境界線型録

I Have A Pen. A Pen, A Pen Pen Pen.

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 さっそく弦が切れたので、ポンコに跨がり隣の大きな町へ走った。一弦だけだけど、どうせすぐ手垢にまみれて音のシャリシャリ感が失せるから何セットか用意しておこうと考えていた。十数年前、最後に買った同じ店へ行ったら、記憶よりもだいぶ高いので驚いた。以前ギタリストから安物を頻繁に替えた方が良いかもという話を聞かされ、そうしていて、確か五百円台くらいのを二三ヶ月で替えていた気がするが、店にあるのを眺めると最安値はMartinのワンセット七百円のようだった。いつも使っていたD'Addarioの方が高かったが、保守的な私はとりあえずD'Addarioひとつだけ買うことにした。これから後は、ネット通販でノーブランドものを買うことにしようと。店へ行けば楽器を眺めて触れて愉しいけど、高いし行くのが面倒臭いので仕方ない。
 

 前はいつも駅まで歩き電車で行っていたが、最近はポンコで行くようになった。先日、確定申告に行ったとき激安の駐輪場を見つけたから。確定申告会場になっていた施設に付属する駐輪場だが、それまでその存在を私は知らなかった。なにしろ四輪用の駐車場入り口の奥にひっそりとあるウナギの寝床みたいな細長いもので、入り口がすごく小さくて通りからなかなか目につかないから。あのときは近くに有料駐輪場がないか探して彷徨いていて偶然目にとまった。管理のお爺さんに申告に行くというと、とりあえず百五十円先払いしてもらうが、その施設は市の第三セクターが運営していて、施設利用者には二時間以内なら後で百五十円返すシステムになっていると教えられた。へえ、タダかァ、借金財政のくせに気前が良いなと感心した。
 今日はその施設に用はなかったが、百五十円で済むなら電車やバスで行くより激安だから、その駐輪場をまた利用した。この前と同じお爺さんがいて、百五十円支払うと、「はい、行ってらっしゃーい」と機嫌良さそうに送り出してくれた。
 

 繁華な町を二時間も彷徨く気はさらさらなく、弦を買って古本屋でも眺めたらすぐ帰るつもりだった。一時間くらいだろう。一時間で百五十円というのは、高いのか安いのかわからなかったけど、他の交通手段の方が高いのは明らかだった。電車だと往復二百六十円だったかな。バスだと四百円を超える。それに較べれば、やはり激安に違いない。しかも、気の良いお爺さんが駐める場所を親切に案内してくれ、あまつさえ「行ってらっしゃーい」とまで告げて送り出してくれる。この一声だけでも安く見積もっても百八十円くらいの価値があるだろうと思う。と言うことは、ポンコを駐めるだけで三十円も儲かると言うことではないかッと驚愕した。ま、情緒的付加価値だけだけど。
 

 

 弦を仕入れてからブックオフに立ち寄り、中古のスコアブックを眺めた。最近、うんざりするくらい耳にするようなスタンダードの名曲を弾きたくなってきて、この曲のTAB譜があるやつを入手した。やりたいのは基本的にスローバラードで、目的はこれからどんどん日が延びていくので、ぼんやり夕景を眺めつつほろ酔い加減で静かに肉弾きたいということ。コンセプトは当然、夕闇に融けゆくまどろみの旋律である。間違いなく、弾いているうちにうとうとしてきて気持ちが良いに違いない。
 ただ、その瞬間だけを求めて、私は鍛錬しようと思う。
 その時を目指して、今日は弦を買いに走ったのだ。スコアブックはたまたまあったから手に入れたのであり、ブックオフに行った主目的は美味しそうなつまみのレシピ本などないかなと思ったからである。
 私がもっとも好むのは、聴いているとうとうとしてしまう旋律で、興奮していくのも嫌いではないけど、やはりうとうと系の方に惹かれる。かつてのレパートリーはだいたい復活させたが、ほとんどが肉弾いていると眠くなる。IndianaのFからFm、Cみたいな流れを耳すると、うっとりしてうとうとする。で、眠ってしまうからいつまでも上達しないのかもしれないが、良い気分になるために肉弾くのでそれで良い。
 

