんな田舎者を自認している。
 で、田舎者というのは都会地に憧れるものだから、つい本籍を港区なんかにしてしまいそうなわけで、私も他聞に漏れずそうした。もちろん両親に宣告して。なにしろ戸籍謄本を取りにいちいち岩手まで行ってられないから、住んでいるところから数分で取れるところに移したのだった。そこは港区ではなかったが、一応セレブリティーが暮らす場所とされていたので格好いいだろうと思ったからである。
 なので、娘に世田谷区成城だと教えたが、丁目番地まで教えろとしつこい。丁目は確か二だったと記憶しているが、番地まで憶えてられるかへら坊めッと告げた。パスポートを取るために番地まで必要なのよとやつは食い下がった。困ったヘラ坊だ。番地くらいなんだって良いじゃねぇか、しつこく聞くならおまえが調べろと職員に言えよ、と告げたが、ダメだった。
 仕方ないので後でメールで送るからさっさと電話を切れ、おれは電話が嫌いなんだとバシッと切ってやった。
 手がかりはあり、確か昨年妻が勝手に私の住民票を取ってきていて、いや、一応私のマイナンバーが不明になっていたからそれを補完するためにだけど、住民票には居住地の移動も記録されいるから、それを見ればわかるに違いなかった。なんとか探し出し娘にメールで教えてやったのだった。



 今夜は超本格酢豚と麻婆春雨と鶏唐揚げ二種の豪華中華ディナーにしたが、別に理由はなく、なんとなくすべて食べたくなったから。だいぶセレブっぽい御膳に見えるように拵えたが、材料費は猛安であり手間も大してかからない。基本は揚げ物であり、後はちゃちゃっと炒めたり三分くらい煮込む程度のお手軽豪華ディナーと言って良い。少し面倒なのは唐揚げ二種で、醤油味と塩にして、柚胡椒仕立てで食うというシステムを設計したため、微妙に悩んだけど、他はお手軽そのもの。この前の麻婆春雨は市販のインスタントにしたが、今夜は本格仕立てにした。けれど、とっても簡単なので、お奨めではある。私はかなり激辛にするが。
 海の向こうではこんな料理を味わえないことを娘は身に浸みて知ることになるだろう。
 ちなみに、ニュージーまで何しに行く?と問うと、「星空が凄くきれいなところがあって、そこへ行きたくなった」とのことだった。
 「おまえなあ、きれいな星空なんて、地球上の田舎へ行けば、どこにでもあるんだぜ。この辺でも、キャンプに行っていた丹沢くらいでもけっこうな眺めだったろ」
 「んー、それはそうだけど。海外に行ってみたいし」
 「おれが生まれたところは鉱山で公害の最先端だったけど、夜空の星は凄かった。街灯も、ビルの窓も、ネオンもないから、それは綺麗だった。ああいう環境だと、光はかなり際立つからな。外の共同便所にいると、人魂だって見えたし」
 「また、怖い話ぃ?」
 「いや、怖くはない。世界中のどこだって、暗けりゃ仄かな明かりも神々しく見えるものなんだって言いたいだけだ。おまえの本当の本籍地のようなもんだ」
 「……」

 あ、肉弾きは、左の人差し指が膨れすぎたので一回休み。右手の一・三倍くらいに太ってしまい、これはマズいと。骨に異常は無いようだから、関節がちょっと草臥れたせいだろう。一晩寝れば人差し指も痛みを忘れてしまうのではないかと思う。痛みを忘れてくれないと、せっかく記憶したタブ譜を虚弱な脳味噌が忘れてしまうから、さっさと忘れて貰いたい。
 という、感じで、今夜も最後は星屑日記になったのであった。





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 朝九時ころから今日も肉弾き修行していると、サイレンと鐘をけたたましく鳴らして消防車が走ってきた。なんだなんだ、と表へ出てみると、消防車が眼前を通過し、急坂を駈け上がっていった。近所の人たちもぞろぞろ出てきて、一瞬大騒ぎになった。私がでると同時に斜向かいの武道家さんご夫妻も飛びだしてきて、「なに?救急車?」と問うので、消防車が上がっていき、たぶん左の方へ曲がったらしいと教えた。が、坂を上がる途中でサイレンも鐘も聞こえなくなったから、これはガセだなと感じた。「たぶん、間違いでしょ」と私が言うと、「ホントね、静かになったねぇ」と笑った。
 が、周りの人たちの中には深刻な顔をして、「どうもプラスチックが焦げるような匂いがしたから、火事かしらと思ったのよ」とか叫ぶ奥さんもあり、「そうなのっ、臭かったわよね。ぜったい火事だって思ったわ」と応じる人もあった。
 それきり、町は静かになったので、やはりガセだろう。どなたかがなにか勘違いして、消防のみなさんを出動させたに違いない。ご苦労様なことだ。
 この辺りは高齢化著しいためか、しょっちゅう救急車と消防車が行き来する。やはり、タクシーみたいに気軽に呼ぶ人がいるのだろうと思う。
 けれど、本当にヤバい状況だとヤバいから、消防としては動かないわけにいかないわけで、たいへんな仕事ではある。

