【23】「時代を駆け抜けた犯罪者、グリコ・森永事件」 プロフェッショナルとしての本格犯罪【連載】 | a.k.a.“工藤明男” プロデュース「不良の花道 ~ワルバナ~」運営事務局

怪人21面相
<グリコ・森永事件の重要な鍵を握る人物として似顔絵が公開された、通称“キツネ目の男”>


■もっとも有名な未解決事件のひとつ「グリコ・森永事件」

 まだ記憶に新しい(?)グリコ・森永事件である。

 三億円強奪事件と同様に、この事件については未解決であるばかりか不可解な部分が多すぎて、全貌を明らかにするには早すぎる。というよりも残念ながらできないのが実情である。

 計画的で確信的な犯行からみて、すでに2000年の時効(1985年の東京・名古屋での青酸菓子ばら蒔き事件)を過ぎたが、犯人が名乗りをあげるとは思えない。キツネ目の男として有名になった宮崎学氏にもアリバイがあるし、自分は違うのだと表明しているから、まるで手掛かりがない。


 私たちに残されているのは、たとえば彼らがもう余命なくなった時に、プロフェッショナルとしての自分の犯行を述懐するのを、ひそかに楽しみにする(待ち望む)しかない次第なのである。

 それにしても周到にして巧妙、変幻自在な立ち居振る舞い(ここまでいえば、犯罪者の賛美だ)をやってのけた真犯人はどんな人たちなのだろうか。どうでも知りたい事件である。



■「グリコ・森永事件」についての著作物

 事件の裏側の詳細については『グリコ・森永事件』(宮崎学・大谷昭宏、幻冬社)、『闇に消えた怪人』(一橋文哉、新潮社)という好著があるのでそちらを参照していただきたいが、一橋文哉という著者も正体が知れない人物で、おそらくは一橋界隈の記者。

 つまり毎日新聞社や小学館の所在地をキイワードにした事件記者ではないかと、ようやく想像の中に生まれる範囲なのだ。


 宮崎氏はともかく、きわめつきの本の筆者まで怪人とは、事件にふさわしい謎めいた筆名であるところまでは楽しいが、結論からいえば、渦中にいた記者の労作をしても、事件の真相はまったく闇のままなのである。

 ここでは概略、同書の書評めいた好意的な紹介として、不可解な事件のポイントだけをおさらいしておこう。



■鮮やかな社長誘拐までの手口

 江崎グリコの社長が誘拐されたのは、1984年の3月18日である。

 運転手役の若い男をふくめて実行犯は3名、社長宅に押し入ったのは40歳前後の男と30代半ばの男で、ライフル銃と拳銃で武装していた。

 社長宅にはセキュリティシステムが完備されていたが、当時は「在宅」モードになっていた。風呂に入ったあとに「夜間」モードに切り換える江崎社長の習慣を、犯人たちが知っていたのではないかとされるが、彼らは最初に隣にある社長の母親宅に押し入り、ここで合鍵を奪っている。

 勝手口のガラスをテープで保護したうえでライターで焼き切る、手なれた手口だった。


 拉致の方法の荒っぽい手口から、当初は暴力団関係者の仕事ではないかと考えられた。あるいは無防備な入浴に時間をねらい、2階で妻と娘を縛り上げるなど、家の中を迷うことなく行動している点から、犯人グループは周到な調査をへていると思われた。

 2階で悲鳴をもらした社長の娘に、彼らは「真理子ちゃん、静かにしろ!」と脅してもいる。彼らは娘の名前まで知っていたのである。


 そうすると、捜査本部ではこいつは内部犯行に近い態様なのではないかと考えられた。のちに左翼の過激派関係者や元暴力団幹部に連なる仕事師集団が捜査網に洗われるのは、こうした犯人の組織的な技量を慮ってのことである。



■被害者の脱出後も錯綜する犯人像

 3日後、江崎社長は廃屋となっている水防倉庫から自力で脱出して誘拐事件は落着するのだが、とりあえず捜査は怨恨の線から始まった。


 この怨恨による内部犯行の線では、江崎グリコの苦難の創成期に切り捨てられた下請け企業や、有無を言わせず解雇された社員たちの存在が明らかとなり、『闇に消えた怪人』の記述はなかなか迫真である。

 だがこれも江崎グリコの場合に限らず、今日、上場企業として君臨する企業の多くが、人殺し以外なら何でもやった、と言われる伝説の一端にすぎない。

 本当は出来ることなら自分がやりたかった。と、怨恨を持つ人々が言っても気持ちで言うのと実際の犯行はべつである。


 以降の犯人像は、巧みな戦術や犯行声明が洒脱な面から過激派OB説、元暴力団組長を中心とした仕事師グループ説、気の利いたキャッチコピーは広告業務を熟知した集団なのではないかという説、事件によって株価を操作する仕手集団説、という具合に様々に変転するのだが、ここでは推理がテーマではないので、犯人たちの戦術にかぎって分析してみよう。

江崎勝久

<誘拐から逃げ出したグリコ社長を報じた、当時の番組(Youtubeより)>



■誘拐という犯罪は不確かさの典型である

 まず不可解なのは、誘拐した社長を簡単に逃がしている件である。

 誘拐が最悪の犯罪であるのは、その悪質さや卑劣さと同時に、身柄と身代金を交換できる確率の不確かな面である。誘拐そのものが安易に実行できる点からも、事後の計画性に隙が生じることになる。

 要求した金を受け取りに安易に現れれば、逮捕されるのは明白であるから、逡巡(しゅんじゅん:決断できず、ぐずぐずすること)して人質の処置に焦った結果、そのほとんどが誘拐した身柄をやむなく殺してしまう結果となるのだ。


 誘拐というのは、犯罪のプロフェッショナルがやってはいけない犯行の典型なのである。

 事実、グリコ事件でも社長の身柄が解放(脱出)された時点で、犯人グループが身代金を得た形跡はない。


 事件後にグリコの会長と面談したとたんに、社長が捜査に協力的でなくなった(兵庫県警や大阪府警の見解)ことから、グリコと犯人グループの裏取り引きの存在も疑われたが、それならば一連の事件はこの段階で収拾したはずで、この時点での身代金の支払いは考えられない(グリコ関連の事件が本命で、森永やその他の事件を陽動作戦とする説もある)。



■怪人21面相の犯行の目的とは?

 それでは、のちにグリコのお菓子に青酸ソーダを入れたり、脅迫をくり返すグループにとって、荒っぽい誘拐劇はどういう意味があったのだろうか。


 怪人21面相を名乗る犯人グループは、監禁中の社長に「娘もさらった」と言って、殺害をほのめかしている。犯人たちはこの時に、金が目的の犯行であることも明言している。

 脱出して保護された社長が「娘が殺される」と、一番に自宅に連絡して娘の安否を確かめたように、これは事実であろう。残されているのは、グリコの内部にかかわる闇の組織との関係である。この部分は、現段階では何とも言えない。(続く)

(作家 横山茂彦)