 駐輪場へ戻りポンコを出入り口へ運び、お爺さんに「お世話様でした」と挨拶すると、「ああ、お疲れ様。じゃ、これ」と小銭を渡してくれた。手の平にのせられたのは、百五十円だった。
 「あれ、今日はここの施設に用はなかったんですよ」と私は言った。
 「ん、そう?でも、一時間も駐めてないからね、良いんじゃないか」と応える。
 んー、とちょっと悩んだ。タダになればありがたいが、第三セクターの場合、どうなんだろう?と。 市の財政に影響するのだろうか、と考えたが、どうせ運営を請け負った企業の利益になるだけだろうから、得させてもらえば良いか、と自分に都合良いように考えた。お爺さんからいただいた情緒的利益は千円くらいに跳ね上がった。
 市行政が自分で運営できないために第三セクターなどやり、いつも稽古に使っている体育館もそうだが、現場で働く人たちはけっこう自分なりに消費者寄りのサービスに気を遣って見える。民間企業の場合、当然現場の人にはそれを求めるが、一円でも損しそうなことは厳禁だろう。役所の場合、現場のものは市民サービスよりも内部の監視に気が向かうようで、とにかくヘマしないように、上司から怒られないように、みたいなことに気を遣いすぎて忙しく、サービスに気が向かないのかなと想像しているが、第三セクターとかだと現場は気楽で、けっこう大雑把などんぶり勘定みたいで微笑ましい。現場の人自身はなんら得するわけなどないが、自分の価値観に照らして百五十円返してやって良いと判断すれば返してしまうと言うことだろう。日本人らしい思いの片鱗に触れられて、帰路はすこぶる上機嫌だった。
 あのお爺さんみたいないい加減さ、甘さ、緩さがいつまでも喪失されないで欲しいな、と思うのだった。百五十円も得したから。情緒的利益と合わせれば、なんと千百五十円もの高収益を得たことになる。
 

 午後五時過ぎに帰宅すると、すぐに湯を沸かし、芋焼酎をやった。今日も主夫ではないので飲んだくれていれば良い。ちなみにいつもその時間帯には蕎麦焼酎をやるが、彼岸の墓参りの時、老母が黒白波の小パックを持ってきて墓に供えた後、墓石に蒔こうとしたので叱りつけて奪ってきたのである。墓石は酒なんか呑まないから、おれが呑んでやるッと。私的にはやや甘すぎるが、たまには趣向が変わって味わいがある。
 そろそろ暮れだしたので、さっそく仕事部屋に引き籠もり、改造ギターを手にWhen You Wish Upon A Starの手習いをやった。一時間ほど繰り返していると、「ただいま」と聞こえ、娘がやけに早く帰宅したとわかった。が、それどころではなかった。眠くてしょうがなく、けれど一日も早く修得するためには、ひたすら繰り返し身体に滲みこませるしかない。気持ち良い音楽を身につけることは、睡魔との格闘なのである。乳児みたいにおぼつかない指運びだけど、主旋律の導入の最後に来る高音のAなんてたまらずうとうとして、ついノックアウトされそうになる。
 が、私は耐えた。珍しく頑張った。なぜならば、ものすごく簡単な指運びなのに、何度やっても手に馴染まなかったからだ。畜生め、この野郎ッと胸中に張り裂けんばかりの叫びを上げつつ、主旋律の最初の終わりの高いAを響かせると、心地良くなって一気にうとうとしてしまう。
 ああ、良い響きだ、と陶然としていると、仕事部屋の扉が開かれ、娘の声が聞こえた。
 「おっぽ。ゴハンできたって」
 んむ、と頷き、私は改造ギターを手放し、お食事処へ向かったのであった。
 

 

 

 

 

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 ギター改造で余分に空いてしまった穴を隠すために飾り物を造っていて、数日前、完成が近づいたらまたビジュアルリポートしようかなとか呑気に記したが、つい興奮して一気に仕上げてしまった。もちろん一気にやったので雑だけど、早く穴埋めして肉弾きたくて我慢できなかったのである。

 

 