 二年くらい前、わが家の前の五叉路に消防車と救急車が駈けつけ、近所のご老人を運んでいったことがあった。老夫妻だけで暮らしていらっしゃったようで、それ以降、ご主人の姿が見えない。私はよく知らない人で言葉を交わしたこともないが、どうしているのか、ちょっと気にはなる。
 いや、正確には、一度だけ、言葉を交わしたことがあった。
 今夜、ごはんの時、妻がそのことを思い出させた。ちなみに、主菜は肉じゃがね。
 この数年、私は通勤をしないが、妻子は通勤するようになり、かつてと真っ逆さまの生活スタイルになり、毎日のように妻も娘も世間で検分した不愉快な出来事を話す。いわゆる愚痴だが、一様に言うのは、なんで都会とかってヘンな人ばっかりいるの?ということである。私が通勤していた頃はほとんどそんな話はしなかったが、毎日大量にヘンなやつと接触せざるをえないので、口にするのも面倒だったからである。たまに妻子がなにか不快なことがあって愚痴ったりすると、いつだったか渋谷の駅でこんなやつが現れて腹が立ったから絞めてやろうとしたら駅員に囲まれて邪魔された、とか私が言うと爆笑していた。こういうののほとんどは私に非がないはずだけど、とっ捕まえて脅していたりすると、周囲の人からは私が悪者に見えるわけで、まあ仕方ないなとは思う。
 その救急に運ばれていったご老人のことを妻が思い出したのが、そんな話をしていたときだった。
 「そういえば、あそこのご主人とおっぽは、一度話したことがあったでしょ。ほら、煙草のことで」
 ああ、と思いだした。こいつ、笑い話を要求してやがるな、と直観した。
 娘も話を聞きたいというので、私は厳かに語り聞かせた。

 あれは、かれこれ十数年前のことぢゃった。わしはまだ若々しく、辟易しつつも生き生きと通勤していた日々のことである。
 ある朝、八時ころだろうか、わしはいつものように恵比寿の事務所へ行くため、尾根道を駅へ向かって歩いておった。
 あれは、町の入り口にある協会のあたりぢゃったかのう、一人の見つけない老人が足早に寄り来たり、わしの前に立ちはだかったのぢゃった。
 わしの目を見つめ、けったいなことを述べた。
 「煙草を一本、良いですか?煙草を、一本」
 ん、とわしは訝しんだ。状況から察するに、これは少し頭がいかれた爺さんらしいと思った。煙草一本くらい差し上げるのはかまわないが、無心すればきっと貰えると思いこむと他の人にも迷惑が及ぶから、ここはひとつ厳しく躾対応しておくべきだろう、と判断した。
 「おい、爺さん、煙草くらい自分で買えよ。買えないなら、吸うな」と私はきわめて冷たく告げ、老人が存在しなかったかのように駅へと歩を進めた。
 出来事はただそれだけだが、その一週間ほど後だったろうか、私が五叉路でぼんやりしていると、東南から繋がる路地にいきなりあの爺さんが姿を現した。そして、すぐ後ろにマルチーズを抱いた老婆がついて歩き、老婆とマルチーズには見覚えがあった。
 ゲッ、と思った。あ、あの爺は、ものすごくご近所にお住まいだったのかッ!と。
 それ以来、わしは、件の老夫妻の目になるべく触れないように、コソコソと身を隠して生きているのである。

 妻子は爆笑したが、こちらは堪ったものではない。切実な事件なのである。
 そういう老人も姿が見えなくなれば気になり、どこか施設にでも入所されたのだろうか、あるいはなにか病気で入院したのだろうか、あるいは……と気になってしまう。
 その手の話に私は事欠かず、大量にもめ事ネタがあるので、求められれば語り聞かせるが、ほとんどは不愉快なものだが、サービスで笑い話に演出して再現するけれど、別に思い出したくもない。
 せいぜい、食卓を沸かせるサービストークになってくれるくらいが利点だろうか。
 では、ここらで昭和の星屑にご登場願おうか。ドリスちゃんも良いんだけど、やっぱ黄色人種はこれじゃね、と。



 本日も稽古場が確保できず、休み。主な業務は相変わらずの肉弾きと肉じゃが製造くらい。いや、もうひとつ事件があった。
 朝十時半ころスーパーへ行こうとポンコに向かうと、最近足下がわが差し歯みたいにぐらつくなと感じていたのでちょっと点検したところ、前輪の空気がほとんど抜けていたのだった。パンクだとマズいので、行きつけのバイク屋さんへ走り、確認して貰った。空気を入れるだけならスタンドでも良いが、私はバイク屋さんに頼む。餅は餅屋なので。七十代半ばくらいのご老人が店主で、行けばニヤリとして歓待してくださる。
 「パンクなのか見て貰えますか。タイヤはまだ溝もあるし滑りもないから、使えるならギリギリまでこのままにしたいんですけど」というと、ニヤーッとして、ポンコの脚を眺めた。
 「ああ、これはね、チューブだよ。今どき少ないけどね、チューブは空気が抜けやすいんだ。三ヶ月に一回は入れた方が良いね」
 と教えて貰った。ネットでチューブレスのを買おうと思っていたが、チューブ式とレスではホイールが違うということも教えて貰い、ムダな散財をせずに済み助かった。
 「これだけでも、お願いに来て良いんですか」と問うと、「良いよ。なんでもいらっしゃいな」という。
 「おいくらですか」と尋ねると、老店主は両手の人差し指を胸の前で交差させて、またニヤッと笑った。
 「こんなもの、代金なんか貰えないよ。こないだお菓子も貰ったしね。いつでもいらっしゃいよ」
 久しぶりに、私の奥の方に残っている昭和の情景を目にした気がした。





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