 当時はナスとソラマメと思っていたが、ほぼソラマメになった。鑑賞のポイントは、右尻の穴ふたつをを誤魔化しているソラマメ連鎖の右端にくっきりと浮き彫りされた御紋。これさえ突き出せば、どんな悪党もヘヘェ畏れ入りましたぁとひれ伏す例の御紋とはちょっと違うが、わが家に伝わる丸に州浜である。いい加減にやったので丸が歪だし、磨きも雑でボコボコしているが、完全手彫りによる突貫作業にしてはなかなか悪くない出来になった。このギターは音が悪いし他人様に見せびらかすものではないので、これで充分。
 穴ふたつ減らしたおかげで悪い音ではありながらも、このギターにとってはかなり音を最適化できたと感じる。相変わらずペコペコした音だけど、ギタレレの気分で聞けばこんなものかと感じるだろうし。どうしてもベニヤ板みたいな胴なので、スプルース単板の大きめのやつに敵うわけがない。ベニヤ板らしい安っぽさこそがこのギターの持って生まれた個性なので、この改造の主眼は個性を最適化することにあったわけだ。と言う見方をすれば、ミッションは大成功だったと言える。
 しかも、ヘンなものが貼りついているので、やっぱソラマメだよなぁ、と目にすると笑えたりする。価値ある改造であった。

 

 夕刻、換気扇下のスツールに腰掛け、口に煙草を銜え、股の上に改造ギターを抱き、芋焼酎を舐めつつ紫煙をくゆらし、性懲りもなくめちゃくちゃなEのブルースを肉弾いた。晴れた日の暮れ時の寂しさを紛らすには、ブルースを肉弾くしかないのだ。上手ければ門脇に筵でも敷いてあぐらを掻き、ジョンソンさんの家紋・イン・マイ・キッチンでもやりたいところだが、下手なのでそうもいかない。
 

 

 今日は新聞で、届け出していない老人施設が大量にあって困ったものだみたいな記事を目にして少し考えた。届け出ないと言うことは、不届きというやつだな、と。先頃から認定保育園だかの不届き問題も喧しく、老人からお子さままで気が気でないことだろう。
 私もそういう施設にはとても関心があり、社会の価値を測る尺度の目安として役に立つと考えている。仕事でも育児関係に関与したときはやりがいがあった。
 そうだ、その頃の着想部分は記してなかった気がするから、チラッとバラしておこう。もう時効だから良いだろう。
 やっていたのはオムツで全国の方々もCMなど目にしたことがあったかもしれない。なにをやったかはどうでも良いとして、あの頃、子育てにはやや大変な仕事的見方が定着していて、各ブランド共にいかにお母さんの安心感を引き寄せるかという表現でしのぎを削っていた。商品開発も質による競争が最大の要点であり、デザイン的な面などはけっこうなおざりと言って良かった。と言う点でとってもやりやすく、扱ったブランドは激落気味だったが勝ちは見えていた。私が採った戦略は、笑え母ちゃんみたいなもので、キャッチからしてアホ丸出しの笑い声にした。いや、ワザとわかりにくくしているのでアレだが。
 この思いはしかし真摯なもので、子育てが愉しめなければ、育つ子どもだって愉しくないじゃん、と言うこと。わが子のために良質を与えたいなんて当たり前だけど、責務に駆られて母親が鬱屈してしまったのでは赤ちゃんもたまったものではない。だからさ、気楽にいこうぜ、母ちゃんッ、をコンセプトにしたのだった。ブランドロイヤリティーを高め収益性を上げるのが真の狙いなのでマスではあまりアホなことはできずほのぼの路線にしたが、プロモーション関係はどぎついことをかなり連発させた。安売りをバンバンやってもらい敵にジャブを効かせシェアを維持しつつ、水面下で超大盤振る舞いのクローズドキャンペーンを仕込んだ。それでもまだ足りないので、メディアタイアップ企画を大量投入しそこら中でヘンなイベントをやり、ブランドスイッチを促して競合を干してやるためにそこそこ豪華なオープンキャンペーンも同時多発的にバリバリ仕掛けた。で、シェアはあっという間に三倍になった。
 こんなことは簡単なことで、思い悩んでいると思いつかないようだけど、楽勝気分でいれば次から次とアイデアなんて浮かんでくるし、きっとそれなりに奏功する。すべての企業に言えると思うが、奏功すると信じて愉しんでいれば、客も愉しむもので、いつの間にか一緒に阿波踊りしていたりする。問題は踊りを作る資金の有無だけど、なければないでそれなりのスケールでやれば、確実に成果は出る。
 と言うことを最近も実感していて、いまのクライアントも奏功しつつある。もちろん貧困予算のせいでV字回復とはいかないが、逆さへの字くらいで顧客をゲットし続けている。やっているのはもの凄く地味なことで、マスなど使えないからエリアものがせいぜいで、いちばん多用しているのがビラである。が、このビラは常に内部における戦術と連動していて説得力があるので、確実に潜在客を獲得する。お子さま物語など一切宣伝しないが、実体験とビラによる口コミだけで今年は昨年の五倍の集客を呼んだらしい。まだ二年はかかるかなと想定していたが、どうやら、私の想定以上にご父母さま方は、お子さまが喜んで学びたがる方法に飢えていらっしゃったらしい。ま、現在進行形のものにはあまり触れないでおこう。

 

 育児系は人類の未来を創造する最重要の事業なので、気合いが入る。とにかくお子さま方に愉しんでもらい、良性の性質を伸ばしつつ学識経験など深めてもらいたいので、徹底的に工夫しまくる。そのひとつの結論がお子さま物語教材で大正解だったと言って良いだろう。そんなことができたのは、ヒマだったおかげでもある。ヒマでなければ、まずできなかっただろう。なにが幸いするかわからない。
 籠池問題なんてのはなんだか政治的に利用されてしまって意味不明になっているけど、問題の本質は政治じゃなくて、ああいう教育を是としていて良いのかというところなわけで、良いわけがない。あんなやつに教育されちゃあ、また戦争に走りかねないから、教育界から追放しないといけないと思うが、愛国を気取るものは擁護していたりする。おまえらだけで独立国家でも作って勝手に戦争してろよ、と思うが、普通にのんびり生活して死にたいだけの大衆まで巻き込もうと躍起になる。が、大衆というのがこの世のほとんどなのだから、大衆の願望に添うようにゆるやかに善導を目指すのが政治というものなわけで、亡父たち右翼と呼ばれた人々にもっとも疑問を感じていたのがそこだった。天皇制の下に三千年近くやってきた国なんだから、それがいちばん良いだろうと思うが、明治以降なぜ戦争だらけの状況に進んだのかもっと深慮すべきだろう。資源貧国だから仕方なかったのだなんてただの言い分けで、なんら説得力がない。火山列島であり森林大国なのだから、いくらでも工夫の余地はあるだろう。夏の涼しさを作るには電気などが必要だろうけど、冬の寒さを凌ぐために電気など無用という状況もすぐにでも作れるはずだけど、やろうという話はほとんど聞いたことがない。リサイクル可能で最高に役立つ森林資源をこれほど無視している森林大国ってバカじゃねぇの、と思うが。
 

 いや、そういうことを言いたかったのではなかった。また逸れてしまった。
 お子さま話の次に老人話をする気だった。なにしろ忘れっぽいので、コロコロ話しが転がってしまうのでのう。
 私も実は老人ものにも興味があり、食い詰めて転職するならその系が良いかなという考えもある。従兄弟も関連のことをやっているから。
 新聞で不届きな施設があって困るというのを目にして思ったのは、届け出していないから不届きと断定はできないのではないか、と言うこと。行政の指導に従うと兎に角七面倒くさい書類作りとかどうでも良いような申請とか高が知れた識者とか有資格者の指導を受けなければならないとか、バカバカしくてやっていられないことが大量に義務づけられる。補助金だの助成金などを受けるにはそれが不可欠なので、面倒臭くて、けれどすぐにでもご老人方の役に立ちたいとマジでやっている人などには、そういう手続きを端折ってしまう人もいるだろう。私だったらそうしてしまうと思う。面倒臭いから。
 不届きな施設の大半はほんとうに不届きなのかもしれないけど、一部にはどんな適正な手続きの元にしっかり運営されている施設よりも、入居者さん方が幸福に生活している施設があるのではないかと思う。
 不届け、故に、不届きである。
 なんて論旨は、浅はかすぎるだろう、とちょっと不機嫌になったのだった。
 

 わが家が老人施設だったなら、私は毎夕、門脇に筵でも敷いてあぐらを掻き、改造ギターをペコペコ鳴らして、家紋・イン・マイ・キッチンをがりたいかな。ヨイヨイのご老人が通れば、ヘイ、カモン・イン・マイ・マイ・マイ・ママイッ、とか歌いかける。
 なんじゃ、この変態爺はッ、と叩かれちゃうかもしれないが、がなり続けたいと思うだろう。
 組織の決めごとというのは、ほんとうに面倒臭くて不愉快で、窮屈でならない。んなこと、どうでも良いだろうッと言いたいことだらけだけど、賢明なお役所の人々などにとっては重要事なのだろう。とすれば、共謀罪などでっち上げて監視しやすくしたい意味がわかる。
 でも、国民は奴隷じゃないし、学校の生徒じゃないし、社員じゃない人もけっこういるから、監視強化にこれ以上いこうなんて自分らの首を絞めるようなものだろうと感じる。動物園の獣は野生を知らないか、あるいは食に困らないから温和しくしているだろうけど、野生に育った獣を躾けるのはそう容易なことではなく、機嫌が悪くなると必ず牙を剥くはずだし。
 

 

 

 

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 またこのところ公私ともに多忙となり、雨降りで庭仕事はできないから、今日はギター改造用飾り物造りに没入しようと考えた。造ったところで使えるかどうかはわからないが、やろうと決めたことはきっとやる。但し、忘れっぽくて気が多いので、明日やるか、数年後に思いだしてやるか、十年後になるか、三十年後になるか、は神のみぞ知るである。武術願望も高校生の時から三十代後半まで、なんと二十年も放置していたし、ギターも今年まで十数年放置していた。いまは物語も放置してしまっていて、まだ忘れていないけど、そろそろ忘れてしまいそうな気がする。忘れてしまうと、何年後に思いだして再び着手することになるか、わからない。
 子どものころからそういう性質で、思いつくと一気にガーッとやるが、新しい物事に気が向いてしまうとケロッと忘れてずっと放置してしまう。といって放棄したわけではなく、忘れてしまうだけで、やろうという情熱は燻り続けているから思いだすとボウッと燃えさかったりする。
 武術に関しては合気道は眼中になく、古流の剣術から忍者への道を探る気だった。三十八歳ころに思いだし、古流剣術の道場を探したが見つからないので、たまたま目にした居合の研究会に参加したのだった。が、何度も記したはずだが、土日に長々と稽古したくて家族サービスできないから誤魔化すために、妻子にも絶対愉しいからなにか武道をやるように瞞したのだった。策略は成功し、娘たちを合気道に向かわせ妻を付き添いにさせたが、結局妻が痛くてイヤだと言いだしたので、仕方なく私が付き添いになった。という経緯だが、これは幸運だったと言って良いだろう。こんな興味深いものを知らないままだったらずいぶん後悔したことだろう、といまも思う。

 

 などと記すのは、晩ごはんの時家族とそういう思い出話をして爆笑していたからだが、流れで職業の話になった。娘は今年主任になるかもしれないと言い、すると年収が百万円上がるとか。おまえ、おれの百倍くらいの金持ちになる気かッ!と叱りつけたが、サラリーマンでやっていく気なら出世しておいた方がラクだぞ、と教えた。私は出世したいと考えたことがなかったけど、結果として思いだせば一気に制作監督に駈け上がったからいろいろラクだったわけで、収入も一年で倍増した。ほぼバブルだけど、その何倍もの稼ぎを会社にもたらしていたので当然だろう。けれど、すぐにイヤになり、辞めて自立することにした。
 独立して稼ぎたかったからではなく、会社という組織集団にいたくなかったからと言うのが主な理由だった。やることなすこと面倒臭く、いちいち自分の行動を記録して報告しなきゃいけないとか、バカバカしくてやっていられなかったからだ。ほぼ無休で労働しているからタイムカードなど自分には無意味なので押さなかった。当時の制作部長が(といって、制作部に数名と他にあるのは営業部だけで部員は社長と代筆屋から転げ落ちたもう一人だけだったが)社長に怒られるから押して欲しいと頼むので、あんたが代わりに押しとけば良いじゃん、適当で良いからとお願いすると、私が辞めるまで頑張って押してくださっていたらしい。
 

 こういう仕組みは管理社会の典型で、労働時間分を給与換算するわけだけど、その労働の質はあまり問われないから、無意味に会社に居残って残業代をせしめるものがほとんどだった。夜七時までいると晩ごはん代も会社から出たので、若い社員はみんなやることはなくても頑張って会社にいた。みんなでご飯を食べると、お茶など飲みながら私の怪談話など聞き嬉々としてタイムカードを押して帰宅したものだった。とんでもない社員たちだッ、と立腹するだろうか。が、ほとんどの人間はそんなものだろう。私はその頃は高給取りだったけど、若い人たちは安月給だったから、どうせ会社も経費にできるんだろうから晩飯を食って帰れば良いじゃんと思っていた。他に福利厚生らしいことなど無かったし。おかげで若い人たちから(といっても私も二十代だったけど)の信任厚く、仕事はきわめてスムーズに運んだ。質は低かったけど、それがその会社の限界なので仕方ないと思っていた。
 が、もっと質的に高いことをやりたくなってイヤになったので辞めることにしたのだった。
 

 ついでだから当時の気分も記そうかな。私はかなり自信満々だったので別の会社に入る気はなく、独立自営と決めていた。客も仲間もほとんどなかったのに無茶と言って良い状況だったけど、なにも心配していなかった。作品を見れば誰だって使いたがるだろうと気楽なものだった。が、現実はそう甘いものではなく、初めは誰も使ってくれなかった。ゲーッ、ヤベぇじゃんと焦っていた。飯が食えなくなっちゃうじゃんかッ、と。
 とりあえず元いた会社から代理店がおまえに頼めというので外注してやると激安案件が来たので半年くらい食いつなげたが、営業する気もないので仕事はそれだけ。瞬く間に貧苦に陥ったのだった。その頃は成城の駅近マンションに住んでいて家賃が確か十八万円くらいだったので、立ち退きの憂き目を見るかもと気が気でなかった。が、世の中捨てたものではなく、かつて客の代理店にいた営業の人から仕事斡旋の電話があり、ラッキーと駈け付けたのだった。確か初めてのダイレクトレスポンスをやったのがそれだったと記憶している。
 デザイナー二人だけの小さなプロダクションで他に仕事など無さそうだったが、なんだか馬が合いそこから別のプロダクションが代筆屋を探しているから社長と会ってみてよと言われのこのこ出かけていった。そこもちっこいプロダクションだったけど、一応営業部隊が三人いて、全員大手系代理店から落ちこぼれた仲間たちらしく、顧客の数が多く、思いがけずマス系もあり、マス経験がある代筆屋を探していたらしかった。需給がぴったり嵌まり、そこの大きめの仕事はすべて私が引き受けるようになり、瞬く間に生活が安定した。
 

 怠け者だけど、仕事は自分が望む質にしたいから無休でやるので評判は良く、次々と客ができていった。とりわけ請われたのが、大手と競合するコンペでの仕事だった。これがけっこう面白いもので、やはりマス経験などないとそういう競合に対処するのは難しいものらしく、私は経歴的にオシャレ系だったのでけっこう勝率が高く、大手キラーとして喜ばれた。ちっこいところがでっかいところに勝つのは気分が良いもので、私はちっこいところの助太刀一筋でいこうと決心したのだった。
 が、ちっこいところはそんな考えなどなく、儲かりそうなら大手だろうが中小だろうが関係ない。昨日競合したところとでも、今日は仲良く儲け話をしていたりする。ま、無様だけどしようがないよなと思って眺めていたのだった。中には子飼いされて喜ぶところもあったが、バブル後激震が走った。多くは見捨てられ、オロオロしていた。内部で責任の押しつけ合いをやって分裂したところも何社か目にした。その結果、二〇〇〇年ころにはちっこい客が九社くらいもあり、忙しかった。ITバブルなどの騒ぎも確かその頃だった気がするが、忙しすぎたので数社切った。当時は失墜したナショナルブランドの立て直しを依頼されブランディングディレクターになってしまったので、年中それに忙殺され他のことができる状況ではなかった。仕事は成功したが、ここに大手の魔の手があり、ヘンなことになって結局継続を断ることになってしまったが、あれは愉しい経験だった。
 

 その後は加速度的に状況が悪化し、客が次から次と連鎖的に倒産していった。ウェブマーケティングのムーブメントに乗れなかった事情があったとは思うが、日本の市場状況を眺めていると、どうも独禁法が陳腐化してしまっているように感じられた。ナショナルチェーンはM&Aで仮想し、明らかに寡占化へ向かっていたし、広告業界もほとんど寡占状況になっていた。大手の本体と連結グループだけなら独禁法に抵触しないのだろうと思うけど、独立系風の別会社であれ事業の流れ的にその傘下にあれば、ほぼ子会社的に牛耳られるしかなく、中小零細で生き残ったのはそういう奴隷的なところがほとんどだろうと感じた。
 これは、もう、終わったな、とわかった。もちろん、広告の質が激しく低劣化しだしたのがその頃と言って良いだろう。
 あ、もう長すぎるかな。こういう思い出話は尽きないもので、書きだすと愉しくてなかなか閉められなくなってしまう。
 

 ま、端折って、なにが言いたいのかだけに絞ろう。
 要は、個性の多様性が破壊され続けているのが日本で、そのひとつの原動力が動脈硬化みたいな行政であり、それを監督する立場のくせに牛耳られ続けて権威と稼ぎだけ保ちたがる政治であり、肥大化するばかりの競争しかできない企業経営だろう、ということ。それらがもたらすのは、人間の多様な個性の排斥だが、そういうことばかり嬉々としてやり続ける社会状況になったのは間違いないと感じている。それ故に過剰以上に異常としか思われない監視化を推進する法案の可決を必死に目指したり、多数決という民主主義なるものの暴力的側面を必死に正当化したがったり、ほとんど経済カルトから病状がさらに深刻化して狂気に近づきつつあるとしか思われない。
 認定保育園の粗末な給食などテレビで論われていてさもありなんと思ったが、こういう施設の経営までもカルト化し利益優先になったわけで、けれどそうさせているのが政治行政であり、なのに政治行政はけしからんッと排除しようとするだけで、自分たちのヘマには目もくれようとしない。そういう輩を輩出する時代を作ってきたのが自分たちだとは、とんと思いもよらないわけだ。困った時代だなぁと思うわけで。
 

 自律し自立できる人間を育てるために社会的投資をし続けさえしてくれば、病的なまでの監視など不要だし、指導も大して必要ないわけで、世間の成人男女をあたかも幼児であるかのごとく導こうなどという官僚も役人も要らないので、そうできさえすれば日本の公務員人口は著しく削減できる。コストの最大の厄介者が人件費だからこれはもの凄いコストダウンになり、税金の無駄遣いを奇跡的なまでに減少させられることだろう。IT化するので人員確保のために予算を増やしてもらわないと困るというような摩訶不思議な予算請求もなくなるだろうし。上手くすると、確定申告だって、もっとラクになるかもしれない。どう見ても、コミュニケーション力のない生きものがマニュアルを作成しているとしか思われないから。
 というわけで、ますます世の中は息苦しくなりそうだな、と言いたいだけなのだった。
 もっといろんなキャラを尊び一緒に遊ぼうッという感性の生きものが国の経営陣に増えてくれれば、いくらかマシになるとは思うので政治が重要と思うが、本来それを動かす有権者を眺めていると、二十七世紀くらいまでは無理なのかなぁと絶望的な気分になる。なんとか主義だなんてのはどうでも良いが、市場経済に例えれば国民というのが国の株主なんだから、もうちょっと政治を揺さぶって当たり前だろと思うが、安倍政権万歳とかほざくアホだらけみたいでなんも言えねぇ、となる。あッ、パクりが古すぎたかな。
 もっとも、企業に雇われてなんぼが当然という感覚のままでは、百年経っても世の中変わることなどないだろうから、若者たちの自立志向が爆発的に拡大してくれたりするとチャンスが来るだろうか。私が知る限り、いつの時代も若者たちにはその志向も願望も情熱もあった。が、実現できないまま、会社勤めし、朝晩タイムカードを押し、連休が増えたので家族旅行に温泉など行き、幸せに暮らすのだろうか。とか歪んだ老眼で世間を眺めていると、そこらのベストセラーらしい長編小説を読むよりも、幾千万倍も興味深い。
 人生、愉しくてならないわけだ。
 タイトルの(勤労編)というのは、なんとなく付けてみただけで意味はないので悪しからず。
 

 

 

 

 

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